三 『邂逅』 遠藤 隼人 八良詰/八良詰公園/01時28分
「いったい何なんだよ…」
俺は公園のトイレに籠り、頭を抱えていた。
町の崩落に巻き込まれ、目を覚ますと、そこはすべてが赤く染まった異界だった。風景こそ変わらないものの、白い異形が町に溢れ、人間を次々と取り込んでいく。
あまりにも異様な光景に恐怖し、俺は近くのトイレへと駆け込んだ。
「こんなことになるなら、来るんじゃなかった…」
呪詛のように低く呟きながら貧乏揺すりを続け、一時間ほどが経過する。
外では断続的に叫び声や衝突音が響き、そのたびに体が跳ね上がるほどビビってしまう。このままでは、この公園も時間の問題だ。そう思い、俺は息を殺しながら鍵をそっと開け、忍び足で外の様子を伺った。
外の景色は相変わらず赤一色。夢であれと淡い期待を抱いたが、無駄だった。
まずは駅へ向かい、この町から脱出しよう。幸い、町の構造自体は変わっていないようだから、駅までの道のりは分かる。周囲に異形がいないか慎重に確認しながら、公園を抜けようとしたその時――。
「まって!」
女の声が聞こえた。異変が起きて以来、叫び声や悲鳴以外の人の声を聞くのは初めてだった。安堵で体の力が抜け、まるで初めての海外旅行で同じ日本人を見つけた時のような気分になる。
「良かった…やっと人に会えた…!」
思わず笑みをこぼしながら振り返る。だが、そこにいたのは俺が想像していた「人」ではなかった。
黒い毛のようなものを着物のように纏い、その隙間から覗く肌は市松人形のように真っ白だ。
そいつは人間と同じ二本足で立ち、ぶらりと両腕を下げながら、嬉しそうにこちらを見つめていた。
「かえしてよ」
人間もどきが腕を振り上げる。手には包丁が握られ、鈍く輝いた。悲鳴を上げる暇もなく、情けなく腰を抜かしてしまう。逃げなければならないのに、恐怖で体が動かない。思い切り瞼を閉じ、目の前の光景から意識を遮断する。
その瞬間――。
ゴンッと鈍い音が鳴った。
恐る恐る目を開けると、人間もどきは地面に倒れ伏し、体からは湯気のようなものが立ち上っていた。
「生きてる人間がまだいたんだな…」
目の前に、一人の男が立っていた。その男は俺を見下ろし呟いていた。
手にはバットを握りしめ、明らかに今の一撃を加えたのは彼だと分かる。
跳ね上がった茶髪に、ピアスのついた両耳。夏だからか、胸元の開いた軽装で、まるで遊び人のような風貌をしているが、その肌は温かみのある人間の肌色だった。
俺はようやく、生きた人間と邂逅したのだ。
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