第4話
わたしはぐるりと室内を見回した。ベッドとクローゼットの置かれた、寝室を兼ねた部屋だ。特に変哲はないように思われる。
「ちょっと、分からないわね」
「それじゃあ、貴女の座っているソファを見てください」
「え? このソファが、何か?」
ちっともぴんとこないわたしへ彼は言った。
「居間にあったのと同じものではないですか?」
「ええ、そうね」
と、わたしはうなずく。見た目だけでなく、座り心地もまったく同じだ。
「しかし、居間には別のソファが置かれています」
「模様替えでもしたの?」
と、わたしがたずねると、ヴェリシュは呆れたようにくすりと笑った。
「違いますよ。気づいたら、勝手に入れ替わっていたんです」
そんなことがあるわけない。使用人が勝手にやったのでは……と、考えてからはっとした。
二人がけのソファは重たい。この屋敷にいるのは二人の使用人のみであり、その二人が示し合わせない限り、ソファを入れ替えるなど不可能だ。しかも、一人は女性だったはず。こんな重労働を、主人の見ていない間にわざわざ行うだろうか?
「他の家具は変わっていないのに、変ですよね」
と、ヴェリシュが言い、わたしは彼の言いたいことを理解した。
「ええ、たしかにおかしいわ」
「他にもいくつか、変化しているところがあるようです。この屋敷内にとどまらず、街のあちこちにも」
そう言ってヴェリシュは窓の方へと視線を向ける。
「そんなに?」
「はい。些細な変化なので、見落とすのも無理はありませんが」
屋敷が、街が変化している――?
わたしは抱いていた不安がにわかに大きくなるのを感じた。
「どうして、そんなことが起こるの?」
「一言で言えば、おそらくバグでしょう」
と、ヴェリシュは答えた。
「そもそも、ここがゲームの中の世界であるならば、人工的にプログラミングされた世界と言い換えることができます」
また聞き慣れない単語が出てきて、わたしは困惑する。
「ぷ、ぷろぐらみんぐ?」
「ですから、えーと……神様がいると仮定し、その神様がこの世界を作ったのであり、一人一人の運命や結末を決めてしまっている、という感じです」
分かるけれど、よく分からない。
わたしはうーんと首をかしげ、ヴェリシュが言う。
「とにかく、作られた世界だということです。で、プログラミングされたのなら、何らかの形でバグが起きてもおかしくはないんです」
「ふぅん」
「そのバグが物語に、直接作用するかどうかは分かりません。ですが、バグは取り除かなくてはならない」
「取り除く?」
首をかしげるわたしへ彼は分かりやすく教えてくれた。
「ええ、雑草みたいなものですよ。花を綺麗に咲かせるためには、よけいな雑草を取り除く必要があるでしょう?」
「ああ、そうね」
「ただし、今後バグがどんな動きをするかは予測できません。物語の結末という花が咲かなくなるほど、大きく広がっていく可能性もあります」
彼が花と雑草にたとえてくれたおかげで、わたしは状況がやっと理解出来てきた。
「それはいけないわ。わたしはどうしたって、バッドエンドを避けたいの」
「ええ、分かっています。だからこそ、今後は慎重に進んだ方がいいと思われます」
と、ヴェリシュはまっすぐにわたしを見つめた。
さっさと帰宅する気になれず、わたしは街の広場へと足を運んだ。
小さな頃から見てきた景色が、昔と大して変わりなく存在している。茶色いベンチも、大きな噴水も、石畳の敷かれた地面も、すべてがわたしの知る景色だ。
ヴェリシュの言うように、変化しているようにはちっとも思えない。
少し歩いてみてもそれは同じ。年も生まれもばらばらな子どもたちが、木の棒を握って剣の訓練に励んでいる。遊んでいるような子もいたけれど、何てことはない光景だ。
「全然分からないわ」
と、わたしはつぶやいて、ふうと息をついた。
すると、どこかで見た顔がわたしの方を振り向いた。
「あら?」
ぼさぼさの赤い髪が特徴的な、やんちゃな雰囲気の青年だ。あれは確か、勇者フィデオンではなかったかしら。
思わずわたしは立ち止まったが、彼の方から近づいてきた。
「ごきげんよう! 王子の、えーと……元婚約者の?」
と、失礼な挨拶をする彼へ、わたしはとっさに返す。
「ユヴィーニャよ!」
「ああ、そうそう。ユヴィーニャちゃん」
と、彼がにっこりと笑う。
「なっ……わたしはもう子どもじゃないわ!」
感情のままに言い返すが、フィデオンは明るい顔でけらけらと笑った。
「おう、悪い悪い。オレは剣士のフィデオンだ。前にも会ったから、覚えてるか?」
「ええ、覚えているわ。この前、聖女たちとお茶会もしてたわね」
と、わたしは不機嫌に返してから、はっとする。
「あなた、何で気安くわたしに声をかけたの?」
「何でって、何となくだけど?」
フィデオンはきょとんとした顔を見せた。わたしもきょとんとしてしまうが、冷静に考えるとおかしい。
「わたし、フロリーヌと仲が悪いのよ?」
「ああ、そうらしいな。けど、関係ねぇよ」
深く考えていない様子の彼へ、わたしは怪訝な顔をする。
「どういうこと?」
「だってお前、可愛いじゃん」
と、彼はまぶしいほどの笑顔を返してきた。こんなに素直な男性に出会ったのは初めてだ。
わたしは動揺し、思わず頬を熱くさせてしまった。
「な、なな、何を言ってるの!? 親しくない女性にそんなこと言うと、勘違いされるわよっ」
「別にいいんだぜ、勘違いしてくれても」
と、彼がふいに真面目な顔をする。ヴェリシュほどではないにしても、やはり顔立ちは整っていてかっこいい。
わたしはどう反応したらいいか分からず、どぎまぎしてしまった。
フィデオンってこんな人だったかしら? もしかして、シェイヴァやディリュースと同じで、変なことになっているのでは……?
いえ、きっとそうに違いないわ。だってわたしは悪役なのよ。聖女と違って勇者たちと恋はしない。
「わたしが、ヴェリシュと仲がいいのは知ってるかしら?」
気を取り直してフィデオンへたずねたが、彼は返した。
「ああ、知ってる。でも、まだ付き合ってはいないんだろ?」
まるで、まだ自分が入る余地があるかのような言い方だ。
「……そ、そうね」
気圧されたわたしは正直に肯定してしまい、無性に胸がもやもやする。すぐにヴェリシュの元へ行った方がいいかもしれない。
するとフィデオンが誘ってきた。
「このあと、暇か?」
はっとしてわたしは即座に返す。
「いえ、わたしはもう帰るところよ」
「そっか。じゃあ、気が向いたら言ってくれ。オレ、だいたいいつもこの辺りにいるから」
と、笑うフィデオンに、わたしは無言で背中を向けた。
急いでヴェリシュの屋敷へ戻ったが、彼はどこかへ出かけていた。フィデオンまでおかしくなっているらしいことを伝えようと思ったのに残念だ。
仕方なく帰路へ着いたわたしは、この世界に起きている
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