第22話 やりがいと生きがい
六月初め頃に麻里子さんは公募に出すための原稿を完成させた。
「やっと……出来た……」
半ば呆然とした麻里子さんは大きく深いため息を吐く。髪の毛はボサボサで目が充血している。
アートシティ漫画大賞に出す作品のタイトルは
「
僕は応募前の原稿を読ませて貰った。世界初の読者になれて光栄極まりない。
疲れている麻里子さんに僕はアイスティーを入れてあける。梅雨の初めのこの季節、アトリエルームはエアコンがかかっている。こぉこぉとエアコンはその存在と役割を証明していた。
僕は麻里子さんの隣に座り、原稿を読む。
麻里子さんは僕の肩に頭をのせて、うとうとしていた。
麻里子さんの漫画は一言で言い表せば、これって雑誌に載っていても遜色ないよねと思わせるほどのクオリティであった。何回か麻里子さんの描くイラストを見せてもらったことがあるが、今回は気合の入れ方が違う。
主人公の美希を襲う妖魔の黒猿は不気味で気持ち悪かった。美希が半裸にされ、舐めまわされるシーンはエロくてたまらない。
ジャックが呼び出されからのアクションは胸がスカッとするほど爽快だ。
特筆すべきはジャック・オー・ランタンの造形だ。妖しくも美しく、そしてエロティックだ。人外でありながらもこうなんというか、男子の性癖にささるキャラクターデザインがなされていると思う。
僕は素人だけどこれはいけると思う。このクオリティはすでに連載されている漫画とそれほど変わらない。いや、ジャックの妖艶さは上回るのではないか。
「この夢食みジャックという漫画、面白いよ。特にジャックのキャラ立ちが良いよね」
素人の僕の感想が何処まで的を得ているかは分からないが、正直な感想を伝えた。
「ありがとう、夏彦さん。じゃあね、お疲れ様のチューして」
麻里子さんがキスのおねだりをするので、僕たちは大人のキスをする。
「はー夏彦さん成分が吸収されて、疲れも吹き飛ぶわ」
僕になんの成分があるかわからないが、麻里子さんのお役に立てるのなら、本望だ。
この二カ月、僕は全身全霊で麻里子さんをサポートした。彼女が漫画制作に集中できる環境を全力で整えた。
麻里子さんのためにご飯をつくり、掃除と洗濯もした。まあ、洗濯は麻里子さんの下着をくんくんできるのである意味ご褒美ではあった。
仕事も麻里子さんの奈良の家から通った。通勤時間がかなり長くなったが、麻里子さんは放っておくとインスタント食品ばかりたべて、着替えもろくにしない。
それだけ漫画に集中しているということだけど、体をこわしたら本末転倒だ。
僕が麻里子さんの家に泊まり込み、家事全般を引き受けた。
この二カ月、はっきり言って大変だったけど楽しかった。だって毎日麻里子さんといられるのだからね。彼女のサポートに僕はやりがいと生きがいを感じていた。
通勤時間がのびたけど、不思議と苦にはならなかった。帰ったら麻里子さんがいると思えば、電車の時間も楽しいものだ。
ただ困ったこともないわけではない。
麻里子さんは原稿の進捗がはかどらないと僕を呼び出し、エッチなことをご所望される。
晩ご飯をつくったり、洗濯物をたたまないといけないのに、思いたったら麻里子さんは止まらない。
時間など関係なく僕を全裸にむき、しぼりとるのだ。まあ、それはうれしいことではあるのだが、朝、昼、晩いつお呼びがかかるか分からないので、ムードもへったくれもなかった。
どうやら僕とのエッチが麻里子さんのストレス発散になっているようだ。女子にも性欲があるのだと思い知らされた。比べたことはないが、麻里子さんはかなり性欲が強い方だと思う。僕もエッチなことは好きなんだけど、睡眠時間がたらないんだよね。
そこで僕はふと思いついた。
もし、もしも麻里子さんがプロ漫画家としてやっていけるようになったら、僕は仕事を辞めてもいいかも知れない。いわゆる主夫として麻里子さんをサポートしたい。
一度麻里子さんに相談してみよう。
時期はアートシティ漫画大賞の結果が出てからでいいだろう。
それがターニングポイントではないかと僕は考える。
僕たちは一緒に郵便局に行き、原稿を大阪創明出版社に送った。
六月上旬の日曜日、観光客でにぎわう春日大社に受賞祈願にでかけた。
その後、ならまちでお昼ご飯を食べた。
外食は久しぶりだ。
この日は僕の希望で柿の葉寿司を食べることにした。お店は純和風で落ち着いてた雰囲気だ。個室があるのがありがたい。
ご飯を作るのは嫌いじゃないけど外食は楽でいいな。洗い物もしなくていいのが良い。何だか考えかたがすでに主婦になってきたような気がする。
「これお誕生日のプレゼントなの」
そうかすっかり忘れていたな。
六月九日が僕の誕生日だ。シックスナインの日と覚えてほしい。このネタ、麻里子さんに言うとバカみたいに受けるんだよね。
女子と話す下ネタは楽しいけど相手を選ばないといけない。単純にセクハラになるからだ。
プレゼントは黒い革ベルトがかっこいい腕時計であった。僕がつけていたのは千円のチープ腕時計だったので、これはめちゃくちゃうれしい。大人として認められたようでうれしい。
どうやら同じタイプのレディースものを麻里子さんもつけているようで、ペアウォッチであった。
ペアでものをつけるなんてバカップルみたいだと思っていたけど、いざ自分がすると心ときめくものなんだな。
「ありがとう麻里子さん。大好きだよ」
「私もよ、夏彦さんのこと大好きよ」
この日の夜も僕たちは激しく愛しあったのである。
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