第4話 鍵と白い影 3

『は~。やっとんでくれたわ。』と、その白い影が人の形になった。

 その格好かっこうは、昔の着物をきた、そう、歴史の教科書に出てくる服装ふくそうの歴史の年表に出てくるみたいな、江戸時代かな、いや、もっと古い、平安、鎌倉時代の女性の着物を身にまとった、女の人がうーんと伸びをして、僕たちの目の前に現れた。その女の人の年齢や、格好は、大体モモちゃん先生ぐらいかな。

『やっとんでくれた、ありがとう。』

 その人はそういった。

 今、僕達が、草を抜いている途中のまだ、草で生い茂った、花壇かだんの真ん中で、だんだん白い影に、色が付き出し、赤や、黄色の、あざやかな着物の色になったんだ。

『あなたは、だれ?』百合川さん

『どこから、来たの?何かのイリュージョン?』宮竹さん

『失礼ですが、部外者は、職員室で所定の手続きをしてください。』モモちゃん先生

『えと、えと』、僕

『・・・・』松根さん

『そんなに一度に言わないで。』と着物の女の人は、手に持っていた、折りたたんでいたおおぎを広げて。

『わらわは、佐保姫さほひめ、春の女神。いにしえより、モモちゃん先生が和歌をんだように、春になると昔の歌人は私をたたえて、んでくれたわ。』広げたおおぎを口元に持ってきて。

『なぜ、私のあだなを知ってるの。』と、びっくりしたように、モモちゃん先生。

『和歌には、その時の人の想いが、凝縮ぎょうしゅくされているの、たった5・7・5・7・7と言う限られた文字数の中にあらゆるその人の想いや、感動がまっているの。』モモちゃん先生の質問には答えず、続けて。

『その思いのこもった和歌を、ぎんじられたから、たたえられたから、わらわはこうやって、現れることができたの、そなたたちの前に。』ゆっくり、花壇かだんの中をながめるように歩きなが

 ら。

『呪文、みたいなものなのかしら。』松根さんが、呟いた。

『そうね、呪文かしら。』松根さんの、つぶやきに佐保姫さほひめは答えて。

『それに、わらわは、ここの花壇かだんだけでなく、ここ一帯の春の女神だから、何でも知ってるし、部外者ぶがいしゃじゃなくてよ。』と、ちらっとモモちゃん先生の方を見た。

『ここ数年で、園芸部に入部する人や、この花壇かだんに近付く人もいなく、草花は全滅。』

 立ち止まり花壇かだん見渡みわたし、

『数年前は、それは、それは、きれいな花壇かだんでした。』

『私が、先生になる前の話ですね。』モモちゃん先生

『そう、以前のここをお花いっぱいにしてくれていた、先生は、転勤てんきんで、いなくなって。同時にごたごたした様子で、その時にそこの物置のかぎも失くしてしまって。かぎは、わらわがやっと見つけたの。』そう言いながら、かぎの方を、おおぎを閉じて指し示した。

『それだ、だから、あのかぎの輪っかの中にかぎがなかったんだ。』と僕。

『今回、久しぶりに園芸部の人たちが来るって、わかったから、わらわはかぎを。』

『僕の、前に落としてくれたんだ。』やっぱり、見間違いじゃなかったんだ。


 そして、佐保姫さほひめはなぜ僕たちの前に現れたのか説明してくれた。


『どうしてかぎを見つけて、そなたたちの、園芸部の手助けをしたかと言うと。花壇かだんの復活はとても重要な事だったから。』そう言うと佐保姫さほひめが学校の校舎全体を指して。

『ここ、学校はたくさんの人が集い、いろんな思いや、いろんな感動、いやな事、よかった事、出会いや、別れがある、そんな思いが集まる、そんな場所なの。』

『例えば、運動会、遠足、林間学校、修学旅行とか、あと卒業式。』とモモちゃん先生

『そう、和歌をんだ古の人たちの思いの様に。もっとこれから、そなたたちはここで、色々な想いをつむぐことになるわ。思いが集まる。学校ってそんなに、思いがすごい力となって集まるところなの。』そして、今度は花壇かだんを指して、

『そんな思いの集まる場所で、咲き誇る花で四季を感じることは、花壇かだんは力を解放する一種のパワースポットなの。ところが、花壇かだんが全滅のため、秋の女神、龍田姫たつたひめに四季を引き継ぐことが順調にできていなかったの。』

『だからこの花壇かだんが復活することはとても重要なんだ。』と百合川さんが納得したように頷いていた。


『そう、花壇かだん草花くさばなが全滅してから、数年。春になっても咲きほこらない花壇かだんが、校門近くで並んでいる桜と連動して、パワーバランスが崩れてしまった。しかも、秋の女神、龍田姫たつたひめにここ一帯の四季を正常に引き継ぐことが出来なくなり、力が乱れ始めた。』ニッコリ佐保姫さほひめは笑いながら、

『でもここにいる園芸部のみんなが、活動してくれるおかげで、花壇かだんが復活して、四季を順調に正常に巡らす事が出来るようになってくると思うの。だから、お礼を言わせてくださいな。』


 そう聞いた僕たちは、佐保姫さほひめの感謝の気持ちが、とてもなんだかうれしくなって、途中だった花壇かだんの手入れの続きを再開した。



 ところが、しばらくして、花壇かだんの枯れた草を抜いたり、たがやしていると、『ぎゃー』といって、宮竹さんが駆け寄って来て、『ムシ、ムシ、虫、虫』と言って、僕のそでつかんで、グイグイ引っ張ってきた。

『ちょ、ちょっと、なになに!』と僕は言って、引っ張られる方向にぐるぐる回されて。

 僕の後ろに隠れながら、『虫、何とか、しなさいよ!』って僕のせいみたいに、言われても。

『虫、苦手なんだから!』グイグイ背中押されてる!『もー』って思いながらつかんだ虫を見ていると、なんだか、心の中にむくむく悪戯心いたずらごころきだした。

 そして、虫をつかんだまま、宮竹さんの方を向いてニッて笑うと、『なに、なに?』って僕の後ろに隠れていたのに、後ずさりしながら。『ホラー。』って言いながら、虫をつかんだまま宮竹さんの目の前に持って見せた。

 と、同時に今度は『ぎゃー』と言いながら、佐保姫さほひめのところにっていき、『佐保姫さほひめ、って神様でしょ、なんとかして。あの男子に天罰与てんばつあたえて!』今度は佐保姫さほひめの着物のかげかくれながら、大声で叫んでいた。

 さすがに、ばつとか、言われると少しひるんでしまって、虫を花壇かだんの外の桜の木の外側に放してあげた。

 佐保姫さほひめは、『ごめんね。わらわは、人に天罰てんばつを与えるとか、マイナス的なことはできないの。』後ろにかくれている宮竹さんに言っていた。

 佐保姫さほひめが僕にばつを与えないのが分かって、安心したけど、女子のみんなは、ばつの代わりに。

『抜いた草とか、枯れ草を一か所に集めて一輪車、ねこ車に載せてー』とか、

『それを、ごみの集積所しゅうせきじょまで押して運んでー』とか、

『その帰りに、物置にある肥料ひりょうの袋とか、石灰せっかいとか運んできてー』とか、

『持ってきてくれるー』とか、

 言われたり、『大きな石あるから、男子、おこしてー』とか、

 めったやたら、言ってくる。

 いたずら、しなきゃよかった、ああ、後悔こうかい


 そんな時『大丈夫、大丈夫。男子、がんばれー。』ってそばで見ていた佐保姫さほひめは、ニコニコしながら言った。

 そのニコニコしている笑顔が、この前お母さんに、女子の事で、相談した時の『大丈夫、大丈夫』って言いながら、ニコニコしていた時の笑顔、そのままだったので、不思議な気がしたんだ。


『あーあ』やっぱりサッカー部入りたかったなー。

 見上げたら、佐保姫さほひめが、かぎを落とした時に見た、青空が抜けるように本当にブルーだった。


 花壇かだんで『男子ー』とまた、呼んでいる声が聞こえた。『はーい』

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