第15話 堕ちていく元彼女
※瑞樹視点
二月十四日のバレンタインデー、大阪にも珍しく雪がふった。それでも積もることはなく、粉雪が舞い散る程度であった。
コートの襟首を上限までしめて、結城瑞樹は街を歩いていた。午後六時前だというのに日は沈んでいるが、繁華街は眠らない街を証明するかのように明るい。騒がしい人の波を避けながら、瑞樹は歩く。
ふと、何気なく視線を上げると瑞樹は見知った顔を見つける。
それは水樹夏彦の地味な顔だった。どこにでもいる普通の顔をした中肉中背の青年だ。モブという言葉がこれほど似合う人間はいないだろう。
約三ヶ月前に別れた元彼氏だが、瑞樹にはなんの未練もない。別れてせいせいする気持ちすらある。
彼はつまらない男だった。
お金もなく、服装もだらしなく、会話も面白くない。それに食品工場の作業員という底辺の職業についている。将来性の欠片もない男だ。
こんな男と一時とはいえ、つきあっていたかと思うと人生の黒歴史である。
そんな水樹夏彦が背の高い女性と腕を組んで歩いていた。
興味本意でちらりとその背の高い女を見てみる。
思わず笑い出したくなるほど不細工で醜い女だった。おしゃれだと思っているのか、亜麻色の顔はまったく似合っていない。
大きな垂れ目は蛙か蜥蜴などの爬虫類を連想させる。厚い唇は都市伝説の口裂け女みたいだ。鼻なんてお団子みたいにまん丸だ。よくあんな顔で街なかを歩ける物だと瑞樹は逆に感心する。
それにかなり太っている。背が高くて太っているから女子プロレスラーか何かだろうか。胸は大きいかもしれないが、太っているのでそんなのは当たり前だ。歩くたびに揺れる胸肉は気味が悪い。
その女を一言であらわすならキモいだ。
でかくて、醜い顔をしたあの女は底辺を這いずりまわっている水樹夏彦にはお似合いだと思った。
せいぜい、ブスな子供でも作ればいい。
結城瑞樹はタクシーをつかまえて、大阪でも指折りの高級ホテルに向かう。
ホテルのロビーは暖かい。
瑞樹はコートを脱ぎ、それを右手に持つ。
瑞樹は胸元がざっくりと大きく開いたドレスを着ていた。瑞樹の首元にはにはサファイアのネックレスがぶら下がり、胸の谷間に宝石が挟まっている。
ドレスもアクセサリーも田崎優志郎に買ってもらったものだ。
そう言えば、水樹夏彦は4℃で購入した指輪をプレゼントしてきた。瑞樹は馬鹿にされていると感じた。高校生じゃあるまいし、そんなのもらっても嬉しくともなんともない。
彼女の姿をみつけた高級そうスーツを来た若い男性が歩み寄る。
「結城瑞樹さんですね」
にこやかに男性は微笑む。
それはCMのタレント並みに爽やかな笑顔であった。
「社長がお待ちかねです」
バレンタインデーのこの日、結城瑞樹は田崎優志郎に頼まれて、ある仕事をするためにこの三ツ星高級ホテルに着ていた。
田崎優志郎に依頼された仕事をするのは初めてではない。すでに両手の指ではたらないほどの回数をこなしている。
正直、最初は抵抗があったけど慣れてしまえばなんてことはない。それよりもメリットのほうが大きかった。
一度こなすだけで、まともに働くのが馬鹿らしくなるほどの金額が瑞樹の口座に振り込まれた。それだけでなく、田崎優志郎が紹介する相手からハイブランドの洋服やバック、宝石などがプレゼントされる。さらに田崎優志郎から仕事のあとはお姫様のように扱われる。
これほど自尊心を満足させることは他にない。
黒服の男に案内されたのはこのホテルの最上階にあるロイヤルスイートルームであった。
部屋に入ると黒服の男はどこかに消えた。
社長と呼ばれた初老の男性が瑞樹を出迎える。
シャンパンやワイン、それにルームサービスで瑞樹は歓迎される。
食事のあと、瑞樹はシャワーを浴びて、社長と一晩を過ごす。
事後に社長の自慢話を聞くのを忘れてはいけない。
少し褒めると社長はべらべらと聞いてもいないことまでしゃべりだす。
どこそこの会社を買収する。あの地方にグループの店をだす。あそこの会社は何とかという製品を開発していて、そこに出資しているのは私だと。
「瑞樹ちゃんには難しい話かな」
社長がそういうので、私わかんないと馬鹿なふりをする。
「ねえ、私芸能の仕事をしたいの。よろしくね」
そう言い、抱きつくと社長はうれしそうに鼻の下を伸ばす。
会話の意味は分からなくても、瑞樹は記憶力には自信があった。
昔、覚えるのが得意なんだからもっと勉強しなさい。友ノ浦高校なんて余裕でいけるのにと母親に言われたことがある。
記憶力に自信はあるが、それを応用するのは苦手だった。
社長との会話を一字一句漏らさずに田崎優志郎に伝えると彼は喜んでくれる。
彼の喜ぶ顔が見たくて、この仕事をしていると言っても過言ではない。
ホテルでモーニングを食べたあと、結城瑞樹はハイヤーで自宅マンションにかえった。
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