ダンジョン攻略を指示された雑用係の、少し変わった日常
白崎 八湖
1章
第1話 肉が出ない
古来より、人間とダンジョンは密接に関わってきた。
ダンジョンがなぜ、いつからそこにあったのかは誰にもわからない。
考えらえる限り最も古い文献にも、まだ人間が文明を築く前の壁画などにも、ダンジョンの存在を示すものが残されていた。
ある時はダンジョンの恵を利用し発展し、ある時はダンジョンから溢れ出したモンスターによる災害で衰退する。
人間の歴史はそういう物であった。
それは現在でも変わらない。
ダンジョンから発見される資源により新技術が開発され、人々の生活は豊かになり、時にそれが引き金となり戦争が起き、そしてまた発展する。
海、森、山、地球上のあらゆる場所が探索され、開発された。
宇宙開発も進む。人間は太陽系内の近隣の惑星にも足を延ばした。しかし、宇宙は広大だが、あまりにも過酷な環境で、遠い場所だった。
それでもダンジョンは、未だに底の知れぬフロンティアだった。
人類の長い歴史の中でも、未だに最下層まで攻略されたダンジョンは数えるほどしかない。
尽きることのない資源、新しい発見。
人間は、ダンジョンへ潜り続けている。
今も、そしてこれからも。
「おっと。あら、滅茶苦茶ですね。」
私は、ボスの使った雷撃魔法の爆風を利用しながら後退しつつ、余波の雷撃を弾きながら遠く離れた爆心地を見る。
着弾点を中心に元草原のフィールドは荒野と化し、溶岩の海と見せかけの空へ向かって上る幾筋もの雷で地獄の様相を呈していた。
溶岩の湖の対岸には、体高50メートルはあろうかという、雷を纏うドラゴン。
その頭部の左目付近は吹き飛び、血に塗れた白い骨のようなものが露出している。
怒りの籠った咆哮が辺り一帯を衝撃波となって吹き抜け、辛うじて残っていた草原の名残を残す地面の表面と溶岩を吹き飛ばしていく。
当たるとそれなりに痛いので、刀を振って相殺。
両脇を衝撃波が吹き抜けていく。
「お怒りのようですね。」
黒いドラゴンは残った一つの眼で、私を睨みつけていた。
<V3:過剰演出乙>
<V2:うーん、地獄>
<F1:がんばれー>
「過剰演出なのはあのドラゴンに言ってください。この程度ならこの辺りの階層だとよくあることですから。」
配信の数少ない視聴者のコメントに返答しつつ、どうやって獲物を仕留めようかと思案する。
首を落とせばそれで済むのだが、一定以上接近すると体表から漏れ出した雷撃が飛んでくるので、近付くのも面倒なのだ。
服が焦げる事もあるし、配信用のドローンや端末に直撃すると、恐らく修理ではなく買い替えになるだろう。
バックパックのジョイントに有線ラインで接続され、風船のように浮遊する4機のドローンをちらりと見る。
<V3:エフェクト強すぎてよく見えない。再編集して>
「リアルタイムの実写なんですけど。」
そもそも私が配信に使用している配信サイトである『D-Log』がフェイク動画等は即BAN対象であるため、彼らも分かっていて言っているはずだ。
つまり、いつものじゃれあいである。
<V2:映画みたいで迫力あるからヨシ>
<V3:組合が出してる最深踏破階層は75層なんだよなぁ。350とか言われても。>
「100層ぐらいまでは申告してたんですけどね、面倒な書類を書いて。全く更新され無いですし、面倒だから止めちゃいました。義務じゃないですし。」
遅れて吹き飛んでくる岩等を弾きながら、嵐が収まるのを待つ。
<V3:あれ、そうなんだ>
「ええ、認定するのは組合ですし、中学生ぐらいだと過大申告する人もそれなりに多いみたいなので、それと一緒に処理されたんじゃないでしょうか。
私が知ってるここの記録は300年位前で500層台だったらしいので、組合の踏破記録はあんまり当てにならないですね。ちょっと画面揺れます。」
私は浮遊するドローンを、背中のマウンタに戻す。
そして一歩踏み込み、次の瞬間にはドラゴンの上空にいた。
ドラゴンは、先程まで私がいた場所をまだ見ており、私を見失ったことに気付き身じろぎしている。
へばりついていた4機のドローンをつつき分離させ、距離を取ったのを確認し、
「フッ。」
その場で取り出した包丁を振ると、地表にいるドラゴンの頭部が、首からずり落ちた。
そろそろ帰宅予定時間が近いので、あまり時間はかけられない。
最初から面倒がらずに一撃で落とすべきだったかもしれない。
<V2:ネーヨ>
「あとは落ちるだけですね。」
私は重力に引かれて300か400メートルほどの高度から自由落下を始める。
このまま地面と仲良くしても死にはしないが、地面の状態が悪い上、着地に失敗すると恥ずかしい。
地面まであと10メートルほどかという高さでおもむろに腕を振り破裂音を立てながら反動で制動をかけ、トサッと軽く着地する。
目の前には、光の粒子になりつつ分解されていくドラゴンの姿。
ダンジョンのモンスターは特殊なものを除き、倒すともれなく勝手に光の粒子になりドロップアイテムだけが残される。
解体しなくていいのは非常に楽である。丸ごと回収できればもっと沢山素材が、と思わなくもないが、ここまで巨大だと持って帰れるサイズではない。
「さて、ドロップは何でしょうか。」
鱗、鱗、鱗、鱗、鱗、鱗、、、、、爪、牙、鱗、鱗、鱗。
巨大な鱗の山の中に、たまに爪や牙。
一応人の頭部より大きな魔石はあるが、肝心の物が無い。
「お肉がありませんね。ドロップ率はそれなりに高いはずなんですけど。」
ダンジョン産の食材は、高級食材として知られており、ドラゴン系の肉は物によってはキロ100万を軽く超えてくる。
今日はドラゴンなので期待していたが、残念ながらドロップしなかったようだ。
<V3:に く>
<F1:残念>
「おいしいんですよ。ドラゴン肉。あれは売らずに自家消費します。今回はドロップしてな・・・いや、もしかしてこれ、確定ドロップ以外一切出てない感じでは。今日は本当に運が悪かったみたいです。」
鱗の山を崩しつつ、私はため息をついた。
「いやでも、もしかしたら鱗に埋まってお肉があったりしないですかね。」
ドロップ品を整理しながらマジックバッグに次々と放り込んでいく。
しかし非情なことに、新たなドロップアイテムは無かった。
「おにく・・・(´・ω・`)。」
<V2:草>
<V3:鱗売って買えばいい>
諦めて160層の転移結晶へ向かいつつ、ドラコン肉の気分になっていた頭を切り替える。
「ここのドラゴン肉は売ってないんですよ。上層のドラゴンもどきの肉なら売ってることありますけど、別物ですから。」
そこでふと、上層でもそれなりにおいしいドラゴン肉が収穫できる場所があることを思い出す。
「そういえば、121層のボス竜がほぼ確定に近い確率でドラゴン肉落とすんですよね。味はここより多少落ちますけど。今更行ったところでうまみは少ないですけど、お肉のために次はそこに行きましょうか。」
どうしてもドラゴン肉が欲しい私は、次回の予定を決定する。
<F2:3カメ、エラー出てるよ>
「えっ。」
邪魔だからと隠していたARコンソールをすぐさま引っ張り出す。
そこには、1つだけブラックアウトし『NO SIGNAL』と表示された3番のモニターが表示されていた。
ぱっとドローンの方を向き、1,2,3,4。
ちゃんと4機いるし、追従してる。
「3カメ、3カメくん・・・この子。」
手を差し出すと、既定の行動に従って手の上に降着脚を出して着地する。
ドローンは通常時、1辺15cm程の座布団のような形をしている。
コンパクトながら高性能なモデルで気に入っているのだが。
「でも、壊れてるようには・・・こ、焦げてる。」
元々マットブラックのボディであったため目立たなかったが、裏返してみるとセンサー部を中心にわかる程度には黒く変色し、よく見ると若干の歪みが確認できた。
「ああぁ・・・。C3テストモード、簡易自己診断プログラム起動。」
そう命令を出すと、ドローンはふわりと浮き上がり、自己診断を開始する。
ふらふらと動作が安定しないのが見ているだけでわかり、迷彩モードのテストでは下面はほぼ機能していない。
1分程度で簡易テストが終わり、差し出した手の上にすっとドローンが降りてくると同時、ARコンソールにレポートが出力される。
「これは、うん。ダメそうですね。」
正常に追従しているように見えたのは、単に他のドローンの誘導があったから、というだけのようだ。
センサー類はほぼほぼ全滅。他も散々な結果である。
「しゅ、出費が・・・。」
<V2:ドンマイ>
<F2:帰りに持っておいでー>
「お肉が出なかった上にドローンまで壊れるなんて。」
私は手の上のドローンをつつきながら、ボス部屋後のセーフルームこと転移結晶部屋へ入る。
<V3:肉好きすぎでしょ>
「お肉が出てたら、まだ心に余裕がありました。」
私はため息をつきながら、転移結晶に手をかざす。
転移結晶とは、ボス部屋の後の部屋に設置されている、いわゆるショートカットである。
形状は様々だが、3m程度の発光する結晶体であることが多い。
ダンジョンの入口に入ってすぐの場所にもあり、触れると同ダンジョンの一度登録してある転移結晶に移動できる。
完全個人認証の為、誰かについて行って階層を飛ばしたりはできない仕様である。
「えっと、では配信を終了します。次回は、ドローンが直れば、ということになるかと思います。早くても多分来週末かな。直るといいな。では。」
<F1:お疲れさまー>
配信を切ると、ドローンが背中のマウンタに戻る。
全て戻ってきているのを確認し、アクティブになっている転移結晶にアクセスして私は地上に戻った。
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