恋慕

高揚

「♪」

玉緒は機嫌よく送迎車に乗り込みあまつさえ鼻歌まで歌った。


「最近は随分と機嫌がいいですね」

田町は嫌味でもなくそう言った。


「売れてきたからね」

玉緒はビジネストークというよりは事務所の社員にリップサービスをした。


最近TV出演が多くなってきたのは事実である。念願の報道番組の出演も獲得して、ようやくただのバラエティタレントから脱却した感もある。


だが玉緒の機嫌が良くなった本当の理由は茉莉との関係再構築である。玉緒は改めて茉莉を好きだと認識した。いや愛していると再認識したのだ。


かつて、もう大学時代の事だから十年も前になるが、彼氏が居た時でもこんな高揚感を得た事などなかった。それどころか今にして思えばあのオトコとの交際は最初から倦怠感があったように思える。名前なんだったっけな。もうどうでもいいけど。


茉莉との関係はあくまでプラトニックなものである、と玉緒は認識していた。キスをして、一緒に風呂に入り、あるいは互いに性的興奮を与え合っていたとしても、それはあくまで神聖な、純愛的な、お互いを高め合うプラトニックな関係である。という事になっていた。玉緒の理屈ではセックスさえしなければそれはプラトニックな関係なのである。本来の意味でのセックスなどしようがないのだが。


故に玉緒は茉莉との関係にほとんど引け目を感じてはいないのだが、唯ひとつ、茉莉がまだ高校生であるという事実だけは充分に警戒していた。


世の中にはゴシップ記事という、邪悪で嘲笑的なだけで世界の秩序に何も貢献しない唾棄すべきメディア媒体が存在する。そんな悪鬼邪鬼どもにこの事実を知られれば、儚くも美しい純愛はたちまち未成年略式という犯罪に貶められてしまうのだ。


──茉莉は私が守る

玉緒は決心するまでもなくそう思った。




「それでは次のニュースです」

自分をタレントかのように誤認している若作りの男性局アナがそう切り出した。


「昨日、大阪府で交際トラブルと思われる暴行事件が発生しました」

男性局アナは淡々と事件を読み上げる。


「逮捕されたのは大阪府◯◯市在住の女で、被害者も女性であるとの事です」

そこまで読み上げるとコメンテーターたちは大げさな声を上げた。


「つまり女性同士、という事ですか?」

コメンテーターの一人であるオッサンは驚きの表情を作ってそう言った。


「ええ、どうやらそのようです」

男性局アナはわざとらしくもしおらしくそう言った。


「あらまあ……」

女性コメンテーターは嘆くというより呆れた口調でそう言った。


かささぎさん、いかがでしょう?」

男性局アナは発言のない玉緒にコメントを求めてきた。


「いやー、なんかもう悲しいですね」

玉緒は真面目な顔でそう言った。


「女性同士とかは関係なく、もっと話し合えなかったのかなって」

玉緒は心からそう言った。茉莉とのファーストキスの時に会話はなかったが。


「会話って大切ですよ。ちょっとした事でも行き違いとかありますし」

玉緒は諭すようにそう言った。ちなみに玉緒と茉莉がコトに及ぶ時にはお互いに何を言うでもなく何となく始まってしまうのであるが。


「もっと相手を知ればそんな事にはならなかったのではないでしょうか。残念です」

玉緒は一線を越えた後も茉莉に出生の秘密を聞く事はなかった。



玉緒は嘘をついた訳でもなければキャスターという仮面をかぶっていた訳でもない。玉緒と茉莉との関係はあくまでプラトニックな、精神的な繋がりに重きを置く関係である。LGBTQという価値観について異論を挟むつもりはなかっただけである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る