第14話 疲労

私の全てを彼に託す。

そのためには彼自身に大きな壁をぶつけなければならない。


あいつには申し訳ないが、これは必要事項なのだ。

もし彼が、道半ばで壊れてしまったとしても、私は止めることは決してない。


私は娘のために、全ての駒を使って彼を壊しにいく覚悟で戦う。


///


あれから数日が経ち、全学生が歓喜して待ち望んでいるゴールデンウィークに入っている。


鴇蔭は特に遊ぶ予定というものはなく、毎年恒例の部活三昧という日々に追われることになっていたはずだった。


なぜなら、鬼顧問として有名な清水先生が体調を崩されたため、部活動は一時的にやりたい人だけがまじめにやる自主練状態に少し前からなっている。


だが、ほとんどの人は遊びながら、サッカーしているのが、現状ではあるが……。


鬼顧問であり、新人教師の清水先生は歳上の人に頼ることを苦手としているので、副顧問などはつけず、本当に生徒の自主性を信じて、そうしたのだろう……。


そして、鬼顧問の復帰後には、俺たちを含めて、たくさんの犠牲者は出ると予想されている。


俺たちはこれを利用しようと話し合い、1年間で1回しかし訪れないゴールデンウィークを使い切ってでも、赤点候補で有名な玖縫のカバーに力を注ぐことにした。


そして、現在は菅原家に向かっている。

雑談もしながら、なんの変哲もない住宅街を歩いて、男たち4人は彼の家へとやっと着く。


最寄り駅から25分は流石に遠いなと思いながらも、毎日家から学校までを登校している菅原に称賛を浴びせる。


一般的な、とでも思うが、ここら辺一体では唯一の木造建築で、2階建て。

誰にもできると思いたいが、前方ではしゃいでいる親友たちは、一向にチャイムを押さない。いや忘れている……。


しょうがないなと思っていると思いたいが、シワを寄せている菅原で力強くチャイムを鳴らすと、菅原の母が鴇蔭たちを出迎えてくれた。


「いっらしゃい。ゴールデンウィーク期間はここで頑張って"勉強"してってね」


「はい!お邪魔します!!」


彼女の目の下は青みかかった線が入っており、今から登山でもするリュックを背負っているような、疲れているオーラが身体から出ていた。


初めてなためか、遠慮しない玖縫は晴天の日にピクニックに行く子供で、うっきうきに靴を脱ぎ捨て、それを菅原がきちんと並べ直す。


全員が菅原の家に入ると、菅原が玖縫を捕まえに行った。


それに作り笑いする鴇蔭はバレない程度に未開の地を観察する。


主に和風を意識した内装となっており、障子や畳といったものが多く使われている。

部屋の所々に生花が飾れており、その花はどれも"儚さ"を感じ取れてしまった。


家内からは鼻にツンッとくるヒノキの匂いがする。

これから、草薙がダウンしては、気を引き締めてを繰り返す無限ループを考えれば、数百年前の旅路の疲れに癒やしをくれる環境を提供してくれた菅原に、鴇蔭は心の中で感謝をする。


何よりも、貴重な家族と過ごせるゴールデンウィーク期間、この場所を提供してくれた菅原の家族には、感謝仕切れないほどの誠意と共に、顎が外れ意識が飛んでいきそう。


鴇蔭と高牧は、これまで菅原が家を提供したことがなかったため、天地がひっくり返ったかのようにも思えてしまった。


初めて挨拶にしたときは、鋭い眼光が鴇蔭の奥底へと張り込むまでのもので、出迎えてくれたために、インパクトはこの鴇蔭でさえもすぐには忘れられない。


でも今日はその眼光を突き刺してくることもなく、ただ単に疲れていそうな感じと影響があらわれていた。


あの時の汚物を見下しているような敵意はなんだったのかと、疑問に思えてくるところはあるのだが、こんなことを考え込んでいては、時間が持ったいない。


すでに空いていたドアを潜ると、床に埋められたかようにダウンしている玖縫と何事もなかったかように正座して準備万端の菅原がいた。


鴇蔭は無理に笑いながら腰を下ろし、各所の皮がボロけているリュックから、筆箱と参考書を取り出す。


続く高牧は日常茶飯事なことだと、理解しているので、すぐにテスト勉強に育む。


それから少し時は進むと、場所提供者の菅原は玖縫にマンマークしながら、自分も勉強も同時進行をし、彼が間違えたところがあれば一つ一つ丁寧に解説していき、当っていれば特に何も言わない体勢を取っている。


よくこれで長続きできるなと思うところはあるのだが、あまり人と関わってこなかった彼なりの最善なのだろう。


それで、玖縫も玖縫で全然勉強して来なかった割には根を上げていないため、今年の体育祭に掛ける思いがいかに重いのかを心から実感する。


昨年はほとんどの教科が赤点であり、進級が絶望的であったため、ほとんどの行事に参加できずにいた。


そのためか、今年こそは挽回したい!!と勉強熱心だな、余裕を持って進級したいんだな、と思いたいが、本心はただ単に体育祭に出たいという熱い思いがあるからだろう。


それでも頑張ってくれるなら、俺たちからすれば何よりだ。


そして、玖縫の熱い思いが菅原の両親に伝わったのか、菅原が他人に対して思う気持ちが根生えたのか、おそらく後者ではあると思うが、こうして今がある。


改めて最終日には、みんなで菅原の両親にはちゃんと感謝しなければならないな。


鴇蔭は担当兼数学の先生から勧められていた参考書を本屋で買ってきていたので、その問題を解きながら、頭の中のフラットな土地に言葉を広げていく。


Golden Week study session to improve academic ability.

訳して「ゴールデンウィーク学力底上げ勉強会」は草薙が考え抜いたこの勉強会の名前であり、彼以外はもっと良い名前があるだろと思っている。


なのだが、これは草薙がメインの勉強会であるし、追々を考えれば、彼の向上心を上げていくためには、彼自身が納得をする名前にしておいた方がこっちとしても気が楽なため、その名前へとなった。


あとは名前に対して、そんなにこだわりを持っていない鴇蔭たちなため、すぐに決まった名前なのだろう。


それで、もう一度言うが、今回のメインは草薙だ。

彼の集中力が途切れそうになっておれば、俺たちは何かしらでカバーしなければならない。


だから、俺たちは常に彼の向上心に繋がるものを考えながら、自分の勉強にも集中している。


高牧は何か向上心に繋がる話はないかと。


俺は何か向上心に繋がる環境作りはないかと。


菅原は自分の学力を保ちながらなため、そんなには考えていないが、多少は考えてはくれている……だろう。


2時間たった今、草薙の集中力は途切れていなく、貸し切りの遊園地にいるかのような沈黙の中、彼は熱心にシャーペンを動し、恐ろしい集中力を保てている。


そのため、向上心へ繋がる何かを手札として取っておくべきと、全員が思っている。


(あと数十分は持つな)


一切緩むことのない草薙の手に感激しながら、俺はどんよりとした気持ちが心に残り、清々しく、そして清新にも近い暖かい風は温もりを持たない。


それは家にお留守番させている茉耶奈の存在。


親に責められると、自分の意見を言えなくなり、ただ従うだけの、彼女を家に一人にさせておくことに、なぜかほんの少し抵抗を感じてしまう。


夫(仮)として、不満だから?


彼女が何かしてきそうで怖いから?


本当はそんなこと、思ってもいないはずなのに、なぜそう思えてしまうのだろう。


その時、背中に何か触れられた感触がし、鴇蔭は大好きだった祖父母の言葉を思い出した。


頭に空襲警報が走った。

取り返しのつかないことが起きる、と。


でも所詮はかんに過ぎない。

彼女の母を泳がせておいた方が良いとも思っている。


後々のことを考えれば、泳がせた方が良いと判断し、草薙たちとの勉強会を優先した。

その結果、俺はフラットな土地の建設を中断して、手をすらすら動かしていった。


///


「ゴールデンウィーク期間、本当にありがとうございました!!」


部活動の公式試合で、最後によくやる応援してくださった方への感謝する玖縫に、俺たちはたった2人だぞ、と思いながらも本心はちゃんと菅原の親に、誠意を込めて感謝している。


「全然いいですよ。やっとこの子がお友達を"呼びたい"と熱心で言うほどですから。こちらとしてはなんと"感謝"していいのか……」 


菅原の母親は隣にいる菅原の頭に手のひらを載せて、顎をさすった。


「母さん……もういいから。"鴇蔭"たちを帰らしてやってくれないか……?」


街の厄介者でも見えている目で、ため息を付き、母親に対して、早く終わらせるように話す。


その言い方は何かを隠しているようにも、聞こえた。


鴇蔭は菅原も早くこの教師という地獄の日々から解放されたいのだろうと思った。


「あら?そう?じゃあまた今度、"御礼"するからね」


母親はそれだけを告げて、菅原が家の中へと押し込んでいった。


「そーいやさ。俺ずーーと、菅原の両親に怖いという印象しか持っていなかったんだけどさ。なんか優しそうじゃね?」


「確かに優しそうには見えたけど、僕には少し恐ろしい印象もあったかな」


鴇蔭は頷きながら、彼らの会話に入る隙を失ったので見守ることにする。


そして、好印象ではなかった高牧の反応に、玖縫はなんでなんで、と好奇心旺盛な子供みたいに聞いてくる。


「だってさ。所々で菅原の母さんは作り笑いを入れていたんだよ?流石にちょっと怪しくない?」


高牧の予想外の返答に玖縫は目を見開き、更には鴇蔭をも記憶を探り始めた。


「あー……ちょっとした勘違いだよぉ!きっとね!」


彼は他の視野に気づいていなかった、と人前では言えないことをしてしまった、と不審点に埋もれた。


「勘違い………か」


誰にも聞こえない小声で呟いた玖縫は、使い切った勉強道具が入っている鞄で高牧の背中を軽く叩き、もうなんだよ、と気まずい雰囲気を消し去ってくれた。


そこから、話題は変わっていき、勉強会中に起きたハプニングとか菅原が勉強のし過ぎによる寝不足で居眠りした話とかで盛り上がっていき、気が付けばもう最寄り駅の寸前だった。


鴇蔭はこの間、話に耳を傾けながら、最後の菅原たちのことを思い返していた。


多くの人は母親とのじゃれあいをしているように見えただろう。


しかし、所々で違和感のある発言の一部や菅原のオブラートな口調に、俺にはそう見えなかった。 


そして、最後の話題となったのはゴールデンウィークのほとんどを勉強に費やしたことについての感想だった。


また気がつけば、自分の家の最寄り駅に着いており、いつの間にか玖縫たちとも別れていた。


(脳を使うことに対して疲れてきたな………)


オーバー状態に近い鴇蔭は足に付き纏う黒い霞を振り払い、足を進める。


5日間、前期体育祭に全てを注ぎ、猛勉強した草薙よりかは体力が残っているはものの、帰る気力は残っているはそんなに残っていないな。


弱音を吐いている場合ではないなと、もぬけの殻にあっつあつのスープを注いで、自分を追い込む地獄のランニングで楽園を目指した。


///


夕空はやがて宵闇へと成り果て。

蒸し暑さは変わらず。


毎日見ている家にこんなにどんよりとした雰囲気を感じたことはない。


まるで誰も住まなくなってから、数年が経った手入れの行き届いていない廃墟ような。

何かそこで違法薬物の取引が行われていたかのような雰囲気が疲れてもいるせいか俺の感覚全てを凍らせた。


初めての感覚もあってか、少々汗を流す俺は、玄関から出てきた女性に、身体を急激に冷やしてしまった。

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