10月25日②

 目が覚めても相変わらず寒空の下だった。暗闇の空を見ていると自分は本当に目を開けているのか分からなくなってしまったが、中空に浮かぶ月と星が答えを教えてくれた。


 自分は助かった、のだろうか。


 そもそも今一つ身の危険と言うか何と言うかを実感せずに気が付くと意識が無くなっていた、と言うのが正しい気がするのだが、それでも最後の瞬間だけははっきり分かる。


 心臓を穿たれていた。はずだったのだが、


「あっ、あれ……傷が無い?」


 心臓を突き刺したものとあわせて都合四ヵ所空いているはずの穴がそのどれも塞がっていた。制服の隙間から見える肌に傷は無く、絵画の修復作業が施されたかのようにまっさらだった。


「……、たちの悪い夢だったんだなきっと。転んだ拍子に気を失った、そのとき制服に穴が空いてしまった。何て名推理! マーロウも顔負けだね」


「お兄様、事実を把握して現実逃避なさるのは止めてください」


「うひゃ! ……アリス???」


 いったい全体どういう仕組みなのか月明かりの遮られた暗闇に輝く金髪を靡かせて、アリスと言う名の少女がいた。


 スカートの裾を束ねて屈んで、こちらの様子をじっと伺ってくる。


「いつまで経ってもお兄様が来ないものだから心配で様子を見に来たんです。そしたらお兄様、瀕死の重傷を負ってたから。一体何があったんですか?」


「何があったもなにもこっちが聞きたいぐらいで……」


 特に身体に痛みが残っているわけでも無しに、むしろ調子はすこぶる良くてそれが怖いぐらいなのだが、流石に頭の方の混乱はどうにもなるものでも無くて、とは言え一通り話をしてみることにした。何と言うか突拍子が無さすぎて信じてもらえそうに無いと言う点でエピソードトークにもならなそうなのが辛いところだが、あらましの事実を出来るだけ端よって脚色無く語った。


「ってことがあってさぁ。いや本当に参ったよ」


「それは災難でしたねお兄様」


「ね。……信じるの?」


「? お兄様嘘ついてるんですか?」


「……、自分で言っておいて何だけどさ、正直話してはみたものの自分で自分を信じきれないです」


「大丈夫ですよお兄様、お兄様は嘘のつけない正直者ですから」


 そう真っ正面から言われると照れる。のでたははと笑って何だか和やかな雰囲気になったところでついポロって言ってしまった。


「それにしてもアリスが吸血鬼とか冗談キツいよなぁ。そんなわけないのにさ」


 第一吸血鬼なんてそんなオカルティックな存在が実在するわけ無いのだ。うんうんと頷いて、何とか先刻の異常事態に理由を付けようと画策しているところに現実はどんどんとおかしな方に転がっていく。なぜか、目の前の彼女が首を横に振っているのだ。


 それは、英語圏特有の否定疑問に対して否定の肯定を示すジェスチャーだろう。


「だよね。ったく、妙な新興宗教でも流行ってんのかな……にしてもどこでアリスのことを知ったん──」


「あのねお兄様、違うの。私、吸血鬼なの」


「──アリスまでそんな冗談」


「本当よお兄様。お兄様は見たんでしょう? バッグの中」


「見たけど……血」


 そうだ、血だ。まだ鼻に匂いがこびりついている。バッグの中身は血液だった。確かにそうだ。あの女医は保存の効きにくい薬だ何だと言っていたけれど、鮮血のように真っ赤な嘘だったと言うわけか。


「それにお兄様、どうしてと思うの?」


「心臓を、握りつぶされていた? ……いったい何を言って」 


「そこ」


 アリスが指差す場所、ご丁寧にゴミ袋が積み上げられている中に理科の教科書で見たことのあるような生々しい臓物が──


「……………」


 ガバッと心臓があるところの位置を掴んだ。鼓動は感じる。じゃああれは何だ、あの生々しいぐにゅっとした、ぷよぷよした、生理的嫌悪を催す物体は。


「あの心臓はお兄様の物よ。私が確かめましたから」


「……………じゃあ、何で俺はまだ生きてるんだ」


「簡単な話なのお兄様。私の心臓を分けてあげたの」


「…………、…………、……………」


「お兄様、いつまで経っても来ないから心配になって匂いを辿ってきてみたの。そしたらお兄様、もう血を分けてあげただけちゃ助かりそうになかったから心臓を分けるしかなかったの」


「………、………、………」


「はいお兄様、私に何か言うことがあるのではなくて?」


「………言うこと?」


「エエそうよ。お兄様はどうしてまだこうして私と話していられるのかしら」


「……助けてくれてありがとう?」


「はい、良くできました♪」


 夜の帳に燦然と輝くとびきりに満点の笑顔で言って、よしよしとご褒美のように頭を撫でてくる。


 そんなんだから、どうしようもない世迷い事を、確かめずにはいられなかった。


「アリスは、吸血鬼なの?」


「はい」


「そっか……吸血鬼なのか」


 サイケデリックの言っていた通りなのだろうか。アリスは吸血鬼で、それからサイケデリックは……、


「ってマジならヤバいよアリス! あいつらの狙いはアリス何だから逃げないと!」


 勢いよく身を乗り出して、アリスの両肩を掴んだ。どれが現実で吸血鬼が真実なのかは定かではないけれど、全てが真ならサイケデリックは言っていたはずだ。アリスを捕らえて、始末すると。


 犯人は現場に戻る、なんて有名な格言の文脈に則るならこの場に留まるのは危険極まり無いだろう。


「お兄様、どうして狙いが私なのにお兄様が襲われたと思っているんですか」


 にもかかわらず、アリスは冷静そのもの。顔色一つ変えず、淡々と言う。


「……気紛れ、とか?」


「ようやく調子が出てきましたね。彼女たちは私を見付けられないんです。私が持っている姿眩ましの護符は法王級の阻害魔術でなければ対抗できませんから」


「それで、最近よくアリスと会ってる俺を狙ったってことか」


「そう言うことです。きっとお兄様から私の居場所を聞き出そうとしていたんでしょうね。……あれ、お兄様、話さなかったんですか?」


 きょとんと小首を傾げているけれどそんなに不思議なことなのだろうか。


「んな見るからに危ないやつに話すわけないじゃん」


「……」


 今度の沈黙はアリスの番だった。


「えっとお兄様、鉄の杭を打たれていたんですよね」


「うん」


「それに、身体中に電圧を浴びせられて──話せば助かったんですよね?」


「いや、それは無いんじゃないかな。あっこから助かったらもう奇跡だよ。でもまぁ、助かるって言われても話す気は無かったかな。だって俺、アリスの騎士様なんでしょ」


「…………ふふ、そうでしたね。お兄様はいつもそうでした」


「んしょっと、いやはや、信じて貰えるかはともかく暫くは飲みの場で話の種に困らないエピソードを手に入れてしまったところで、これからアリスはどうするの? もう一度確認したいんだけれども、あの妙な2人組に見付かることは無いんだよね」


 立ち上がったついでに制服の汚れをパンパンと払う。破れかぶれな制服はもう手の施しようが無さそうだったが、幸い美月に言われて無理矢理買わされた予備があったので明日の登校には困らないだろう。


「はい。……お兄様は別ですけどね」


「……、あれなの、始末し損ねたのが分かったら的なやつ?」


「ですけどお兄様、私と一緒にいれば安全です。護符の範囲に含まれますから」


「さいですか。まぁそっちは別に良いや。さっきはどうにもコンディションが悪かったからあれだったけど次会ったら負ける気しないもん。地元だし」


 敗因、を考えるのなら地の利を活かせなかったのが主な理由だろう。こんな行き止まりの裏路地に迷い混まなければ確実に逃げ切れていた、あの2人組もなかなかの運動神経だったが、それでもなかなか止まりだ。


「大した自信ですね。あんな目にあったのに」


 とか呆れ気味にアリスは言うけれど、それは違う。


「だからだよ。やられっぱなしも気に食わないしね。んじゃとりあえず終電無くなる前に帰るか。アリスはホテルに泊まってるんだっけ?」


「そうでしたけど、今日からはお兄様のところに泊まることにします」


「? まぁそれは別に良いけど……あっ、……まぁ良いけども……いや、良くないか……」


「お兄様は嫌なんですか? それなら無理にとは言いませんけど」


「俺は良いんだけどさ、家にいるやつが1人ね。まぁそっちもそっちで何とかするからいいや。さてと、流石にバスは止まってるよな」


 スマホを取り出して時刻表を見ようとして、待ち受けに表示されていた時刻が既に日を跨いでいることに気が付いた。


「……………歩き、か」


「お兄様、歩けるんですか?」


「何か知らないけど体調は良いから問題ないよ。それよりアリスこそ平気なの? 7~8キロは歩くと思うけど」


「吸血鬼に何を言ってるんですか」


「そう言うもん何すか?」


 冴木に買った本を拾って歩き出す。とりあえず書店のあった大通りに出て、地図を開いた。真っ直ぐ歩いて行けば見知った通りに出るらしく試合が何時からあるのか確かめてからスマホを仕舞った。


 アリスが言うことを全面的に信じれば危険は無いらしいが、それでもあんなことがあっては無意識のうちに人が多そうな道を選んでしまっても無理はないだろう。が、


「本当に人が少ないんだな」


 そもそも街には人気と言うものがまるで存在していなかった。


「夜も更けてますし、おかしいことでは無いのでは?」


「んいや、開発都市ってさ、夜遅くまでやってるところあるからむしろこの時間帯から賑わい始めるわけ。それがこんだけ人が居ないってなるとそっちのが違和感だよ」


 或いは、やはり例の事件の影響が色濃く出ているのだろうか。本来なら治安の悪化に貢献していそうな類いの不良も軒並み鳴りを潜めているようだった。


「そう言えば前に知見さんが言ってたな、大きな街だと凶悪な事件が一つ起こる方が街全体の犯罪発生件数は減るから治安が良くなるって。これ単純に外出する人が減るってことなのか」


「むしろ人目が無いから起こりやすくなるように思えますけど」


「その起こす相手が極端に減るってのがミソなんじゃないかな」


「なるほど、今日のお兄様はやはり冴えてますね」


「そう? まぁ冴えてるんならあんなトラブルに巻き込まれたくなかったけどもね」


「冴えていたからこそ助かったとも言えます」


「そうだと良いんだけどね」

 

 ポジティブな事を言っているその本人に助けられたらしいのであんまり慰めにもなっていない気がするが、今はその前向きさが少し有り難かった。


 アリスにとって徒歩の移動が苦にならないのは事実らしく、ペースを落とさずに歩けたので、家まで一本道の坂道に着いた時は、地図に表示されていた予想到着時刻よりも20分ほど早かった。


「さてと、そろそろ真面目に問題を考えるべきか」


「……?」


 妹の美月はこう言う時、間違いなく起きている。別に夜更けに帰ることを今更咎めたりしないが、それが金髪の少女同伴となれば話は全く変わってくる。


 ここは、


 1,当然正直に全て打ち明けよう。正直は美徳!


 2,うーんまぁさすがに誤魔化すしかないよな


 3,時間はあるんだからアリスと口裏を合わせる

  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

べきでは?

 ̄ ̄ ̄ ̄


 坂道の手前で立ち止まると、それまでてくてくついてきていたアリスも同じように足を止めた。


「あのさ、もうすぐ家なんだけどその前にお願いと言うか。さっきも言ったけど、うちに妹が居るんだよ。それでいきなりアリスを連れていったらこう収拾がつかなくなりそうなんで今のうちに妹を納得させられる言い訳を考えておきたいんだけれど」


「それなら私が魅了チャームを掛けるのは?」


「魅了? って具体的にどうなるのさ。女の子に色仕掛けが通用するとはとても思えないんだけど」


「言い方が悪かったですね。どちらかと言えば催眠や洗脳です」


「んー要は言いなりにするってことか……それはごめんだけど無しだな。美月相手に通用する気がしない」


「魔術抵抗の無い一般人なら抗う術は無いはずですけど」


「あんまり詳しいことは知らないけど精神的なあれなんでしょ? ならまず効かないよ。メンタル最強だから。たぶんCLベスト16アウェイパルクデフランスで決めれば逆転突破のPKを平気な顔で決めるタイプだもん」


 あんまり例えが上手く伝わらなかったようで微妙な顔を浮かべている。まぁさして本題に関わる話でもないので閑話休題。


「とかく突撃するならしっかり言い訳を考えてから行こう。理由を話せば納得してくれるから」


「まぁお兄様がそうおっしゃるなら。お兄様の案から伺いましょうか」


「あいはぶのーあいでぃあ」

 

 英国流の突っ込みは冷めた目線だと言うのを今更に思い出した緒熟だった。


「単に行く当てもなく困っているところを助けたとでも言えば良いのでは? お兄様がそう言えば納得しない人はいないでしょう」


「いや、普通に警察に連れてけって言われる気がする……けどまぁそれは問題ないか」


 自分が警察を苦手にしていることを知っている妹の美月がそこまで徹底して言ってくることはないだろう。


「んじゃ行こうぜアリス、さすがに冷えてきた」


「はい、お兄様」


 坂道を上って、家の前に来るとやはりと言うべきか明かりが点いていた。ご近所付き合いもあるのでこの真夜中にチャイムを鳴らすわけにもいかず、かわりに少し音を立てながら玄関まで歩いて鍵を開けた。


「た、ただいまぁ」


 静かぁに、言ってみる。少し待つと、予想通り寝巻きに着替えていない私服姿の美月が現れた。


「お帰りなさいお兄様。随分と遅いお帰りですね、また夜遊びですか?」


 自分の隣にいる明らかに異物な来訪者にも眉色一つ変えずだんまりを決め込んでいるのは自分で説明しろと言うことなんだろう。最初からそのつもりだったけれども、改めて妹の胆力には驚かされるばかりだ。


「ん、いやちょっとしたノブレスオブリージュだよ。何でも休暇を利用して日本旅行に来たは良いものの、代理店の手違いでホテルの予約が出来ておらず途方に暮れていたアリスさんです」


 手で示すとアリスがペコリとお辞儀する。それから一歩前に出て緒熟の隣に並んだ。その仕草の一つ一つをじっと余すところなく美月は観察していた。


「ご紹介に預かりましたアリスです。以後お見知りおきを」


「坂逆美月です」


 それで、と言う妹の視線はとりあえず事情は納得したと言うことらしい。


「んで急な話になっちゃうんだけどひとまず今晩は止めてあげたいんだけど駄目かな?」


「……………お兄様、失礼ですがお兄様はそちらのアリスさんとどこで知り合ったんですか?」


「街で偶然ね。地図とにらめっこしてたところに通りがかったのが俺で道を聞かれたんだ」


「ふーん、まぁ良いでしょう。それでアリスさんのお荷物は?」


 流石に目敏く、美月はアリスが手ぶらであることに違和感を覚えていたよう。


「ロストバゲージだって。日本って言うより向こうの空港でのミスらしくて今頃南の島に着いてるんじゃないかってさ。それも合間って相当困ってたんだと。だから悪いんだけど着替えも用意してあげて欲しいんだ」


「お兄様のもね。そちらについては詳しいことは聞きませんけど。予備はクローゼットにありますから」


「ありがと。んじゃ上がろうぜ」


 美月が捌けたスペースに靴を脱いで上がってアリスを待つ。アリスの──サンダルはどこかのブランド物らしく、白一色のデザインながら洗練されていた。


「着替えを用意してきますからアリスさんを居間に案内していてください」


「りょーかい」


 いつもの居間の、大きなテレビに向かい合ったいつものソファーにアリスを座らせた。それからついいつもの癖でリモコンを取ってテレビを点けてしまい、ついいつものルーティンでチャンネルをフットボールの試合に合わせていた。


「はっ、」


 慌てて背後を振り返ると、着替えを手に抱えて呆れたように溜め息を吐く美月が居た。


「あの、これは」


「アリスさんにも馴染み深いでしょうし異国の地で、親しまれた物に触れられれば少しはリラックスできるでしょうから今日のところは多めに見ます」


「そうですね。お心遣いありがとうございます、


 何かがパリンと割れた音がした気がするのだがきっと錯覚だろう。


「あっ、服落としてるぞ」


 寮生活の普段はとっくに寝ている時間だろうし、完璧無敵の妹がちょっとした隙を見せたとしても兄としては可愛げのあるものだ。


 拾った服をアリスに渡してから、


「後はこっちでやっておくから」

 

 と美月に言った。


 お言葉に甘えて、お先に休ませていただきます、とどこか無機質な声で言って美月は部屋に戻っていった。




   ✕   ✕   ✕




「何か考えるべきことがある気がするんだけど思い付かないんだよね」


 頭は冴えてるはずなのに、と続けるとアリスは同調するように頷いた。


「さしあたってはヒントを差し上げてもと、試合が終わってからにしましょうか」


「だね。ノッティンガムフォレスト対クリスタルパレスめちゃめちゃ面白いし」


「日本人の選手も活躍してますし」


「それを言ったらそっちのイングランド人も……いやそれは当然か」


 画面ではクリスタルパレスの守護神ディーンヘンダーソンがハイボールを的確に処理し、相手の二次攻撃の芽を摘んでいた。


 時刻は二時半、とりあえずお互い着替えて試合観戦をしているわけだが、他にやるべきことがある気もするし、でもリアルタイムで観たいよなと言う気持ちがせめぎ合った結果試合観戦が勝った。


「本当にせめぎ合っていたんですかお兄様」


「正直試合観たいのにやることありそうなのめんどくさいなぐらいまでありました」


「流石ですお兄様」


「そう言われると悪い気がしなくて照れちゃうな」


「……………」


「やっぱりあれだなぁ、ゴールキーパーは基本が出来てるのが一番だな」


「そうなんですか? 難しいシュートを止めるより?」


「さっきのクロスボールキャッチしたシーンとか顕著なんだけどさ、あれ普通は弾くか場合によってはディフェンダーに任せるキーパーも多いんだけどもそれだと味方が回収できなかったらまた相手の攻撃になっちゃうわけ。それをキャッチ出来れば強制的にマイボールに出来るんだよ。難しいシュートなんかそんなに打たれないし、そもそも未然に防ぐ意味もあるプレー何だから基本が出来てる方が助かるよね」


「なるほど」


「キーパーはド派手なプレーの方がハイライトでも見映え良いし盛り上がるんだけど最近はああいう堅実タイプも評価されるようになって嬉しいっすよ」


「そうなんですね」


「結局リーグ獲るのも長期的に計算できる選手だし」


「……トーナメントは違うんですか?」


「あっちはわりと調子に左右されると言うかまた違った難しさがあるんだよね」


「お兄様はトーナメントとリーグ、どちらのタイプ?」


 アリスには申し訳ないけれど、それは愚問と言うものだ。ニヤリと笑って片頬を吊り上げる。


「どっちも」


「………………」


「おっ、コーナーキック」


 左サイドからのコーナーキックをアダムウォートンが逸らしてファーサイドに待ち構えていたフィリップマテタが押し込んだ。


「これたぶん用意された形だな」


「用意された形?」


「ニアでウォートンが逸らしたのは結構偶発的な要素と言うかキッカーとの兼ね合いもあるんだろうけど──蹴る前左手あげてたからニアぽいか──ファーでマテタがドフリーなってたのは完全に仕込んでたね。ノッティンガムフォレストとしては避けたかったろうけどグラスナーとセットプレーコーチを褒めるべきかな。ほら、丁度リプレイでも解説の小澤さんが指摘してるでしょ? 一斉にパレスの選手がゴール前に走り出してるのにマテタだけファーに向かってる」


「確かに回りにぽっかりと隙間が空いてますね」


「この時間帯にパレスは先制できたのかなり大きいな」


 ハーフタイムになると、今度はアリスの方から口を開いた。


「お兄様、今後の身の振り方についてそろそろお考えになりません? 丁度15分時間もあることですし」


「さいですか……キックオフ時間違う試合観ようかと思ってたんですけども。それで、今後の身の振り方ってのがさっき言ってたヒント?」


「ええ。お兄様は今後どうお過ごしになられるかと言うことです」


「そりゃなるようになるしかとしか言いようが無いよ。何かまずいことでもあるの?」


「ありますよ。お兄様、このままだと確実にまた襲われますから」


「襲われるってあのコンビのこと? でもアリスの近くに居りゃとりあえず平気何でしょ。なら別に良いよ。とりあえず試合観ようぜ」


「私の近くにいれない状況になってしまったらどうするんですか」


「そんなことあるの?」


 あるに決まってる。例えば、


「お兄様、今日も学校に行かれるんでしょう? 私、昼間は寝ていますから」


「…………、……………、あいつら昼もところ構わず来たりするんすか」


「さぁどうでしょうか。一般的に黒魔術師の活動帯は夜と言われてますから」


「? 日中は昼行灯ってこと?」


「その可能性は高いと言うことです」


「んじゃ平気じゃん。脅かすようなこと言わないでよね」


「お兄様、お兄様が襲われたのは日の暮れる前だったのでは?」


「………………どうすれば良いんですか」


「護符をお兄様にお貸しします」


「護符を? あの、ええっと、見付かりにくくするやつだっけ? ……、でもそしたらあれ、アリスが見付かっちゃうんじゃないの?」


「護符が無くても姿を眩ますことは出来ますから。それに日中はここで休ませて頂ければまず見付からないと思いますよ」


「ここって家で? なんでさ」


「優秀な結界があるからです。きっとお兄様も見付かりませんよ」


「ふーん、よく分かんないけどまぁ安全ってことか。で護符を貸してくれるの?」


「はい」


「さいですか。んじゃ、忘れない内に借りちゃって良い?」


 と手を差し出してみたのだが、


「もう渡してあります」


「?」


「目に見える形ではないんです」


「まぁとにかくこれで後顧の憂いは裁ち切った訳ね。と言うことで後半観ようか!」


「お兄様、本当にフットボールがお好きなんですね」


 試合はクリスタルパレスがリードを守り切って勝利を納めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る