十三 『逃避』 樋口 孝嗣 刃根/不入坂/03時00分

 不愉快な金切り声のような音で、失っていた意識が呼び覚まされた。ぼやけていた視界が次第に明瞭になり、きょろきょろと辺りを見渡す。すると、空には大きな裂け目ができていた。俺はその裂け目に強く惹かれ、脱力していた肉体に再び動くよう命じる。


 ゆっくりと立ち上がると、化け物どもにつけられた傷跡が塞がっていることに気づき、驚いた。さらに、当たり前のように俺の意思で動いているこの二本の腕は、あの化け物どもと同じように血の気のない、屍のように白かった。


「結局、逃げ切ることはできなかったか……」


 額に手のひらを当て、自分が冷めきった生き物であることを理解し、自嘲気味に大笑いした。乾いた笑い声が周囲に響き、木霊する。


「うえへ……うえへ……」


 無意識にそう呟きながら、俺は空の裂け目へと向かっていった。

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