第2章 エクソシストのズッ友デート

第8話 デート大作戦

 ムジカ共和国リート市は芸術の街だ。昔ながらの石造りの道と建物が続いて、歌劇場や美術館もある。


 でもその中にはオシャレなカフェや洋服屋が入っていて、あーしくらいの年の子も多い。道には路面電車が走り、夜は電気でライトアップされたりして……イマドキだなあって感じる。


 そんな街の中を、真昼の日差しを受けて、あーしとルクスたそはクレープを食べながら歩いていた。あーし特製の、ウルトラデラックスチョコレートパフェクレープザッハトルテトッピングだ。


「でも、ルクスたそが十五才って聞いてマジびびった! あーしより絶対お姉さんかと思ってたもん!」


「弟や妹の面倒ばかり見ているからでしょうか……」


 ルクスたそは頬に手を当てる。白いブラウスとロングスカートを着こなし、長いサラサラな黒髪も相まって、いかにも休日のお嬢様って感じだ。


 あーしもブラウスとスカートだけど、ボタンは開けているし、スカートは短めでソックスはぶかぶかだ。あーし的にはこれがカワイイんだよね。


「わたくし、逆にポラリスさんが十七才と知って驚きました。年下の方かと思ってましたので」


「えー! それって、十三とかに見えたってこと!? てか、ポラちゃむって呼んでよお」


 確かにあーしはルクスたそより背が低いけど、子供っぽいつもりはないんだけどなあ。


 と、たそがクレープを食べるほっぺにチョコがついてるのを見た。


「あっ、ついてるよ」


 それをハンカチでぬぐうと、なんかちょっと嬉しそうだった。変なルクスたそ。


「でもポラリスさんのこと、今はお姉さんだなって思ってます。ちゃむなんて呼べません」


「え~」


 嬉しいけど、ちょっと距離を置かれたみたいで複雑だ。


 ルクスたそが十年前に両親を失った話を、本人から聞いた。それから教会に拾われ、同じような孤児たちと暮らしているんだ。でも、彼女は辛そうにはしない。むしろ子供たちの話を、かわいいですって嬉しそうにするんだ。小さいころから一人きりになるなんて、すごく悲しいことなはずなのに。


 強い子だな、優しい子だなと思う。でも、逆に少し弱音を吐いたり、頼ってもらってもいいのにとも思った。ズッ友として、もっと心を開いてほしいなあ。しばらくはチャンスを伺おう。


「あのー。それにしても、本当にこんなことしてていいんでしょうか?」


 ルクスたそは、きょろきょろ見回した。


 二人で一緒にクレープを食べながら歩いていると、単純に遊んでいるようにしか見えないかもしれない。


 でもこれは、れっきとしたエクソシストの活動なのだ。


「言ったじゃん。二人でデートして、悪魔を誘き寄せるって!」


「デデデ、デートなんて……」


 ルクスたそは恥ずかしそうだ。


 きっかけは、三日前に遡る。




 ★




 リート市中心にある、エクソシスト組織のムジカ共和国支部。窓の外からリートの街を見下ろす一室では、男の人が窓に背を向けて座っていた。


「あなたが、アクルクスさんですか」


 壮年のスマートな男性。銀色の髪と穏やかな笑顔を浮かべて、机の向こうに座る。その隣には不機嫌そうなリゲル君が立っている。


「は、はいっ」


 ルクスたそは、引きつった声を出して姿勢を正した。あーしの後ろに隠れてるけど、背が高いから頭が出ている。


「緊張しなくていいですよ」


 高そうなスーツを着た男性は微笑む。


「レダさんの診察が完了しました。国の支援による手術を受ければ、病気は完治します。また、教会は一ヶ月で修復します。イオさんやレダさん始め、関係者の記憶は消え、すぐに元の生活に戻れるでしょう」


「あ、ありがとうございます」


「礼には及びません。エクソシストの組織として、巻き込んでしまった方への責任を果たすのは、当然のことです。むしろ私からアクルクスさんに協力を感謝したいくらいですよ」


 すると、ルクスたそはあーしの後ろから出てきた。ちょっと安心したようだ。


 でも、あーしは全然彼を信用していなかった。男性は柔らかい笑顔をあくまで崩さない。


「これからも、あなた方に期待しています。ぜひとも悪魔を倒してほしいと思っているんですよ……フフフ……」


 白々しさがすごい。


「シリウス君、その笑顔怪しい!」


 あーしが指さすと、リゲル君が番犬みたいに噛み付いてきた。


「ポラリス、この異端者め! シリウス隊長に向かってなんという無礼を!」


「まあまあ……」


 そんなリゲル君を、銀髪の男性は優しく諌める。


「自分の『立場』をわかっていただけているというのは、説明の手間が省けて助かります」


 リゲル君は、こほんと咳をして姿勢を直した。


 その言葉を聞いて、やっぱりこの人は信頼ならないなあと思った。


 ムジカ共和国支部長、シリウス。


 七カ国にまたがるエクソシスト組織における、最高幹部の一人だ。


 彼は五歳で目覚めて、百体以上の悪魔を倒してきたという。その頭脳と人望からムジカ共和国のエクソシスト全員をまとめているらしい。あーしはずっと個人行動してて、あんまり組織のことわかってないんだけどね。こうやってムジカ共和国の支部に来るのも、何年かぶりだし。


「で、結局依頼って何かな?」


「フフフ、これのことですよ」


 資料を渡される。


 組織から直々にあーしとルクスたそのコンビに対して悪魔の討伐依頼が来て、話を聞きに来たのだった。


「これをこなせば、あーしらは小悪魔ファッションで自由行動オッケー。できなければ、コンビは解散して、組織で訓練を受けるってことだよね?」


「物分かりが良くて助かります。あなたのそういうところ、いいですね」


「この組織のそーいうとこ、あーしは好きくないけどね」


「それも存じ上げています」


 むかつくけど、真面目に相手していたらきりがない。話を進めよう。


「リート市における交際者連続失踪事件……」


 あーしは、面倒臭い文章で書かれた書類を見て思った。


「よーするに、デートしてるカップルがいなくなったってコト?」


 シリウス君は腕を組む。


「ええ。組織が秘密裏につかんだ情報では、数ヶ月で何組かの行方不明者が出ています。いずれも街中で突然消え、目撃者もいません」


「隠れて悪さしてる、悪魔の仕業かもーってことだね」


「それも、強い悪魔の可能性が高い」


 あーしらが勝手に話を進めている一方、ルクスたそは首をかしげている。


「強いんですか? 隠れてるのに?」


 確かに普通わかんないよね、その辺。


「強い悪魔ほど、エクソシストに見つからないように力を隠しているモノなんだ。んで、そーいう悪魔は、悪魔同士の繋がりで七災星の情報を持ってるかもってわけ。大物からさらなる大物を釣れるって感じだね」


 ルクスたそは何やらメモっている。


「なるほど。神絵師と友達になれば、さらなる神絵師に会えるかもってことですね」


「よくわかんないけど、納得したならいいや……」


 たそ、真面目で頭もいいんだけど、たまに謎なことを言うなあ。


「で、なんであーしたちにそれが回ってくるの?」


「それはですね……カップルなのですが」


 もったいぶってシリウス君は言う。


「みな、女性同士でした」


 そこ、強調するところなの? と思いつつ、なんとなく話が見えてきた。女性同士

のカップルの行方不明、悪魔の仕業の疑い。あーしらを呼んできて、やらせたいことは一つだろう。


「あーしらに、カップルのふりしてデートしろってことね」


「そうです」


 あーしは上機嫌そうなシリウス君の真意を考えた。


「ねえ、それって……」


 つまり、あーしたちにおとりになれってことだ。悪魔に捕まる可能性も高い危険な任務になる。組織としては、そのまま倒せればよし。あーしらがやられても異端者がいなくなってよし、ということだろう。そう思うと、むかむかしてきた。


 あーしは別にいいけどさ。ルクスたそが危険にさらされるなんて納得いかないっ。


「それはすなわち、ポラリスさんとわたくしで、悪魔に対して……」


 ルクスたそも考えている。きっと怒っているんだ。卑劣なシリウス君たちのやり口は、さしもの聖人ルクスたそも許せないってことだろう。そうだそうだ、言ってやれ!


 と思ったんだけど、ルクスたそは興奮してこう聞いた。


「……百合営業をするってことですかっ!?」

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