相談

知世をリビングに座らせると玉緒は紅茶のティーバッグで紅茶を淹れた。玉緒は緑茶を淹れる習慣がなく、来客者を待たせて茶葉を買いに行くのも失礼だと思い、一瞬どうしようと思ったのだが、ふと以前もらった紅茶があったのを思い出したのだ。


──これいつのだっけな

そう思ったが敢えて賞味期限は確認しなかった。しないほうがいいと思う。


「どうぞ……」

玉緒はそう言って知世の前に紅茶を置いた。テーブルには開けたばかりの缶ビールが置いてあったがさり気なく回収してシンクに流した。


「…………」

知世は無言で一礼してそのまま俯いてしまった。


──相当思い詰めてるっぽいな

玉緒はそう思いつつ紅茶を一口啜った。何となく苦い気がするので勧めづらい。


「……あの、かささぎさん」

知世はぽつりとそう呟いた。


「はい」

玉緒は冷静さを装って答えた。


「先日の、その、あのこと……あっ、直接はそれと関係はなくて……」

知世は困惑気味にそう言った。


「誰にも言っていません」

玉緒はやや強い口調でそう言った。玉緒は無自覚だがやはり業界人のしたたかさだ。


茉莉の出生の秘密など当の茉莉以外に秘匿する必要がない。だが玉緒は「茉莉」と言わずに「誰にも」とぼかした。もしここで「茉莉」という名前を出したら話がまずい方向に行ってしまう可能性を無意識に避けたのである。


「あっ……ありがとうございます……」

知世はそう言ったが困惑は強まったように見えた。


「……どうかしたんですか?」

玉緒は気になって訊いてみた。むしろ茉莉にその秘密を伝えてくれたほうが良かったかのような反応に思えたのだ。


「その、お墓参りが……」

知世はそう呟いた。




来月には茉莉の実父の命日があるという。彼は入婿ではなかったのでかがり家としては押しかけるのも失礼という思いもあり、また先方も回忌法要でもないのに篝家を招くのも失礼と感じたのか、ここ数年はそういう交流が失われていたそうだ。


「ですが茉莉も今年18歳ですし……」

知世は目をしょぼしょぼさせてそう呟いた。だが玉緒には別の疑問が浮かんだ。


──お父様だけなんですか?

なんとなくだが、茉莉の両親は事故死をしている可能性は考えていた。だが今の説明ではどうやら茉莉の実母はまだ存命中らしい。


──まさか

一瞬、まさか茉莉の実母が実父を殺害したのでは?と妄想をして慌てて否定した。もしそうなら法要どころの話じゃない。


「……図々しい話ですが、かささぎさんから伝わっている可能性を期待しました……」

そう言って知世はまた少し俯いた。いや違う、押しつぶされているのだ。実の娘ではなくても愛娘に出生の秘密を伝える責任に。


「あの、失礼ですが、茉莉ちゃんの本当のお母様はいまどちらに?」

玉緒は意を決して聞けなかった質問をした。刑務所とかはやめてよね。


「……カガリヤで働いています」

知世はぼそぼそとそう言った。


「カガリヤで?」

玉緒にはそれはあまりにも普通、いや穏当すぎて逆に意外な回答に思えた。


「え?じゃあその、えっと」

玉緒は勢いに任せて質問をしかけてためらった。


環境次第でそういう事もあるかも知れない。夫を亡くした妻が一人では娘を育てきれないと感じ、両親に娘を託して一人で生きていくという事が。


だが茉莉の母親はカガリヤHDの令嬢なのだ。カガリヤの内証は知らないが、少なくとも母子家庭が生活に困窮するとはとても思えない。夫を亡くしたショックで一時的に両親に預かってもらう事はあるかもだが、それなら親子三世代で同居するだろう。


そして玉緒がそこまで考えた時にあるイヤな予測が頭に浮かんだ。だがこれは聞かなくてはいけない。具体的な理由はなかったが、玉緒は自分にはそれを知る権利、いや責任があると疑いなく思った。


育児放棄ネグレクト、ですか?」

玉緒の質問に知世は小さく頷いた。

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