エクソシストは小悪魔系〜カワイイを極めた最強ギャル、助けた聖女が同じ趣味だったので、ズッ友コンビを結成して仲良く楽しく悪魔を退治します〜

かっし

第1章 エクソシストはサイキョーカワイイ

第1話 エクソシスト・ポラリス登場

 あーし、自分の部屋で鏡を見るのが好きなんだよね。


 だってそこには、いつでもカワイイ姿が映っているから。


『――ポラリス! 遅刻だぞ』


 耳の奥に響く音をよそに鏡を見つめると、サイコーに決まった姿があった。


 ふわりとウェーブしたブロンドの髪の上には二本の小さな角。ぱっちりな目には特製のまつげが伸びて、フリルのついた黒いキャミソールは大きく肩が出ている。短いスカートからロングブーツにガーターベルト、ヒップには先の尖った尻尾がついている。


 小悪魔系。悪魔っぽい要素をかわいくアレンジしたファッションのスタイルだ。


 うん! やっぱり、あーしカワイイ! 十七年の人生で磨き上げたかいはある。


『ポラリス、早く出る準備をしろ』


「はいはい、わかってるって」


 あーしは、クローゼットを開けた。そこには、とっておきの相棒がいる。


 身長よりも長い柄に、体よりもでかくて鋭い曲がった刃のついた……。


 鎌があった。


 --夜の杓(ナハトレッフェル)。


 悪魔退治をするための、最終兵器だ。


『--ムジカ共和国リート市教会に悪魔出現。速やかに出動せよ!』


 耳の奥からの声がせかす。


「さーてと、今日もいっちょ、祓いますか!」


 鎌の柄をつかむと、刃がぎらりと光った。


『……悪魔を倒す人間が、醜い悪魔の姿をして喜ぶとはな。異端者め』


 そう言って、耳の奥の音は切れた。


 あーしは家の屋根を飛び移って教会を目指した。


 夜の街では、石造りの建物に電灯が光り、路面電車が走る。


 ムジカ共和国の首都、リート市。古さと新しさが入り混じる活気ある街だ。


 でも、その影に『悪魔』が潜み、人々を狙っている。そんな噂がある。


 --人の体と異形の顔をし、角と尻尾を持つ黒ずくめの化け物。


 --人間の前に現れ、不思議な力で契約を持ちかける。


 --甘い言葉で人を騙し、絶望や憎しみを餌として食べる。


 街の人はそれが本当だとは知らない。


 でも、恐怖は本能的に心に刻まれている。


 だから、悪魔の姿は恐れられている。


 ましてやあーしみたいに、悪魔の姿をして喜ぶ人間はいない。


 大好きな小悪魔系をかわいいと思ってくれる人は……この街には、いない。


 あの子と出会うまで、あーしはずっとそう思っていた。







 リート市の教会は、その石造りのキレーな建物だったり、壁を埋め尽くす豪華なステンドグラスだったりで、観光名所としても大人気なスポットだ。


 由緒正しい文化遺産なんだけど……あーしがつくころには、残念ながらぶっ壊れていた。


 天井も、ステンドグラスも、石の綺麗な壁もほぼほぼ吹き飛んでいて、床だけが残っている。悪魔のやつ、とんでもない大暴れだ。


「さあ……人間どもよ、泣き叫べ!」


 地面から響くような声で叫ぶ、十メートルくらいの大きさの怪物がいた。


 牛の頭をして、人型の体をした化け物だ。体には黒いマントをまとい、頭には角、下半身には尻尾が生えている。ステーキにしても、あんまりおいしくなさそうだ。


 こいつが、『悪魔』! 人間の絶望を食らって生きる怪物だ。


 やつらは普段、人間の住むのとは別の世界に隠れ住んでいる。そこから人間に甘い言葉でささやきかけ、だまして、儀式でこっちの世界に召喚させる。そして、不気味な力で人を陥れ、絶望に追い込むんだ。その感情が、やつらの栄養になるってわけだ。


「絶望を、我によこせ!」


 悪魔は右手に巨大な斧を持っていて、それを振り上げていた。


 その下には人がいた。修道服を着た女の子が、しりもちをついて震えている。


「わたくしは絶望などしておりませんっ! あの子たちを、返してくださいっ!」


 きれいな声で気丈に叫び、右手に持ったものを悪魔に向けている。


 黒くて大きな弓だ。腕は、同じ色の脈のようなもので覆われている。


 もしかしてあの子も『エクソシスト』かな!?


 でも今はそれどころじゃない。彼女に、斧が振り下ろされる!


「ちょい待ちっ!」


 あーしは飛びこんで、その女の子を抱えた。ぴょんと飛んだすぐ後を斧が叩き、床が砕かれた。間一髪だ。


「キミ、だいじょぶ!?」


「な、なんとか……?」


「キミもあーしと同じ、『エクソシスト』って感じ?」


「エクソ!? なんでしょう?」


 目をぐるぐる回している。


 あーしら、『エクソシスト』は、悪魔を倒す力を持った人間だ。悪魔の持つ不思議

な力を体の中に取り込み、武器の形に変えて、悪魔を倒す。


 彼女も武器を持っているからそうなんじゃないかと思ったけど、違ったみたいだ。


「悪魔が出てきたと同時に、この弓が現れて……なにがなんやら」


「なるほど、今まさにエクソシストとして目覚めたってわけだね」


 エクソシストになれるかは生まれつき決まっていて、才能を持つ人は悪魔の力が近づくと反応して自然に取りこむ。彼女も牛クンにあって、初めて力が出てきたんだろう。


「わかりませんが、それよりあの子たちを助けないと……!」


「あの子たち?」


 彼女は悪魔の手を指さした。その両手に一つずつ、『箱』が乗っている。


 人間の子供くらいの大きさの赤い立方体の塊だ。そこには血管のようなものが張り巡らされ、人間の目や口みたいなものがついている。


「ウウウ……」


「アアア……」


 『箱』は、うめいて、涙を流していた。子供の声だ。悪魔の力で、箱の形に変えられているんだ!


「教会の孤児院で預かっていた、イオさんとレダさんです! レダさんが重い病気

で、イオさんはそれを治そうとして……!」


「悪魔にだまされたんだね!」


 悪魔は病気の悩みをダシにして、治してやろうと言い、子供たちに召喚させたのだろう。


 そして、治すどころか、箱の形に変え、人質にしているってわけだ。


 ひどいやつ、まさに悪魔だ! 悪魔だから当たり前だけど。


 彼女が、立ち上がった。


「ぐ……させません!」


 大きな弓を向ける。自分も怖いはずなのに、目覚めたばかりの力で子供を助けようとしている。なんてガッツだ!


「ああああ!」


 でも、すぐにうめいて倒れた。大丈夫かな。


「ああ、無理しちゃだめだよ!」


 もだえ苦しんでいる彼女を見て、悪魔はほくそえむ。


「ククク……悪魔の力と憎しみの感情に、体も心も蝕まれているようだな。我と前戦ったやつも、同じように自滅していったぞ」


「よく知ってるみたいだね……」


 言う通りだ。エクソシストの力にはすごいリスクが伴う。


 熟練の使い手でも、憎しみと痛みの中でやっとこさ戦うのだ。


 この場で目覚めた彼女が使えるはずもない。


 あーしは、彼女の体に手をかざす。エクソシストとして悪魔の力を応用し、癒しの力に変えて体を回復させてるってわけだ。


「さあ、どちらかを選べ!」


 悪魔は両手の箱を差し出して言った。


「どちらかだけを、人間の姿に戻してやろう。命を助けるのに、命を捧げるのは当然

の対価だ!」


「ぐう……」


 女の子はうめきながら苦しむ。傷は治ったようだけど、唇をかみしめている。


 こうやって、悪魔は人に絶望を押し付ける。その気持ちを栄養にし、力を得て生き続けるのだ。マジ最悪!


「さあ、選べ! 極限の中で行う選択にこそ、人間の本質が出る! その絶望こそが、我にとっての力になるのだ!」


「わたくしは……わたくしは……」


 傷が癒えた彼女を、床にそっと下ろした。


 そして、あーしは叫んだ。

 



「選ばなくて、いーんじゃない!?」




 悪魔に鎌を突き付ける。


「そこの牛クン倒してさ、あーしら全員、生き残ろうよ!」


 心底、悪魔にむかついていたんだ。


「えっ……」


 女の子は、あーしを見てぼけっとした。どうやら、どうにもならないと思っていたようだ。


 悪魔は、笑う。余裕みたいだ。


「ハハハ! 貴様もエクソシストというわけか! だがしょせんは人間! 我々悪魔の力を使いこなすことなどでき……」


 あーしは、教会の床を蹴って飛び上がった。


 悪魔の両手の間に潜り込む。


 そして、鎌を持ち、体全体をぐるんと何度も回転させた。


「ぐあああああ!!!」


 悪魔のうめき声。


 斬り刻まれた腕が落ちた。あーしは悪魔の腹を蹴って折り返し、落ちる手の中に入っていた二つの箱を奪った。


 箱を女の子の横に置き、ウインクして手を合わせる。


「めんご。この子たち、よろ!」


「あ、あ、二人は、その……」


「だいじょーぶ、あいつを倒せば戻るから!」


 悪魔に向き直った。奴は、落ちた両手の痛みに呻きながら、今更慌てている。


「な……貴様、人間の癖に、なぜそこまで悪魔の力を……!?」


 びっくりしたのだろう。あーしが、苦しまずに悪魔の力を使えていることに。


 でも、そんなことより言いたいことがあった。


「つーかさ、牛クン。キミ、ちょーっとおかしくない?」


「は?」


 箱になった二人の子供を指さした。


「自分であの子たちを捕まえといて、どちらか選べなんて……全然極限の選択じゃないよね? 牛クンがいなければ、最初から選ぶ必要なんてないわけじゃん」


「だから、なんだ……!?」


 わめく悪魔に、鎌を向けた。


「自分の都合で選択肢を押し付けて、それしかないって思わせるとか……そーゆうの、あーし、好きくないんだけど!」


 女の子が、見つめてくる。今は少し、目に光が戻っていた。


 彼女は怖くても苦しくても小さな子供のために戦おうとする、強くて優しい子だ。


 そんな子を追いつめて、どちらか選ぶしかないって思わせるとか……むかつくな!


「す、好きじゃない? だから、どうしたというのだ!!」


 ぼたぼたと、だらしなく悪魔の腕から黒い血が垂れる。あーしは、そいつに言った。


「……ぶった斬る」


「あ」


 スピードをあげて、牛クンの足元に辿り着き、大きな鎌で一閃。片足を切断し、落とした。


「ぐあっ」


 悪魔がバランスを崩す前に、牛クンのもう片方の足に飛びついた。そして、螺旋階段を上るみたいに、ぐるぐると体を上りながら斬り刻んでいく。


「き、貴様! 憎しみにとらわれることなしに、なぜそこまでの力を!」


 なすすべもない牛クンは叫んだ。


 確かにそう思うかもね。


 普通のエクソシストは、さっきの女の子みたいに、苦しみながらでないと力を使えない。憎しみや怒りの感情に身をひたして、悪魔に『同調』して初めて戦う力が手に入るんだ。


 でも、あーしは違う。


「この姿、カワイくて好きだから」


「好き……だとッ!?」


 『小悪魔系』。悪魔のモチーフをあしらった、角と尻尾。黒くてフリフリのスカートに、肩出しのキャミソール。


 悪魔だけど、グロテスクじゃなくて、キュートでファンシーな格好ってわけだ。


 あーしはこれが最高に好きなんだ!


 それこそが、力の源だ!


「それがまさか、悪魔への『同調』とでもいうのか……!?」


「そ! カワイイって気持ちで……悪魔の力を引き出してるってわけ!」


 あーしは『小悪魔系』を好きな気持ちから悪魔に同調して、力を引き出す。


 憎しみや怒りもなく、苦しみとか痛みもなく……ノーリスクで暴れられるってわけだ!


「そんなバカな話が……くそ、ふざけるなッ~~~~!」


 歯ぎしりする悪魔の体を一通り斬り刻むと、あーしは高いところまで飛び上がった。


 月の下で光る、リート市の街が見える。巨大な牛クンの体を、見下ろす形になる。


「あーしさ、強いだけでも、カワイイだけでも、満足できないんだ……」 


 鎌に力を注ぎ込むと、刃がバカでかくなる。牛クンと同じくらいの大きさだ。


「『サイキョー』も、『カワイイ』も、どっちも欲しいんだよね!」


 それを、思いっきし振り下ろした。


「ぐああああ!」


 光が、悪魔をぶった斬る!


 悲鳴とともに巨大な体が真っ二つに割かれ、消えていった。


 あとには、壁と天井が抜けた夜空の下の教会だけが残った。

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