第3話 - 普通の水が飲みたくて

「それにしても危なかったな。まさか空を飛べても着地する方法がないとは思ってもいなかった。ほかの魔法使いはどうしてるんだ?」


なんとか地面に降り立つことができた俺だが、体はボロボロだ。とくに尻周りがひどい。火で焼け焦げたうえに、今度は水に濡れてビチョビチョになっている。


もう脱いだ方がいいんじゃないかと思うくらいだが、さすがに異世界でも下半身すっぽんぽんは通報案件だろう。


我慢しなければいけないところが、不快感はともかく尻周りが濡れたうえに風に吹かれているせいで寒くなってきた。このままでは街に着く前に風邪を引いてしまいそうだ。


そうだ、とりあえず服を乾かしてしまおう。


そう思いついた俺は、再び「ファイヤー」と詠唱する。そして尻から出る炎。

お尻の周りがじんわりと暖かくなってきた。

このまま炎を出し続ければズボンの残った部分も乾いてくれるだろう。もう燃える部分はない。俺は尻に魔力の供給を続けながら道を歩いて行くのだった。




よくある異世界ものの小説ライトノベルだと、森を抜け出したあとは盗賊や魔物に襲われている商人や領主を助ける展開になるのが定番なのだが、俺の場合は何のトラブルもなく街に着いてしまった。街というか、これは村だな。


まず、城壁というか外壁がない。周りに危険のない村なのか、木で作られた柵も見当たらない。そのため見張りもいないし、門番の人に「誰だお前は!? どこからやってきたんだ?」と聞かれる定番イベントも起きない。がっかりだ。


とは言え、トラブルなく村に入れるのはありがたい。じつはこっちに来てから飲まず食わずなんだ。いや、たすかに水を出すことはできるよ? しかし魔法で出した水を飲んで良いのか分からないし、そもそも俺の魔法は知っての通り、尻から出る。尻から出た水、飲みたいか?


そんなわけで、渇きに苦しみながら俺はここまで頑張って歩いてきたってわけ。村のなかには井戸の1つや2つ、あるだろう。


村のなかを進んでいくと、早速行く手に井戸を見つけることができた。あわてて駆け寄って井戸の中を覗いてみると、水が見える。俺は横にあった木桶を放り込み、急いで水を引き上げるとゴクゴクと飲んだ。


「プハーっ! 生き返る!」




「あんたかい、勝手に井戸を使ってるって言う変な旅人は」


水を飲むことに夢中になっていた俺は、後ろから人が近づいてきていることに気づけなかった。声に驚いて振り向くと、恰幅の良いおばちゃんがデンと仁王立ちでこちらを睨んできている。


「井戸って、勝手に使っちゃいけないんですか?」

「当たり前だろう。うちの村が管理してる井戸なんだ。村のもん以外が勝手に使っちゃいけないことを知らないなんて、一体どこから来たんだい?」


おばちゃんは呆れ返ったような声で言う。


「いや、その、どこからって言われても点……」

「その尻を見る限り、どこかから家出してきたんだろう? それで慣れない野営で寝ぼけでもして尻を焼いてしまった。大火傷しないで済んだだけ運が良かったと思うんだね」


なんだか勝手にストーリーが作られていくが、常識のない俺にとってはありがたいかもしれない。


「ええ、そうなんです。すごいですね」

「ふん、このアタシを見くびってもらっちゃ困るんだよ。それはともかく井戸の使用料、払ってもらおうか」

「え、使用料?」

「そうだよ。旅人は1回につき銅貨3枚と決まっている。ほら、さっさと出して」

「いや、それがですね、持ち合わせが……」


そもそもこっちの世界のお金なんて持っていない。

だが、良い言い訳がふとひらめいた。


「ズボンが燃えたときにどうも財布を落としてしまったみたいで、いま、お金を持ってないんですよ。何か他の方法で支払うことはできませんか?」


おばちゃんの俺を見る目が厳しくなっていく。


「まったく、勝手に井戸を使っただけじゃなくてお金も持ってないのかい? だったらその分、働いて貰うしかないね。ほら、さっさとついてきな」


そう言うと、おばちゃんはくるりと後ろ向き、ドスドスと歩いて行く。なんてせっかちなんだ。俺は慌てて後を追った。


村に来た時には水が飲みたくてまったく気づかなかったが、周りにいる村人が俺をジロジロと見ている。普段は旅人なんか来ないんだろう。俺が珍しい存在なんだ。これだけ目立っていたなら、井戸を勝手に使ったことがばれるのもしょうがない。




「見た? あの人のズボン? お尻丸出しなんだけど」

「見た見た。あんな格好で外を歩くなんて、着替えも持ってないのかな?」

「もしかして、お尻が出ていることに気づいてないんじゃないの?」

「それはないでしょ、あっはっはっはっは」


世の中には知らない方が幸せなこともある。


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