十六 『強行』 遠藤 大輔 二十八山/ばべんの砦/03時45分
佐河を追って建物に侵入したが、辺りは闇に覆われ、二人の行方が分からず迷走していた。周囲から聞こえる足音は、おそらくあの異形のものだろう。その音は、胸の奥を撫でられるような寒気を感じるほど不気味だった。
俺は奴らに気づかれないよう、足音を立てずにゆっくりと進んでいく。すると、突然近くで銃声が鳴った。驚きで声を上げそうになるが、咄嗟に口を思い切り抑えて堪えた。
本日何度目かの発砲音。段々と慣れていく自分が少しおかしく思えたが、今はそんなことを考えている場合ではない。
ナメクジのようにゆっくりと、曲がり角から気づかれないように顔を覗かせる。そこには、乱雑に組まれた道の柵から身を乗り出し、反対側の道に銃を構える異形の姿があった。奴は何度も発砲し、向こうの何かに集中している。
もう終わりだ……。
俺はその場に座り込み、目の前に映る本物の銃と、辺りに轟く銃声に絶望した。今まで何とかこのバットで奴らと応戦してきたものの、銃はバットよりも強し……。さすがに銃には敵わない。このままこの道を突破するのは不可能だと断念し、奴の黒い背中を睨みつける。
――あれ? これ、チャンスじゃね?
奴は向こうの何かに集中しているし、発砲音が俺の足音を掻き消してくれるだろう。
俺はバットを両手で拝むように強く握り込み、神様に祈った。この場合、どの神様に祈ればいいか分からなかったので、野球が大好きな俺は『王貞治』に祈ることにした。
決意を固め、角からゆっくりと身を乗り出す。足音を立てないよう、獲物を狩る猫のごとくつま先で歩き、ぬるりぬるりと異形の背中へと近づく。
三メートル、二メートル……。
確実に距離を詰めているはずなのに、恐怖のせいで時がゆっくり動いているように錯覚し、たった数秒が数分にも感じた。
一メートル。
とうとうこの距離まで来てしまった。もう後戻りはできない。強く握りしめたバットを振り上げ、奴の後頭部めがけて思い切り振り下ろす。
異形はこちらを振り返ることなく、短く悲鳴を上げ、柵にもたれかかった。
もう一押しだ……!
俺は勢いに任せ、バット全体を使って奴の身体を押し出す。そのまま柵から突き落とすと、異形は抵抗する間もなく奈落の闇へと消えていった。
地面に落ちた音は聞こえないが、恐らく奴が戻ってくることはないだろう。
俺は小さくガッツポーズをし、心の中で神様に感謝した。
ありがとう! 王貞治!
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