本場のサッカーで高校無双? ~えっ、普通にマルセイユルーレットしただけですけど~

ぽんぽん

第1章

第1話 

 ――その少年には他に何もなかったから


 人間と言うのは存外に逞しいものであり、彼の場合、唯一の武器だった俊敏性アジリティが失われたところでフットボールに賭ける情熱は微塵も冷めることはなかった。とは言え悲しいかな、人間とは存外に脆いもので一つガタが来れば他のところにも罅が入っていく。そうして亀裂は数を増して大きくなっていき遂には全身に至る。だから少年は、諦めざるを得なくて、諦めるしかなかった。こうして少年には何もなくなったのだ――


   ×   ×   ×


 何だったんだろうと思い返せばその度に答えの変わるゴールデンウィークが明ければさすがに慣れてくるもので、今日も今日とて放課後になると坂逆さかさか緖熟おうれ は科学準備室に足を運んでいた。隣の科学室も他の部活が活動を行っているのだが、丁度教室に入ろうかと言う白衣を着たクラスメイトの冴木と目が合った。

「坂逆」

「あっ、冴木」

 は女の子で緖熟が名前を知っているクラスメイトの数少ないうちの一人である。自由が校風! な生徒の自主性を重んじる福島県立北高校にあって廊下の向こう側に居ても目立つような格好の生徒は少なくないのだが、それでもやはり、白衣と言うのはシンプルにして目を引くものである。だから廊下を歩いていれば視線を集めもするのだが冴木は気にならないらしい。

「あなたも部活?」

「まぁそんなところ。冴木も?」

「部活は休みなんだが、まぁ少し用があってね」

「そっか。じゃ、俺部活に行くから」

 そう言ってひらひらと手を振ると級友は隣の準備室に入ってしまう。用と言うのはこのせっかちなクラスメイトに関わることだったのだが……、

「急ぎの用でもあるまい」

 一息吐いてから折りを見て声を掛ければいい、と冴木も科学室に入った。

 窓を開けて陽を入れてからいつもの実験器具を取り出して、手頃なビーカーに珈琲を淹れる。部の先輩から教わったのだが、珈琲党の自分にしてみれば、実験器具で飲む珈琲と言うのは得難い経験だ。

「む、少し苦いな」

 二杯目の珈琲を飲み終えると時刻は四時を少し過ぎたころ。そろそろ声を掛けに行こうかと科学室を出て隣室のドアをノックした。

 しかし、反応はない。もう一度ノックするも同様。すりガラス越しでは中の様子も満足に覗けず、しばし迷うけれど、ドアを開けることにした。

「科学実験クラブの者ですが坂逆は――」

 滅多に驚かない性質だと自負しているが今回ばかりはさすがに固まらずにはいられなかった。窓は締め切られ、黒いカーテンが日光を遮っている科学準備室では蝋燭の灯りに照らされて、椅子の後ろで両の手を縛られている坂逆と、怪しい木の枝を口に突っ込もうとしている女生徒がいた。坂逆からしてみればグッドタイミングだったのか救いの女神さまだ! なんてキラキラした目で冴木を見ていた。

「……あっ、えっと」

 女生徒の方は木の枝を口に突っ込もうと言うポーズで固まっている。

 オカルト研究部? いや、規定では部ではなく同好会だったかの代表者である三年生の涼森先輩とは部屋を隣り合っているわけで顔見知りだ。

「坂逆に伝言があるのを思い出しまして少しお借りしてもいいですか?」

 と伝えると涼森先輩はこくこくと頷き、てくてくと歩いて椅子の後ろに回ると拘束を解いた。

 手を揉みしだきながら廊下に出ると坂逆は頭を下げる。

「ありがとね、助かったよ」

「いや、礼を言われるほどのことはしていないけど……」

「やっぱり何やってたか気になる?」

「気にならない方が失礼まであると思うが」

「先輩ってさ、占いが好きらしいんだよ」

 それはそれほど交流がない冴木も知っていた。科学部の先輩が教えてくれたのだ。オカルトと一言に言っても種類はあるけれど、中でも涼森先輩の専門は占いだそうで何でも去年の文化祭では占いの館をやっていたのだが、結果は言わずもがなとのことだった。

「それで?」

「今朝会ったら凶事の兆候が見えるからお祓いしたいって言われちゃってさ」

「なるほど。おみくじで言うところの凶と言うわけか」

「先輩に曰く、大凶だって。なんか先輩も真剣そうだったから断るに断れなくなっちゃって」

「事情は分かった。まぁ当たるも八卦当たらぬも八卦と言うが禍を転じて福と為すことを私からも祈ってるよ」

「ふーん。でも冴木、占いとか非科学的なことは信じないんじゃなかったっけ?」

「旧知の仲なら別だ。幸運を祈るぐらいはする」

 ん、ありがと。なんて言って同級生は笑った。

 と、さて。そろそろ目的を果たさなくては。 

「坂逆、知見委員長から伝言だ。園芸委員の仕事を忘れずにとのことだ」

「げっ、折角忘れてたのに」

「さぼって委員長を困らせるなとは城ケ崎からだったかな」

「……、いやなんでそこでJが出てくるのさ」

「城ケ崎から伝言を頼まれたからだ」

「じゃあ何、委員長がJに伝言してそれを俺に言うよう冴木にまた伝言したわけ」

「そうなるな。何でも夕方放送のアニメに間に合わなくなるとか急いでいたようだった」

「で冴木が頼まれたわけね。……条件は?」

「緒熟が何でも言うことを聞くから、と言われた」

 二つ返事で頼まれた、と冴木は続けた。

「さいですか……。でも冴木は俺に何かしてほしいことがあるの?」

「今はない。からそのうちになる」

「りょーかい。伝言ありがとね」

 緒熟は涼森先輩に一声かけて鞄を引っ提げ、冴木にもまた明日と言って階段を下りて行った。

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