かけひき in 図書館

「おはよう、西山さん」

 図書館の扉を開けると、いつもと変わらず、さわやかに挨拶をしてくる、彼がいた。


 私の疑問を解決し、好奇心を満たしてくれる場所。それが図書館。

 私の目標は、高校を卒業するまでに、図書館の本を制覇することだ。

 朝一番に、昨日借りた本を返して、次の本を借りる。

 昼休みは、朝借りた本を、図書館の、静かな空間で、もくもくと読み進める。

 放課後は、家に帰ってから読む本を、借りる。

 これが、私の1日のルーティンだ。最低でも、1日で最低5冊は本を読む。

 これを、高校に入学してから、ずっと、続けてきた、2年間も。

 今年が3年目。最後の年だ。ペースはとても順調。なにせ、蔵書の3分の2は、読み進めたのだから。


 こんなに図書館に通っているのは、この学校で私だけ…では無かった。

 2年生になった時の、始業式の日。私はいつも通り、学校に来てすぐ、図書館に向かった。

 いつも通り、一番乗りだと思っていたけど、違った。いたのだ、先客が。

 彼は、いつもテストで学年2位の伊東くんだった。ちなみに、1位は私。1年生の時に、彼が図書館に通っていたところを、見たことが無かったんだけど、どういう風の吹き回しだろう。

 彼はそれから1年間、私と同じように、図書館に通い詰めていた。

 本を読んでいる間は、お互い黙々と読み続ける。

 交わす言葉は、おはよう、こんにちは、さようなら。特に会話することない。

 それだけなのに、この1年間で、彼の人となりが、分かってきた。彼の読む本には少し偏りがあった。ミステリーが一番好きで、次に読んでいるのが時代小説だった。そういえば学年一番の私でも、彼に勝てない科目があった。それは歴史だった。彼が、時代小説が好きな理由がなんとなくわかる。


 「おはよう、伊東くん。相変わらず早いね」

 「そっくりそのままお返しするよ」

 伊東くんは、結構ノリがいい。

 いつもは挨拶を交わして、すぐにお互いの世界に入るのだけど、なぜか、今日は会話をする気分になった。

 「伊東くんは、なんでこんなこと始めたの?1年生の頃は、やってなかったでしょ、こんなこと。私はただ図書館が好きだから、やってるだけなんだけど」

 「ん~、西山さんが、やってたから?学年で1位になるには、図書館に通い詰める必要があるのかな、なんてね」

 「え!?何言ってんの!?そんなんで、1位は譲らないよ!」

 「冗談だよ、さぁ、本読も」

 伊東くんは、それだけ言って、本を読み始めた。

 私はというと、顔の熱さが、おさまらなかった。全然本に集中できなかった。

 脳裏から離れなかった、彼のことばが。


 本当に冗談なのかな、もしかして、私、嬉しいの?

 どうしよう、ドキドキが、おさまらない!これから授業が始まるのに!1日中、こんな気持ちで、過ごすの?

 キーン、コーン、カーン、コーン。

 本に一切集中できなまま、過ぎ去っていった。朝の読書の時間が。

 「じゃあ、また後でね、西山さん」

 「う、うん。また後で」

 挙動不審になっていなかっただろうか。いつも通りに反応できていただろうか。彼のことが、頭から離れない。


 昼休みも、昼食を早々にとって、図書館に向かった。

 図書館に向かう廊下を歩いている最中、図書館に近づくたびに、心臓が高鳴ってきた。

 「なんだか、ドキドキする。伊東くんが変なことを言うからだ」

 図書館に向かう最中も、伊東くんのことを考えてばかりだ。

 「きっとからかってるだけなんだ、どうせ伊東くんは。そうだそうだ」

 図書館に入ると、伊東くんはまだ来ていなかった。ほっと一息ついていると、ガチャっと扉の開く音がした。本棚の陰から顔を少し出して、おそるおそる扉の方を見るが、伊東くんではなかった。

 朝に選んだ本の続きを読んでいたが、伊東くんがいつ来るか、気になってなかなか集中できなかった。

 「あれっ、伊東くん来ないなぁ。もしかして…」

 私は、朝の読書を終えた後の、伊東くんの様子を思い出した。

 「そういえば、伊東くん、図書館から教室まで早歩きだったような…それに、目を合わせてくれなかった」

 もしかして、伊東くんも私と同じく、ドキドキしてたのかなぁ。

 そんなことを考えていると、昼休みはあっという間に過ぎ去った。


 放課後。図書館の扉の前で、すこし立ち止まる。いつもは立ち止まることなく、さっと、図書館に入るのだが、今日は心の準備が、必要だった。

 深呼吸をして、一旦落ち着く。ぎゅっと、握りこぶしを作って、気合を入れる。

 「よしっ!」

 「何がよし、なの?早く入らないの?」

 伊東くんがひょっこり、横から現れる。あーびっくりした!人の気も知らないで!

 「今入るところだったんだよ!伊東くん、お疲れ様」

 「お疲れ様、西山さん」


 伊東くんの後ろに従って、図書館に入る。

 伊東くんは、本棚に向かって、本を探し始める。いたって普通に。本当にいつもと変わらず。

 私は、1日中、伊東くんのことが、頭から離れなかったのに。

 「ねぇ、朝のことだけど、本当に冗談なの?」

 「朝のこと?」

 「私がやってたから、図書館に通い始めたって!ほ、ほんとに冗談なの?」

 「冗談じゃなかったら、嬉しいの?西山さんは」

 「えっ!?いやっ、嬉しいかどうかなんて、わからない。けど・・・」

 「けど?」

 「けど、あんなに伊東くんのことを考えたのは、初めて。今日ずっと、ドキドキしっぱなしだったんだから!それに、昼休みはどうしたの?図書館に来なかったよね」

 言い切って、伊東くんの方を見ると、伊東くんは頬を、少し、染めていた。

 「あれ、伊東くん、照れてるの?やっぱり昼休みに来なかったのは、私のことを意識してたんだぁ」

 「いや、そんな素直に、言い切られるとは、思ってなくて。昼休みは、えっと、宿題を忘れてたんだよ、そう、宿題」

 「ふーん、ほんとかな。学年2位の伊東くんが?信じられないなぁ。やっぱり、冗談じゃなかったんじゃないの?」

 「とりあえず、本読もうよ!」

 「あれ、ごまかしてるの?まあいいけど。好きな人と、一緒な空間に入れれるだけでも、楽しいもんね」

 私は、さらっと好きって言ってみた。心臓ばくばくだけど、悟られなかっただろうか。心臓の音がドクンドクンと、いつもより大きく聞こえる。

 すると、バサッと音がした。伊東くんが、両手を空にして、こちらを向いていた。

 私は、本を読み始め、横目で伊東くんの反応を見ていた。伊東くんは頬を赤らめて、プルプルしていた。

 私はドキドキしながらも、伊東くんの反応を楽しんでいた。

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