確認
「玉緒さんって付き合ってる人いるの?」
ある時茉莉が唐突にそんな事を訊いてきた。
「いないよ?」
そう答えてから玉緒は少し笑って言葉を継ぎ足した。
「ほとんど毎日顔を合わせてる私にそんな事を訊くか」
玉緒は笑いながらそう言った。
「だよね」
茉莉は特に表情を変えずにそう言った。
そして微妙な沈黙が訪れた。少しの沈黙は玉緒にある事を気が付かせた。いや、玉緒はすぐにそれを察したのだが、言葉にするのに少しためらいがあった。それがこの微妙な沈黙の正体だった。だが玉緒は結局はそれを言葉に出した。
「茉莉ちゃんもそういう事を考えるようになったんだねえ」
玉緒は自分が意識して笑顔を浮かべている事には気がついていたが、なぜ意識して笑顔を浮かべる必要があるのかは自分でも分からなかった。
「今日学校でそんな話した」
茉莉はさらりとそう答えた。
「女子高生だもんねえ」
玉緒はそう言ってから自分が妙に間延びした言い方をしている事に気がついてバツが悪くなった。まるで嫌味を言っているようだ。
茉莉は相変わらずまっすぐ前を向いて答えなかった。少し考えているのか、あるいは言葉をためらっているのか分からない。玉緒は少しどきりとした。
──ヤベ
とっさに玉緒はそう思った。玉緒の言い方から悪意を感じたのかも知れない。あるいは両親に言いつけられるとでも思ったのだろうか。だが違っていた。
「玉緒さんに彼氏が居るかって話だよ?」
玉緒は思わず吹き出してソファに突っ伏した。
「そんなにおかしい?」
茉莉はソファに突っ伏したまま爆笑している玉緒にそう声をかけた。
「い、いや!なんかツボった!」
そう言って玉緒はようやく起き上がった。その吊り眉は八の字になっている。微妙すぎる緊張は、逆に玉緒の副交感神経を大いに刺激したのだった。
「あたしかよ!」
改めて玉緒はそう言った。
「そうだよ」
茉莉は真面目な顔でそう言った。
玉緒は改めておかしくなった。自分は芸能人であり、一般視聴者から注目されるだけの知名度があるという自覚はある。そしてそれはほぼ毎日顔を合わせてるこの少女にとっても同じだという事を失念していたのだ。いやそれよりも──
「茉莉からそんな事を言われるとはね」
それだけ言ってまた玉緒は笑った。失笑というか、苦笑というか。
もちろん茉莉だってTVなり何なりを見て自分を知った筈なのだが、初対面の時から超然としていたこの少女はファンだの何だのというカテゴリーから逸脱しているように感じていたのだ。いやそう感じている自分に初めて気がついた。
「言い出しっぺは私じゃないよ」
茉莉は玉緒をまっすぐ見てそう言った。
「で、友達はなんて言ってた?」
玉緒は今度は作り笑いではない本当の笑顔を浮かべてそう尋ねた。
「いろいろ言ってた」
茉莉はその会話をかいつまんで説明してくれた。
最初は同じ番組に出ている誰それという話から始まって、いや同じ番組に出ている人じゃないでしょうという指摘も出て、ずっと歳上の人じゃないかという推測も出て、いや玉緒の性格からむしろ歳下だろうという意見も出て──
「歳下の彼女が居そうって話でまとまった」
まとまるな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます