#ハッシュタグから始まる恋

南 コウ@『スター☆トレイン』発売

第1話 キリトリセカイ

 綺麗なものをスマホで撮影してSNSに投稿する。それが俺の日課だった。


 撮影するのは、道端で寝ころんでいる野良猫、教室の窓から見た飛行機雲、橙色に染まった夕暮れ時の坂道など、些細なものばかり。珍しい景色ではないけれど、俺にとってはどれもお気に入りだった。


 SNSにあげる時は「#キリトリセカイ」とハッシュタグを付けて投稿していた。自分の好きなものを、他の誰かにも好きになってもらえたらと淡い期待を抱きながら。


 そんなささやかな趣味がきっかけで、あいつは俺を見つけてくれた。


熊谷くまがいの全部が知りたい」


 クールなあいつが、平凡で何の取り柄もない俺に興味を示してくれるとは思わなかった。


 これはハッシュタグで繋がった恋の物語――



「あっ、猫」


 夕暮れ時の坂道で、腹を出して寝ている野良猫を見つけた。白とベージュのとら模様で、体型はややぽっちゃり。柔らかそうなお腹は、呼吸と共に上下していた。


 あのお腹に触りたい。ふわふわの毛並みを見ていると、そんな衝動に駆られた。


 俺は足音を立てないように、そろりそろりと道路の端で寝ている野良猫に近付く。目の前でしゃがんでみたものの、起きる気配はない。


 寝ている隙に、触ってやろう。


 そう企んでいたものの、あんまりにも気持ち良さそうに寝ているものだから、邪魔をするのが可哀そうに思えてきた。


 俺はもふもふ欲をぐっと堪えて、伸ばしかけた手を引っ込めた。


 触らない代わりと言ったらなんだけど、この無防備な姿を写真に収めてやろう。俺はブレザーのポケットからスマホを取り出して、すやすやと眠る猫を画角に収めた。


 ――カシャッ


 うん、よく撮れた。猫も起きなかった。したり顔で写真を眺めていると、背後から声がかかった。


「何してんの、熊谷」


 気だるげな低い声が飛んでくる。突然のことで、びくんと肩を跳ね上がらせてしまった。ついでに目の前の猫もぱちっと目を覚ます。


 恐る恐る振り返ると、俺と同じ制服を着た男子生徒がこちらを見下ろしていた。


 ワックスで動きを付けたストレートの黒髪に、体温が低そうな白い肌。涼しげな一重の目元と整った鼻筋、それに薄い唇。世間では塩顔と呼ばれるあっさりとした顔立ちだ。


 放つオーラはクールでどこかミステリアス。にこりともしない無愛想な表情からは、冷たい印象を受けた。


 彼のことは知っている。同じクラスの葛西かさい颯斗はやとだ。女子からはクールイケメンと騒がれている。


 葛西は感情の乏しそうな顔で、じっと俺を見つめている。話しかけてくれているけど、こっちに興味があるようには思えなかった。


「猫の写真、撮ってた……」

「ふーん」


 正直に明かしたものの、素っ気ない反応が返ってくる。興味がないなら聞くなよ、と突っ込みたくなったが、言葉には出さなかった。


 まあ、そんな反応になるのも無理はない。


 向こうはクールで格好良いクラスの人気者、こっちは何の取り柄もないない平凡男子。同じ教室にいても交わることのない存在だ。葛西と俺では、あまりに違い過ぎる。


「じゃ、俺はこれで……」


 気まずさを背負いながら、俺はその場で立ち上がる。葛西の横を通り過ぎると、猫と共にそそくさと退散した。



 その日の晩。俺はベッドでうつ伏せになりながら、今日撮影した猫の写真を眺めていた。


「よく撮れてるじゃん。可愛い」


 にししっと笑いながら、画面越しに猫の腹を撫でる。当然のことながら指先に伝わるのは無機質な感触で、柔らかさは伝わってこなかった。触れなかったのは残念だけど、可愛い写真が撮れたから良しとしよう。


 ごろんと寝返りを打って仰向けになると、インスタを開き、自分のアカウントに飛んだ。


 インスタのアカウント名は『しろくま』。本名の熊谷くまがい眞白ましろの「くま」と「しろ」を取ってしろくまだ。フォロワー31人、フォロー52人。リアルな知人には教えていない、写真用のアカウントだ。


 日常の何気ない景色を写真で切り取って、インスタに投稿するのが俺のささやかな趣味だ。写真を撮るのが得意なわけではないけど、綺麗なものや可愛いものを切り取って、後で見返すことが好きだった。


 見返すだけなら、スマホのアルバムに収めていれば十分だけど、わざわざSNSにアップしているのは、やはり承認欲求からだろう。


 自分の好きなものを、他の誰かにも好きになってもらいたい。投稿した写真に「いいね」が付くと、自分自身が認められたような気分になった。


 今日撮影した猫の写真も、さっそくインスタに投稿する。写真を選択してから、『#キリトリセカイ』とタグを添えた。


 このタグは、ポートレートや風景写真の投稿でよく見かけるものだ。似たようなもので、『#ファインダー越しの私の世界』なんてタグもあるが、俺の場合は一眼レフカメラで撮影しているわけじゃないから、そっちはしっくりこなかった。スマホで切り取った世界をあげているから『#キリトリセカイ』。その言葉も結構好きだった。


 タグを付けて投稿した方が、誰かの目に留まる可能性が上がるというのは経験則から分かっている。別に大勢の人から認めてもらいたいわけではないし、有名人から褒められたいわけでもない。それでも、この世界のたった一人でも構わないから、自分の「好き」なものを「好き」と言ってくれる人と繋がりたかった。


 こんな風に思ってしまう俺は、多分SNS中毒なんだと思う。現実世界では、なかなか自分を表現できないからこそ、SNSの世界で自分を表現しようとしていた。


 猫の写真を投稿してから三分ほど経過した頃、さっそくひとつの「いいね」が付いた。赤い通知マークを見ると胸が躍る。確認してみると、見慣れたアカウント名が表示された。


「やっぱりsaikaさんだ」


 saikaさんは、俺の数少ないフォロワーだ。写真を投稿すると、必ず「いいね」を押して反応してくれる。


 リアルで繋がりのある人ではないから顔も年齢も分からないけど、相手の投稿を見る限り男性だろうと予想していた。


 saikaさんは、お洒落なカフェの写真やメンズもののスニーカーの写真をよく投稿している。二ヶ月前には、夏フェスの写真も投稿していた。そのことから、お洒落で格好良い人なのだろうと想像していた。


 そんな人に、俺の撮った写真を気に入ってもらえたのはちょっと嬉しい。最近は、saikaさんに見てもらいたくて、写真を投稿しているような気もする。


 猫の写真も気に入ってもらえて良かった。俺はベッドの上でごろごろと転がりながら、嬉しさを噛み締めていた。



 翌日の放課後。椅子から立ち上がったところで、葛西に腕を掴まれた。


「熊谷、一緒に帰ろう」

「は? え? なんで?」


 唐突なお誘いに、俺は目を点にして固まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る