【完結】悪役令嬢、バッドエンド回避のため転生勇者と共謀します!

晴坂しずか

第1章

第1話

  勇者と聖女たちの活躍により、世界に平和が訪れた。大国ニアエヴァーは彼らを称えるべく、国をあげて歓迎し、王城での盛大なパーティーを開催した。

 わたしことユヴィーニャ・ナオロレフは、王子であらせられるトゥール殿下の婚約者としてパーティーへ出席したのだが――その人は、わたしの顔を見つめて言った。

「俺と結婚していただけませんか?」

 周囲がどよめき、わたしは呆然としてしまう。

 わたしたちの前に立つのは勇者の一人、弓使いのヴェリシュだった。すらりと背が高くてスマートな雰囲気、襟足が長めの金髪に整った顔立ち。

 見た目だけなら悪くはないが、あまりに言動がおかしい。

 わたしはかろうじて冷静に返した。

「あの、相手を間違えていませんかしら?」

「いえ、これでいいんです。俺はあなたと結婚したいのです、ユヴィーニャ様」

 と、真面目な顔で告げる彼へ、とうとうトゥール殿下が口を出す。

「ユヴィーニャは私の婚約者だと知っての愚行か?」

 怒りを抑えたような表情で言う王子へ、ヴェリシュはふっと不敵に微笑んだ。

「落ち着いてください、殿下。何も、あなたを怒らせたくて言ったわけではありません」

「では、いったいどういうつもりだ?」

 問いかけるトゥール殿下に、ヴェリシュは飄々ひょうひょうとした態度を崩さずに言った。

「あなたはいずれ、彼女を裏切るでしょう?」

「何を言っている?」

 殿下が眉間にしわを寄せ、わたしはとっさに彼の腕をつかんだ。

「殿下、お気になさらない方がいいですわ。わたしも、今のは聞かなかったことにいたしますっ」

 と、ヴェリシュをにらむ。

「……まあ、いいでしょう。それでは、いずれまたどこかで」

 弓使いはそう言って軽く礼をすると、わたしたちの前から立ち去った。

 トゥール殿下が機嫌をそこねた様子で言う。

「まったく不愉快な男だ」

「ええ、本当に」

 わたしはそう返しながら、人込みの中へまぎれていく金髪を複雑な気持ちで見送った。


 昨夜のパーティーの疲れから、ようやく解放されたような気がした翌日の午後。

 自室でのんびりと紅茶を飲んでいたわたしの元へ、執事のレイールが花束を持ってきた。

「ユヴィーニャお嬢様へ贈り物が届いております」

 と、差し出されたのは真っ赤な薔薇ばらで、何本あるか数えきれない。

「まあ、誰からかしら?」

 その美しさに胸がときめいて、わたしは花束を両手に受け取った。上品ないい香りがする。こんな素敵なことをしてくれるのは一人しかいないわ。

 と、思ったところで一枚のカードが添えられていることに気がついた。

 花束を膝の上へ置き、カードを取り上げて差出人の名前を読む。

「ヴェリシュ――!?」

 ドキッとして、わたしはすぐにカードと花束を床へ放り捨てた。

「いらないわっ」

「お嬢様?」

 怪訝けげんそうにするレイールから視線をそらし、わたしは苦々しく言った。

「昨日のパーティーで失礼なことをしてきた人よ。顔も思い出したくないわ」

 そしてわたしはふうと息をつく。

 執事は困った様子を見せたあとで、そっとカードと花束を取りあげた。

「でしたら、こちらで処分しておきます」

「ええ、そうしてちょうだい」

 すぐにレイールが部屋から出ていき、わたしはソファの背もたれへ寄りかかった。

 まったく、いったい何なのだろう? わたしには婚約者がいて、結婚する相手は彼しかいないのに。しかも、ヴェリシュとは昨日が初対面だ。まさか、一目惚れでもしたというのだろうか?

「……でも嫌よ。わたしは殿下の婚約者なんだから」

 小さな声でつぶやいて、頭の中からヴェリシュの姿をかき消した。


 勇者たちにはそれぞれ、王家から一生暮らせるほどのお金と邸宅が贈られていた。全員がその邸宅に住んでいるかどうかは知らないけれど、少なくとも聖女はこの地に留まることを選んだようだ。

「聖女様のお話、とっても興味深かったよ」

 と、双子の弟のディリュースは居間のソファへ腰をおろした。

「さすがはこの世界を救ったお方だ。もう聖女どころか、女神様と呼んでもさしつかえないんじゃないかな?」

「何言ってるのよ。それはさすがに大げさだわ」

 と、わたしは呆れて言葉を返す。

 ディリュースはすると、わたしの方へ顔を向けてから言った。

「姉様も彼女の話を聞きに行ってごらん。本当に立派で、とうといお方だと分かるはずだよ」

 どうやらディリュースは聖女をすっかり気に入ったらしい。わたしと同じ青い瞳が、らんらんと輝いている。

「話なら昨日したわ。ちょっとだけだったけど」

「それなら、分かるだろう? 本当にフロリーヌ様は素晴らしい方だ」

 まったく単純な弟だ。たしかに彼女は誰からも好かれる雰囲気を持っているし、見た目も可愛らしかった。中でも、エメラルドのような瞳が強く印象に残っている。

「でも、もう聖女としての仕事は終えたでしょう? これからは一人の女として、幸せになっていきたいと言ってたわよ」

「でも、彼女を慕う人々がいる限り、彼女はずっと聖女だよ」

「そうかしら? わたしにはちょっと、よく分からないわ」

 別に、ちやほやされている彼女がうらやましいとは思わない。勝手にしたらいいと思うし、特別に親密な仲になりたいとも思わない。

「姉様は冷たいな。同じ女性として嫉妬しているの?」

「違うわ。しいて言うなら、ちょっと裏がありそうだなと思うだけよ」

「裏? そんなまさか」

 と、ディリュースは信じていない様子で、けらけらと笑う。

 わたしは何を言っても無駄だと早々にあきらめ、話を変えた。

「ところで、もう期限が迫ってるわよ? 結婚相手は見つかったの?」

 弟ははっとしたあと、すぐに苦笑いを浮かべた。

「えぇーと、それがまだ……」

「お父様との約束でしょう? 自分で相手を見つけるから、お見合いはしないって」

 と、わたしは呆れた顔をした。

 さかのぼることおよそ一年前。ディリュースは親の決めた相手と結婚したくないと言って、お父様と大喧嘩し、自分で相手を見つけると言いきった。もっとも、次男であるディリュースがどうしようと勝手なのだが、お父様としては知り合いの貴族の家へ婿入りさせたかったようだ。

 ディリュースはごまかすように笑ってみせた。

「うーん、そうなんだけどさ……やっぱり、僕には難しかったかな」

 まったくうんざりしてしまう。自分から言い出しておいて、結局相手を見つけられないとは。一年も待たせておいて、結局お見合いをすることになったら、お父様とまた喧嘩になりかねない。

「まあ、あと三ヶ月あるし、あきらめずに探したら?」

「うん、そうだね」

 ディリュースがはあとため息をつき、わたしは口を閉じて考える。

 十八歳の誕生日が来たら、わたしは婚約者と晴れて結婚する予定だ。その日のために花嫁修業もしてきたし、わたしは順調に幸福へと歩んでいる。トゥール殿下の妻として、次期王妃として、わたしは大勢の国民から祝福されるのだ。

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