山葵 狸の1人語り場

山葵 狸

承認欲求とネット小説界隈

 今日からリハビリもかねて文章を書こうと思ったのだが、何かと失踪癖のある僕はいきなり小説を書き始めようとすると腰が重すぎて、いよいよここに戻ってくることが無いかもしれないと思い、まずは何となくだらだらとした語りから復帰しようと考えた。まぁラジオパーソナリティーとかそういうのに憧れがあったことも一因でこれならば文章もすらすら書けるし、いいリハビリになるだろうと考えた。

 

 しかし何のテーマもなく、今日食べたご飯などを話すのはあんまりだし、構成のリハビリにはならないと思うので、今日からテーマを決めて、それについて話すような形でリハビリを行っていこうと考えた。

 

 という訳で記念すべき第1回は承認欲求とネット小説界隈というテーマで行こうと思う。まず承認欲求について紐解いていこう。


 

 

 承認欲求は読んで字のごとく、他者からの承認を欲し求める欲求だ。心理学で有名なマズローの欲求段階説だと下から生理的欲求、安全の欲求、社会的欲求/所属と愛の欲求となっており、承認欲求はそれに次ぐ4番目の階層に位置づけられている。

 

 このマズローの欲求段階説は下の欲求が満たされることで一個上の欲求を満たそうとするシステムなのだ。例を挙げてみるとまず人間は生命活動を維持するために食料や水、睡眠などを求める。これが生理的欲求だ。そしてそれが叶えば、家、健康な食事、そしてそれらを不慮の事故があったときなどに保障するセーフティーネットなどを求める。これが安全の欲求だ。

 

 そしてこれまでの欲求は現代の人間では多くの人間が叶っており、まぁ少なくとも対して有名でもない僕の小説を読む余裕のある人間が安全ではないとは考えにくいので、ここから先の項目から本格的に語っていこう。さて次は社会的欲求/所属と愛の欲求だ。これは集団や家族に所属し、社会からの必要性や愛を得たいという欲求だ。


 そして次こそが本題承認欲求だ。

 

 承認欲求は先ほど挙げた集団や家族の中で認められ尊重されたいという欲求だ。そしてこの欲求はさらに2つに分けられ、低いレベルでは尊敬、地位、名声、注目等を浴びることによって満たされる。一方の高いレベルでは自己尊重感、技能習得、自立感などを求める。


 さてこの2つのレベル何が違うかというと、低いレベルでは他者から自分の欲求であり、高いレベルでは自分から自分の欲求となっている。そして低いレベルの欲求レベルに留まり続けてしまうとマズロー氏は危険と提唱しているのだが、それはまた後程触れようと思う。

 

 そしてここまでの4つの欲求を欠乏欲求と呼び、それらが実現した時に一番上の自己実現の欲求というものが発現するのだが、本筋から離れてしまうのでここでは割愛させていただく。




 さてに次にネット小説界隈について触れていこうと思う。この界隈を言葉選ばずして言うのであれば、承認欲求で溢れた界隈だと感じる。


 そういうお前はどうなんだって? 承認欲求が無ければ、こんなリハビリ文投稿せずに自分の手元にだけ残しておけばよかろう。とだけ答えさせていただく。


 まぁそういうことで小説をネットに投稿をしている時点で、ある程度の承認欲求がそこには存在しているということである。


 プロになりたい? お金が欲しい?


 プロになりたいなら公募に労力を割いた方が効率的かもしれない。小説サイトにはそれぞれ何かしらの収益を得られるシステムがあるのだが、かかる時間や労力からしたら雀の涙ほどである。最低賃金で働いた方が何倍もいい。意見を求めたって意見する人間の9割は素人だ。あてにならない可能性も十分にある。


 そうはっきり理解してほしい。つまりネットに小説を挙げている時点で承認欲求がある、いや強いのである。おそらく自覚の無い人もいるだろうが、この際にはっきり自覚した方が良いだろう。自覚無き承認欲求に己の人生を蝕まれた人を成人式を終えたばかりの僕ですら何人も見てきたからだ。ご理解いただきたい。


 

 さてここまで承認欲求を悪のように語ってきたが、決してそんなことはない。誰かの為に頑張れる。綺麗ごとのように聞こえるが、こんな経験誰しもあるだろう。


 問題なのは先ほど挙げた自覚無き承認欲求、そしてさらに先に挙げた低いレベルの承認欲求である。


 さてそれぞれのレベルをネット小説界隈に当てはめてみよう。尊敬、地位、名声、注目等を欲することは「評価が欲しい。ランキング上位に入りたい。SNSフォロワーが欲しい。バズりたい」などが挙げられる。


 一方の高いレベル。自己尊重感、技能習得、自立感等を欲することは「小説を書いている自分を好きでありたい。文章力をつけたい。」などになるだろう。


 これらがどちらか片方の人間なんていなく、おそらく同時に欲求として発生しているだろう。ただこれが低いレベルだけだとどうだろう。


 「文章力をあげるつもりは無いが、評価されたい」などとなってしまう。こうなってしまった人間が取る行動と低いレベルと高いレベルの欲求が同時に発生している人間の行動はきっと明らかに違うだろう。


 そして前者と後者では欲求が満たされたと感じることのできる項目数にも違いが生じる。後者は評価が無くても、自分の中で会心の作品が出来たらそれだけでも満たされることができるであろう。しかし前者は評価だけが目的であるのでそれが無ければ、何も満たされないのである。


 つまり後者の方が小説を書くことによる幸せ、充実感を感じやすいのである。


 


 最後にここまでリハビリの癖して鋭利な文章を書いてしまったなとは自分でも思う。これを読んで心を刺されてしまった人間もいるかもしれない。前もって謝罪させていただく。


 そしてこの文章を読んで刺される人間の1人におそらく過去の自分がいるだろう。僕はそんな過去の自分を恥ずかしく思うのと同時に、「そんな時期もあったな」と笑うことが出来る。つまりそれは成長できたし、今の方が満たされているということだ。随分と紆余曲折はあったが……

 

 欲求をコントロールすること難しいが、1歩進めば過去の自分を笑ってしまうほど成長でき、そして今以上に小説を書くことが楽しくなるだろう。これを読んだ方の幸せな小説ライフを祈って、今回は文を締めたいと思う。

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