第16話 彼の深海
太陽の行き渡らない深海1000………2000m。
俺は更に深く深く沈んでいく。
光のない真っ暗な世界。
息のすることのできない世界。
肉体的、精神的に衰弱し、時が過ぎていくごとに抜け殻になっていくのを感じる。
彼女の気持ちをわかったような気がした。
彼女は今もこんな感じ…………。
もっと重症でだろうか………。
悪いことをしてしまった……。
死刑になってもいいぐらいの罰を味わいたい……。
それぐらい悪いことをしてしまった……。
深海の奥底に着いた。
深海て、こんなにも冷たいんだな………。
そのときだった。
鴇蔭の前に彼女の笑顔が全身へと走った。
「ひ、ひかり………だ」
俺の唯一の希望………。
それは…。
倦怠感は薄れていき、力の入らない身体に気力を注いでいく。
彼女との思い出がフラッシュバックしていく。
それらはほんの少しの出来事であっても、本当の自分じゃなくても、一生で一度きりの今までで一番幸せな一時。
疲れ切った身体は徐々に力を取り戻していく。
それでも未だ俺たちは真反対だった。
『少しも足掻こうとしたわけでもない。ただ沈んでいっただけなのに、今更なぜ、彼女とのことを思い出す?』
『お…俺は彼女の笑顔を!見ていたいからだ!』
『ふ、威厳してどうした?浅ましい気持ちで、自分の人生を台無しする気か?』
『それでも!俺は彼女の笑顔を見ていたいんだ!!』
『ほう……。おまえも結果なんて見えているだろ?彼女はもう、おまえに着くなんてない。今さっき、一緒に見ただろ?あの表情をしたってことは、俺らは彼女に呆れられたんだよ』
『そう……かもしれない…。だけど!やらなきゃわからないことだってあるだろ!!』
『ははは。笑えてくるな。あの出来事以来、俺たちは自分のためだけに行動して生きてきただろ?今更、あんなやつ一人のために自分の人生を棒に振る気か?』
『ああ、棒に振るっても、だ。例え、父さんの後継になれなくても………人生のレールから落ちても…………俺は彼女の笑顔が見たいんだ』
『そうか………なら見届けてやるよ』
『本当……か?』
『ああ、何を言ったてつくりものの俺なんか主導権なんてないからな』
『ああ、ありがとう。そこで見ていて』
もう一人の俺が鼻で笑うと、彼はどこかへ歩いて行った。
好奇心で桜を見ていたあの日に、いやもっと前か。
もしその日に戻れるなら、俺は彼女に…茉耶奈に!!
『好きだ!』
と伝えたい。
注ぎ切った燃料を根源とし、冷たい深海から足掻いて地上へと目指す。
そのとき、遠くから馴染みある音色が深海に響いた。
深海の奥底で足掻いている俺に、地上からの音が聞こえてきたことに吃驚し、徐々に立ち上がっていた身体のバランスを崩して深海へと再び沈む。
俺は底に張り付きながら四つん這いで玄関へと向かう。
地道に進んでいると、もう一度音色が響き、いろんなものに振動していくのを感じた。
応答しないものだから、とうとう音を挙げたのか、振動は止んでいく。
胸をなでおろすと、ドアを蹴り破ったかのような音し、反転しかけた。
最近よくニュースになっている闇◯イトかと思った。
「なにしてるんですか?麻野先生」
職務を終えたあとなのか、彼女はいつも学校で着ている艶がかったスーツ姿であった。
「
何してるだと首を傾げている麻野先生。
実際にはこっちが何をしているだだけどな。
もしかしたら、ゴールデンウィーク前の図書館で起こした件について、何か言いに来たのだろうか?
なぜ彼女がここに来たのか不明なため、様子を見る。
落ち着いていない口元に、冷や汗をかいている。
何かに怒っているよりかは、臆しているといった方があっている。
「はい。それより、公務員がこんなことをしていいと思っているのですか?」
「その件に関しては、しばらく目を瞑ってくれ」
彼女は腕を組んで視線を逸らした。
「いやいや。普通に不法侵入ですし……」
鴇蔭が寝そべっていることを上手く使おうと、理彼女はわざとらしく近づいてきた。
鴇蔭はため息を吐く。
「ああ……そうか?じゃあそちらは、迷惑行為防止条例違反だな」
弱者を狩る獰猛なライオンの目をしている。
でもやっていることは卑劣なことであり、スカートの中が見えそうだ。
「行為的なものではありませんが、こちらに勝ち目などないでしょうね」
鴇蔭は中身が見える前に目を閉じ、地面に顔を伏せる。
このことバレたら、茉耶奈になんて言われるかわからないし……。
「それで不法侵入してまで来るものですから、何の用ですか?こちらは急ぎの要があるので、手短にお願いします」
鴇蔭は額のしわを寄せながら、更にニコッと笑みを増す。
「…っ!?」
麻野先生は一歩後ろに引くが、強者の余裕を持った目つきは未だにそのままであり、耳を赤く染めて冷や汗を流している。
何かを言いに来たように見るけど、様子を伺っているのかそれとも、恥ずかしくているのかわからない。
このままだと平行線を進んでいきそう気配がするため、強気で追い詰めていくことを諦めて俺は数歩引いてみる。
「わかりました。自分の降参です。好きなようにしてください」
鴇蔭は両手を頭より高くに上げ、白旗を揚げた。
「ふふふ。私の恐ろしさに怖気ついたか?」
なんか面倒くさいムーブになりそうだ……。
「まあいいだろう。今回は勝ちをもらっておいてやろう」
それは負けた人の言葉です。
白い目で見る俺は何でもいいから、要件をさっさと言ってくれと思った。
「では遠藤。君は茉耶奈の母親にドッキリを仕掛けられている」
呼び捨てかよと呆れていると、彼女は耳にしなければならなそう話を出してきた。
「その話を詳しく聞かせてください!!」
全身の疲れが飛んでいき、安全防止柵から身を乗り出すかような勢いで犬のように話に喰らいつく。
飛び出してくる鴇蔭に驚き、頭と頭の衝突を避けるべく、麻野先生は後ろに下がった。
「わかったわかったから、一度落ち着いてくれ」
麻野先生はぐいぐいと押し寄せてくる鴇蔭を迷惑に相手をするように両手で押さえ込む。
鴇蔭は彩奈の情報が出たことで感情的になってしまったと反省し、乗り出した身を引っ込み、その場で正座した。
「すみませんでした。それで麻野先生、その話を聞かせてください」
彼女も前で座り込み、彩奈による俺へのドッキリについてを語り始めた。
「ではゆこう」
///
「これで話は終わりだ。何か他に聞きたいこ…」
やってやったぞとドヤ顔で腰を上げる麻野先生をガン無視し、俺は靴を手にして玄関を飛び出す。
今度こそ扉を破壊しそうなくらいの音がし、空腹な肉食獣が数ヶ月ぶりの獲物を見つけたかのように疾走する。
風を切るほどの翼を授かったかと思えるほど、自分の足が速く感じる。
さっきまで象の体重並みに重かった身体が今では、風船のように軽い。
不思議に感じることが多いのは、きっと自分が興奮しているからだろう。
そんなことはどうでもいい!早く!早く!茉耶奈のところへ!
どこまでも続く闇を切り裂いていく何者かになったような気分がした。
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