第12話

 部屋まで案内される途中、通りがかった居間の様子を見て、わたしはびっくりしてしまった。

「ずいぶんとたくさんの本があるのね」

 ディリュースもわたしと同じで目を丸くしていた。彼も読書が好きだからだ。

 先を歩いていたミグニットは言う。

「ああ、この家をもらった時にね。国王陛下が気を利かせて、ありとあらゆる魔法書をくれたんだよ」

 それにしてはすごい量だった。まるで図書館かと見紛うほど、壁一面に本棚が並べられ、そのすべてに本がびっしりと収められている。

「さすがは天才魔法使いですね」

 ディリュースが言うと、ミグニットは「まあね」と、誇らしげに返した。天才と言われるのが嬉しいのだろうか。

「さあ、ここが研究室だよ」

 居間を通り過ぎ、廊下の突き当たりまで行ったところにその部屋はあった。

「どうぞ」

「ありがとう」

 うながされて室内へ足を踏み入れると、ここにもたくさんの本が並んでいた。

 わたしとディリュースは少しわくわくしながら、適当なところへ立つ。

「魔法の素質があるかどうか、知りたいんだったね」

 と、ミグニットは机へ向かっていき、青い球状の魔宝石を手に戻ってきた。

「これは手にした人の魔力に反応するんだ。ほら、ボクの場合は風の魔力が強いから、緑色になってるでしょう?」

 先ほどまで青かったそれは、はっきりとした緑色を示していた。

「色の濃さが魔力の強さだよ。さあ、持ってみて」

 と、ミグニットはわたしの右の手の平にそれを置いた。手の平より少し大きいくらいのサイズで重さはほとんど感じられない。

 魔宝石はしかし、まったく色を変えなかった。

「うーん、ちっとも反応しないね。これはつまり、素質がないってことだ」

 と、ミグニットはわたしの手からそれを取り上げ、ディリュースへと渡す。

 ディリュースもまた、手の平の上に魔宝石を持ったが反応はなかった。

「君もダメだ。残念だけど、二人には魔法の素質がないようだね」

 わたしは弟と顔を見合わせ、苦笑した。

「わたしたちには、魔法は使えないんですって」

「ちょっと期待してたんだけど、残念だなぁ」

 と、ディリュースも苦笑いをした。

 しかし、わたしは初めからこうなることを知っていた。ヴェリシュからそういう設定であることを聞いていたからだ。

 そのため、わたしは表向きはがっかりしつつも、大してショックは感じていないのだった。


 裏通りにある寂れたカフェで、わたしはヴェリシュとお茶を飲んでいた。味も香りもない、水のような紅茶だったが、今はそんなことどうでもいい。

「フロリーヌの様子はどう?」

 わたしの問いに、ヴェリシュは真面目な顔をして答えた。

「あいかわらず王子と逢瀬を重ねているようですが、フィデオンのことも気にかけているみたいです」

「そう。まだどっちつかずというわけね」

「ええ。彼女も転生者ですし、このゲームはそうとうやりこんだと聞きましたから……ヒロインとして、存分に楽しもうとしているんでしょう」

 と、ヴェリシュは苦虫を噛み潰したような顔をした。

「ああ見えて、フィデオンは三番目に人気の高いキャラでしたからね」

「人気?」

「プレーヤーである女性たちからの人気です。一番は王子でした」

「へぇ、それじゃあ二番目は?」

 わたしが素朴な問いをぶつけると、彼はやや自嘲しながら言った。

「俺です」

 そんなに人気があったとは、正直に言って驚きだ。でも、美形という視点から見れば、確かにヴェリシュはトゥールといい勝負かもしれない。二人の並んだところを見て、胸がときめかない女性はいないだろう。

 そこまで考えたところで、ふと心臓の鼓動が高鳴っていることに気づく。まだ彼を恋愛対象として見ているわけじゃないのに、目を合わせづらくなって視線をそらした。

「ちなみに、四番目と五番目は誰なの?」

「たしか……四番目がシェイヴァで、五番目がミグニットだったはずです」

「なるほど。ミグニットは人気がないのね」

 唯一の年下である彼が不人気なのは、なんとなく分かる気がした。だって、ちょっと生意気だし。

 わたしがティーカップへ手を伸ばしたところでヴェリシュは言う。

「ですが、同人界隈では少し事情が違ってきまして」

「どうじん?」

「えーと……熱狂的な一部の人たち、と理解してください。その一部の人たちの中では、ダントツで俺が……いえ、俺とフィデオンが人気でした。あと、ディリュースも」

 いったいどういう意味なのか、判然としないけれどわたしは言う。

「ディリュースが好きな人もいるのね」

「ええ。彼はいわゆるヤンデレに分類されるキャラクターですから、一部の人から熱狂的に支持されているんですよ」

「ふぅん」

 口に含んだ紅茶の安っぽさに少し嫌気を覚えるが、それは別のことに起因していた。

 わたしはカップをソーサーへ戻しながらたずねた。

「ちなみに、わたしは?」

 ヴェリシュはうーんと悩みだす。

「ユヴィーニャ嬢は、うーんとですね……ディリュースとの姉弟では、それなりに人気があったように思いますが、それでもネット上に公開されている二次創作はせいぜい十くらいだったような」

「はっきり言いなさいよ」

「ですから……全然人気は無いです」

 と、悲しそうな顔でヴェリシュは告げた。

 フロリーヌにあれほど嫌われているくらいだから、そんな気はしていた。今さら傷つくことでもない、とは言いきれないけれど、今は置いておくとしよう。

「話を戻しましょう。あれから、シェイヴァと会った?」

「あ、はい。一度、彼を訪ねました。その時にユヴィーニャ嬢とフロリーヌのことを聞いてみましたが、女性同士の争いは醜いから嫌いだ、と言ってました」

 当然だ。

「シェイヴァは親類や兄たちの権力争いに嫌気がさして、こっちへ来たんですもの。そもそも争いが嫌なのよ」

「ええ、そうですね。でも、フロリーヌと話してみたいと言っていました。フロリーヌも彼のことを気にかけているでしょうから、二人が接近するのにそう時間はかからないでしょう」

 わたしはにこりと笑みを浮かべた。

「まあ、それは素晴らしいわ。彼を引きこんで正解だったわね」

 こちらの計画は順調に進んでいる。あとはフロリーヌがどう動くのか。

 ヴェリシュはひとつ息をつき、あらためてわたしを見た。

「”運命のお茶会”までは、まだあと十日ほどあります。この間にディリュースが何かしらの行動を起こすはずなので、貴女は彼をよく見ていてください」

「ええ、分かっているわ。注意して観察していくつもりだから、あなたもフロリーヌの行動をしっかり見ていてちょうだい」

「はい」

 彼のはきはきとした返事にわたしは満足する。

 ”運命のお茶会”までに想定したすべての駒がそろえば、こちらの勝率はぐんと高くなる。たとえフロリーヌに裏をかかれたとしても、こちらにだってわたしというクイーンがいる。

「あなたのおかげだわ、ヴェリシュ」

 と、わたしはその日が楽しみになって、くすりと笑った。

「え?」

 彼がきょとんとして、わたしははっきりと言う。

「あなたのおかげで、わたしの人生はとっても楽しくなったわ。王子と結婚して妃になるのも悪くなかったけれど、予定調和だけではつまらないものね」

 思ってもいなかった事態が起きてこそ、人生は楽しめるというものだ。それをわたしは、この数週間の間に身をもって感じていた。

 すると、ヴェリシュが言う。

「あの、もう一度言ってくれませんか?」

「え、何でよ?」

 意味が分からなくて引いたわたしへ、彼は熱っぽいまなざしを送りながら言った。

「貴女がそんな風に、優しい声を出すことがめずらしいものですから」

「……」

 やっぱりヴェリシュは変人だ。どうしたって、わたしの声が好きらしい。

「嫌よ」

 と、わたしは呆れて不機嫌な声を返した。

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