第3話

“せりかちゃん……せりかちゃん……ねえ、せりかちゃん、わたしのママとパパを取らないで……”


 いつも可愛い美宮みくちゃんの柔らかい笑顔が、墨を零した様に流れていき、ぐにゃりと歪んだところで、私は息を呑み、目が覚めた。


 小学生低学年の頃に言われた言葉は、いつまでも棘のように残っている。

 忘れるな、というように、時々夢に見る。


 私の両親は、私が小学生になってすぐ、事故で死んだ。

 私にその時の記憶はないけれど、助かったのが奇跡だといわれるくらいに酷い事故だったらしい。


 高校生にもなってもまだこの夢を見るのは、私が従妹の美宮ちゃんの家に今もお世話になっているからだと思う。


 おじさんとおばさんは、本当にいい人で、私と美宮ちゃんを分け隔てなく同じように育てようと必死だった。それは小さな時からとっても感じた。

 だけど、そんな二人に一人っ子だった美宮ちゃんは危機感を覚え、私に両親を取られてしまうと思ったんだと思う。

 当然だ、って今だったら言えるけれど、その時は大好きな従妹の美宮ちゃんにそう言われたことにショックを受けた。


 両親がいない寂しさは、おじさんおばさんに和らげてもらったし、美宮ちゃんとは姉妹になれた気がして嬉しかったから。


 美宮ちゃんのその言葉の後、私はずっとどこかで遠慮していた。

 おじさんやおばさんとも心から馴染むことに罪悪感があってずっと他人行儀だったし、自分は置いてもらっているのだから、といろんなことを諦めていた。

 段々とおじさんやおばさんが私のことに見向きをしなくなっていくのを、私は美宮ちゃんではないから仕方がないとどこかで思っていた。


 自分からそうやって手放していったけれど、決して孤独になりたかったわけではない。

 ただ、どうすれば美宮ちゃんの心も大切にして、おじさんおばさんとうまく付き合っていけるのかわからなかっただけ。


 だから、家族団欒の中に入れないのも仕方がないし、そもそも家族のカテゴリーに入れないのも仕方がないこと。

 美宮ちゃんが二人と仲良くしている姿を見て、楽しそうにしているのを見て、羨ましいなあ、って思うなんてないものねだりに過ぎない。

 わかっているのに、わかっているはずなのに、それでも寂しいと思ってしまうのは罪なことなのかな。


 寝起きのぼんやりとした頭で、窓の外を頬杖ついて見た。


 よかった、叫ばなくて、授業中だったし、と心底ほっとして徐々に近づいてくる爆音を、五月蠅いと思いながら聞いていた。

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