第13話 美少女の悩みは剛毛

 林道ひびきの朝は少しだけ早い。


 起床時間より早めに設定したアラームで目覚め、少しばかりベッドの中でグダグダした後、ばっと眠気を振り切って起き上がる。


 先に家族で朝食をとったあとにシャワーを浴び、弘世のお陰で美しくなった体を鏡越しに見てうっとりとする。


 髪をドライヤーで乾かしたあとは、良い匂いのするボディクリームを塗り、以前より薄くなったメイクはほんの数分で完了。ヘアオイルで髪を整えると、最後に着替えた制服姿を姿見で確認し、準備完了だ。


「うーん。今日も私カワイイ! 弘世にも可愛いって言ってもらおーっ」


 言葉尻にも出ているように、彼氏彼女になってからのひびきは、よりワガママになっていた。

 ひびきは自分の性格をよくわかっている。だから相手が嫌なことはしない。でも、弘世が自分のワガママを喜んでくれているので、遠慮はしていない。


 ひびきは振り回すのが好きなタイプで、弘世は振り回されるのが好きなタイプだった。まあ、相性はぴったりなわけだ。


「行ってきまーす!」


 元気よく家を出たひびき。


 そうして学校へと登校した後は、真っ直ぐに自分のクラスへと向かう。


「ひろ——っとと……危ない危ない」


 教室に入るなり、窓際の席に見えたのは大好きな彼。

 最近会う度に好きになっていっている彼――高梨弘世が見え、つい教室で名前を呼ぼうとしてしまった。しかし今現在、二人は関わり合いがないものとして、クラスでは認知されている。


「う〜〜〜〜言いたいよぉ……」

「どしたん? つやつやの肌がしわしわになるよ?」

「目が怖いぞ〜」


 話しかけてくれたのは、ひびきと仲の良い元矢陽鞠もとやひまり井原海莉いはらうみりだ。


「えっと……何でもない。大丈夫!」

「ほお……今日こそはひびきが気になってる彼のこと聞かせてもらうかんな!」

「もしくは、既に付き合ってる彼……かな?」

「ちょっと教室でやめてよぉ……皆に聞かれちゃうじゃん」


 えいえいとひびきを指でつつきながら、二人は面白がる。

 ひびきは仲の良いこの二人にも弘世のことはまだ伝えきれていない。でも、そろそろ我慢の限界に来ていた。


「ちょっとトイレ行く〜」

「逃げた」

「逃げたね」

「逃げてないっ!」


 実際は逃げたのだが、トイレに行きたかったことも本当だ。


 教室の外に出ると、「もう、あの二人ったら」とため息をついた。


(恋人関係になっても、周りに知られるのは隠しておきたいのかな……)


 以前は中途半端な関係だった。しかし今は自信を持って彼氏彼女だと言える関係になった。なら……仲の良い二人にだって——。


「とりあえず弘世に相談してみるかぁ〜」


 と、目を伏せながらトボトボとトイレに向かおうとした時だった。


「ん……?」


 ひびきの目の前を姿勢良く颯爽と横切った女子生徒がいた。

 腰まで伸びた長い青髪にシンプルな髪留め。高身長ですらっとしたモデル体型に加え、物腰も柔らかく歩くだけで人を惹きつけてしまう圧倒的なオーラ。


氷堂霧乃ひょうどうきりの…………」


 彼女は学年でもトップの美貌を誇る美少女して全校生徒に有名だ。

 入学当初から男子の先輩たちに目をつけられ、様々な部活動に誘われたものの、それを全て断った。さらに言えば、あらゆるイケメンが告白をしてきたが、ことごとく全員が振られていた。


 弘世のスキルで綺麗になったひびきでも、美貌では絶対に勝てないと思っている人物がこの氷堂霧乃だ。——胸以外は、だが。


「ん……私に何かご用でしょうか?」

「あっ」


 つい口に出してしまったからか、霧乃がそれを聞いてしまい、近づいてきてしまった。


「あ、ええと……ごめん。氷堂さんが、綺麗だったからつい見惚れちゃったんだ。あはは……」

「えっ……私のことを、ですか? ……ありがとうございます。同級生の女子にそのように言われたことはあまりないもので」

「なにそれ! 氷堂さんめっちゃ綺麗じゃん! 羨ましいよ!」


 少し含みのある言い方に、ひびきは明るく返す。

 この一言で、ひびきは女子にあまり良い扱いを受けていないのだと感じとってしまった。


 圧倒的な美少女。それは、あまりにも男子を惹きつけてしまう。

 もしかすると、とある男子を好きな女子が『私の彼を取られた』なんて言ったパターンもあるのかもしれない。


「ありがとう……ええと……」

「ひびき、林道ひびき!」

「林道さん……あなたこそ、とてもお綺麗です……何か、私と違った綺麗さを持っているというか……特に肌……赤ちゃんのようにすべすべですよね」

「えっ、わかるの!? 嬉しいなー、氷堂さんに褒められちゃった!」

「ふふ……面白い人ですね」


 霧乃が優しく微笑むと、その笑顔だけでひびきは「可愛すぎるっ」と思い、癒やされた。


「面白い? それも褒め言葉! 私喜んじゃう!」

「ふふふ……林道さんのような人になら、私も……」


 ——キーンコーンカーンコーン。


 霧乃が何か言いかけたその時だった。

 ホームルーム開始前の予鈴が鳴ってしまったのだ。


「氷堂さんごめん! トイレ行かなくちゃ!」

「大丈夫です。それでは……」


 はっとしたひびきは急いでトイレに向かい、急いで教室へと戻った。



 ◇ ◇ ◇



 その日のお昼休み。

 陽鞠と海莉には内緒で弘世と小春とご飯を食べるため、お弁当を持って屋上に来ていた。


 屋上にはいくつかベンチが並んでおり、背の高い柵で囲まれている。

 ただ、普通にベンチで食べていると、クラスメイトの誰かにバレてしまう可能性があるため、入口の背後――死角になっている場所で食べることにした。


「あ、氷堂さん」


 地べたに座り、食事を始めようとした時だった。

 屋上への入口から姿を見せた霧乃は中央まで歩いてきて、購買で買ったらしいビニール袋を持ってキョロキョロと周囲を見渡していた。


(食べる場所探してるのかな)


 そう思ったひびきは立ち上がり、霧乃の近くまで駆け寄っていった。


「氷堂さんっ」

「あっ……林道さん、でしたね」


 声をかけられ驚いたものの、ひびきだと気づくとすぐに優しい笑みを返してくれた。

 屋上に吹く優しい風が彼女の長い髪をたなびかせ、それを手で抑える姿がどうにも絵になる。


 そんな霧乃にある提案をした。


「一緒にご飯食べよっ!」

「えっ、良いのですか? 私は——」

「良いから良いからっ。行こうっ」

「わっ、林道さんっ」


 戸惑った霧乃だったが、手を取られてしまい、そのままついて行くことになってしまった。

 そうして到着した先にいた弘世と小春。ひびきが連れてきた相手を見ると、これでもかと目を見開いて驚いた。


「氷堂霧乃さん! 一緒に食べてもいいよね?」

「良いけど……ひびきが強引に連れて来たんだよね? 迷惑じゃなかった?」

「ちょっと弘世! 聞き捨てならないなぁ!」

「ごめんごめん。でも、ひびきって強引だからさ」

「えっと……初めまして、氷堂霧乃です。私は問題ありませんが、逆に皆さんは大丈夫でしょうか?」


 霧乃はひびきが連れて行った先に人がいると思わず驚いたが、優しそうな雰囲気の人たちだとなんとなく感じたため、ひびきの提案に乗ることにしたのだ。


「俺はもちろん大丈夫だよ」

「私も大丈夫……一緒に食べよ、氷堂さん」

「それでは、失礼して——」


 この三人が一緒にいること。他の人にバレても良いのかとも考えたが、ひびきは朝、霧乃と喋って問題ないと感じた。それに一緒に食事をする人がないのなら、尚更誘いたかったのだ。


「——氷堂さんだよ! すっごく綺麗でしょ!」

「うん……綺麗」

「綺麗過ぎて直視するのが……」


 ひびきが霧乃のことを褒め、弘世と小春に同意を求める。

 二人はひびきが連れてきた人物を見て呆気にとられていた。


「ありがとうございます。でも私は特別なことをしているわけではなくて……」

「わかってるって〜、天然美人だもんね? でも、それで妬んだりしないから安心してっ」

「林道さん……」


 ひびきは霧乃が何を考えているのか、簡単に見破った。

 褒められるのが嬉しいが、それがいつか憎しみに変わるかもしれない。実際、霧乃は最初仲良くしていたクラスメイトもいたはずなのに、今は一言も喋らない関係になってしまっていた。


「ねえ、この機会に名前で呼び合わない? 氷堂さん、どうかな?」

「えっ、名前ですか?」

「私がひびきで、こっちが弘世。そしてこっちが小春。それで私たちは霧乃って呼ぶの!」

「霧乃…………」


 霧乃は食べるのが遅いのか、まだメロンパンを一口しか食べていなかった。

 一方ひびきたちは既に弁当を半分ほど食べ終えていた。

 しかし霧乃は緊張で食べ物が喉を通らないだけだった。


「えっと……急過ぎて頭が追いつかなくて……すみません」

「良いよ良いよ! なら、仲良くなったらだねっ」

「仲良く……仲良く……」

「そうそう仲良く————って、ええええええ!?」


 普通に会話していたはずなのに、突然ひびきは大きく口を開けて叫んだ。

 その声に驚いた弘世と小春は弁当の箸を地面に落としてしまう。


「ちょっとひびき!?」

「ひびきちゃん、急に大声出さないで!?」


 どうやってこのあと弁当を食べれば良いのかと弘世と小春がため息をつく中、ひびきは驚いた理由を話し出す。


「えっとですね。ゆっくり聞いてほしいんだけど――氷堂さん、弘世が光ってる」


 この言葉の意味が通じるのは、三人だけ。

 霧乃はなんのことなのかわからず、キョトンとした顔になっていた。


「えっ、氷堂さんが弘世くんに!?」

「つまりそれって――」

「氷堂さんが求めるものが、弘世にあるってこと……」


 ただ、ひびきには疑問があった。


 氷堂霧乃はこれ以上肌ケアをしなくても良いほど肌も綺麗で、身長も高くモデル体型。『肌質改善』も『脂肪燃焼』も必要に思えなかったのだ。


「まさかとは思うけど…………」


 だからこそ、ひびきは一つの答えに辿りついた。


「――弘世、新しいスキル……覚えたんじゃない?」


 そう言って、ひびきは弘世を見つめた。


「あはは……さすがはひびきだね」

「ってことは……!」

「うん……今日の朝、ね」

「な、何を覚えたの!?」


 ひびきの指摘に弘世は頷きながらその答えを返した。

 霧乃が今一番求めていることだとはわかっていながらも、ひびき自身も弘世のスキルが気になっていた。


 それもそうだ。弘世のギフトは『美容』だ。

 恐らくこれから何を覚えても、女子にとっては嬉しいスキルのはずなのだ。


「――――『脱毛』」


 短く、弘世はスキル名を言い放った。


 それを聞いて、ひびきも小春もわっと喜ぼうとした。

 しかし、弘世のスキル名を聞いて一番最初に反応したのはその二人ではなく霧乃だった。


「嘘――――っ!?」


 立ち上がり、動揺を隠せない。

 霧乃はわなわなと唇を震わせ、手に持っていたメロンパンを潰すが如く、思い切り握っていた。


「ってことは…………」


 ひびきの『叶者探索きょうしゃたんさく』のスキルは、ふとした時に使用しており、それが習慣になっていた。

 だから、教室で駄弁っている時も外を歩く時も何となく使って、誰が誰を求めているのかを見ていた。

 それでもし、弘世に反応があるとしたなら、彼を引き合わせて救いたい――そう思って……。


「あっ、いや……急に立ち上がってごめんなさい」


 霧乃は自分の奇行を三人に謝罪し、すぐにしゃがみ込んだ。

 そんな彼女を見て、三人は顔を見合わせ、次いで頷く。


「氷堂さん……とっても言いにくいことかもしれない。でも、もしあなたが悩んでいるのなら…………私たちの話を聞いて欲しいの」

「えっ……はい……」


 霧乃は流れではいと答えたが、まだ理解していなかった。

 何を言わなければいけないのか、何を聞かされるのかを。


「――弘世の『脱毛』のスキル……求めてるんだよね?」

「――っ」


 霧乃の表情を見れば、それが正解だとすぐにわかった。

 言い当てられた、という表情をしていたから。


 霧乃は「どうしてそれを……」と聞くと、ひびきが二人に承諾をとってから自分と弘世のギフト、スキルの説明をはじめた。



「えっ……じゃあ……私がそのスキルを発動してもらえれば、私の求めている願いが叶うってことなんですか?」


 ひびきの説明をすぐに理解した霧乃は、弘世を見ながら恐る恐る聞く。

 三人一緒に頷き、彼女の話を肯定した。


「さっきのはそういうことでしたか……林道さんが言っていた言いにくいことかもしれない、という話は……」

「そうだよ。私たちは、人の悩みを他の人になんて言ったりしない。そこは安心して」

「氷堂さん、これ見てくれる?」


 すると、スマホを取り出し、画面を操作しはじめた小春が、表示させた写真を霧乃に見せた。


「…………これは……」


 初めて見る人はおぞましいと思うかもしれない。

 小春が見せたのは、体に痣がたくさんあった頃の写真だった。下着姿で姿見の前で撮った写真だ。


「でもね……こっちも見て」


 小春がそのまま写真をスライドさせる。

 すると出てきたのは、一切の痣がなくなった綺麗な体をした小春の姿だった。


「えっ!? これって…………」

「弘世くんのスキルで綺麗にしてもらったんだ」

「す、凄い……本当に綺麗に消えてる……」

「ほら、写真アプリで消したとかでもないよ」

「本当だ……」


 小春は腕を捲って痣があった場所を霧乃に見せた。

 そこには本当に痣がなく、綺麗な色白の肌があったのだ。


「氷堂さん、強制はしないよ。たまたま気づいちゃっただけだからさ。だから無理に言わなくても――」


「――剛毛…………っ」


「え?」


 霧乃にも選択肢があるからと、ゆっくり考えてから決めてほしいと、そう意味を込めて話したのだが、それと被せるようにして返事が返ってきた。


「ごう、もう……なんです。私……」


 恥ずかしそうに、顔を両手で隠した霧乃。


 弘世のスキルが『脱毛』という時点で、何となく察していた。

 察してはいたのだが、言われるまで、信じることができなかった三人。

 それは、学年一の美少女から出る言葉だとは思えなかったから。


「毎日毎日毎日毎日っ…………全身をくまなく剃って……でも、半日経てばぴょっと生えてくるんです」


 まさにサラリーマンが毎日ひげ剃りをしているレベル。

 その早さで毛が生えてくるということは、相当大変だ。ひびきのスキルが反応する理由も理解できる。


「これが嫌で嫌でしょうがなくて…………中学校の頃、一度は好きになった人がいたんです。でも私……毛深いんだって知られることが怖くて……だから、恋愛にも前向きになれなくて……っ」

「今まで頑張ってきたんだね……」


 男子なら、気にしなかったかもしれない。いや、気にしたとしても女子ほどではないだろう。それだけ女子は、普段からムダ毛に気を遣っている。


 霧乃がどれだけ毛深いのかはわからない。

 ただ、この中で一番彼女に寄り添えたのは小春だった。


 同じく、痣によって恋愛、そして夏のお洒落を諦めていたのだから。


「氷堂さん――いや……霧乃ちゃん」

「え……」

「私も同じだった。痣が原因で肌を晒せないし、ずっと隠してきたんだ。でも、弘世くんに治してもらって、綺麗になったの」


 小春は霧乃の背中を撫でて、親しみを持って名前を呼んだ。


「だから――涙を流すほどなら……治そう! 私もひびきちゃんも、弘世くんのスキルを信頼してるからっ」


 吐き出したことで、つい涙を流してしまった霧乃。


 誰にも言えなかった悩み。

 ほぼ初対面の相手に言ってしまった。


 でも、その相手は、自分の希望となる人物で。

 だから、霧乃の答えは――



「……はい………………っ」



 そう言って、小春の手を取り、強く握り締めたのだった。



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