Side終里かなで:厨二病エタナール

 終里かなでは改札ホームで力なくうなだれていた。


 その手にはジャッジメントおじさんキーホルダーが握られている。

 自分の知らない兄の姿、異世界のチートスキルとかいう魔法で創ったらしいその姿は遠く感じられた。


(兄さん……)


 きっと行ってしまうと思っていた。

 かっこうをつけるために、危険なモンスターに立ち向かうのだと。


 兄の性分は昔からああだ。


 幼い頃、自分がいじめっ子に目をつけられたときも、泣きだす前に兄は駆けつけてくれた。相手が上級生でも、どんなに乱暴でも、ボロボロにされようが立ち向かう。笑いながらこう言うのだ。


『だってかっこいいじゃん!』


 ひっこみ思案な自分は、そんな兄にいっぱい甘えたし困らせもした。

 なんだかんだ許してくれる兄が大好きだったのだ。


 兄が変わってないように、自分の弱さも変わっていない。不安になると動けなくなってしまう。数十年前に兄がいなくなってからは特にそうだ。


(絶対に死なないなんて……)


 兄の言葉を信じたいのに、心は拒絶していた。


 と、避難を急いでいた人たちが歩みを止めて、街頭ビジョンの映像を見つめる。

 高速の飛行体が映し出されていたからだ。


 それははたして鳥か飛行機か、あるいは片翼のアラフォーおじさんか。


「ジャッジメントおじさん……?」


 誰かがそう言うと、水面の波紋が広がるように「そうだ」「そうだ」と誰もが次々に口にする。


 神聖そうな兜をかぶった薄着で片翼のおじさんだ。

 ビルにはりついた巨大クリスタルの前で浮かんでいた。


「厨二病おじさんじゃん⁉ なんで⁉」

「あ! オーバーフローのせいでこっちでも魔法が使えるからか!!」

「ジャッジメントおじさんがきてくれたの⁉⁉⁉」


 ウィルスのように広がっていた不安も彼があらわれた途端、嘘のように引いていく。誰もが期待に満ちた瞳で片翼のおじさんを見つめていた。


(……みんな、兄さんに期待している?)


 おじさんがきてくれたのなら大丈夫、おじさん次はなにをやらかしてくれるのだろう。ああ楽しみ楽しみ。

 そんな呑気な声がそこかしこから聞こえた。


 かなでは、いじめっ子に立ち向かう幼い兄の姿と、ジャッジメントおじさんと化した兄の姿を重ねた。


「⁉ お、おい‼ おじさんが一人増えたぞ⁉」


 街頭ビジョンは河川敷を映しだす。

 河川からは大きなクリスタルが生えていて、相対するようにジャッジメントおじさんが空に浮かんでいた。


 ただ少し色味が違う。ほんのり赤色だ。


「他の場所にもギルおじが出現したって‼」「マ、マジで⁉」

「7人もいる⁉ 全員ほんのり色味が違うみたいだ‼」

「おじさん、実は七つ子なのか⁉」


 かなでは次々に切り替わる街頭ビジョンをつぶさに見つめる。

 7人のジャッジメントおじさん(色違い)がたしかに存在したのだ。


 かなでが困惑していると、少女が声をかけた。


「――ほう。はじめの奴、テンションあがりまくっておるのう」


 権太郎だ。

 かなでがまだ美少女だと思っているTS美少女は、増殖した兄の映像を眺めている。


「異世界仲間の……エルナさんですよね。戦っているはずじゃ……?」

「これは魔法で造った偽物じゃよ。本体はクリスタル付近でモンスターと戦いながら遠隔操作中じゃ。はじめが来てくれたおかげで余裕がでた」


 兄の仲間だけあってなんでもありなのだなと、かなでは思った。


「私になにか……?」

「お前さんを見守って欲しいとのことじゃ」

「兄さんが?」

「うむ、はじめがああなったらもう大丈夫。なーんも心配せんでええよ」


 権太郎はもうすべて終わったみたいな気楽な表情でいる。

 知らない兄を当たり前のように語るので、かなでは寂しくなってしまう。


「…………兄さんのアノ姿、なんなんですか?」


 当然の疑問を、権太郎は楽しそうに答える。


「七つの大罪を模した分身魔法じゃなー。それぞれ傲慢、嫉妬、憤怒とかじゃっけな? 分身の性格も大罪をモチーフにしておる」

「……なんだか危険そうですが」

「いや大丈夫じゃよ。はじめ的にも多重人格っぽくしたかったらしいが、難しかったようじゃ。じゃからそれぞれ『不機嫌なときのはじめ』『眠たいときのはじめ』『お腹が減ったときのはじめ』ぐらいしか違いはない」

「たいして違いがないじゃないですか」

「なー。昔それを指摘したら『ふ……素人だな』と言われたわ」


 兄らしいといえば、ものすごく兄らしい。

 良くも悪くも性根は変わらず裏表がない人だしなと、かなでは苦笑した。


「ひょっとして13人バージョンもあります?」

「そっちは諦めたそうじゃ。さすが妹君、兄をよくわかっておる」

「それは……あの兄の妹ですから」


 円卓の騎士バージョンも創ろうとしたのだろうなと、かなでは察してしまった。


 映像ではビル街が映し出されている。

 はじめは高速で飛翔しながら巨大クリスタルと戦っていた。


 結晶存在はスライムやハイウルフやら、オーバーフロー時にあふれてきたモンスターにクリスタルを寄生させて反撃している。

 寄生されたことにより、Sランク以上の強さをもったモンスターばかりだ。

 並の冒険者では防戦でいっぱいいっぱいだろう。しかし。


『片翼にはこういう使い方もある……! ギルティウイング‼』


 はじめは片翼を大鎌のように扱ってモンスターを切り裂き、町を守っていた。


『我の怒りを食らうがいい! ラーーースゥ……ギルティ‼』


 不機嫌なはじめ(佐々原君に盛大にいじられたとき等)が、片翼で巨大クリスタルをガキンッッッと派手に切り裂いた。

 霧散する結晶体に背中を向けて空中で佇み、カメラを意識した視線をよこす。


憤怒ラース‼』


 決め台詞っぽい言葉と共に片翼が広がり、ふわっさーと羽根が舞い散った。


(兄さん? なんです、そのトドメ演出みたいなの???)


 つづきは、兄の魔法は普通じゃないよとは言っていた。

 チートスキルにより魔法詠唱トリガーワードがかなり凝ったものになっているようで、ものすごく冗長的なくだりで発動するらしい。


 今のも決め台詞も必要なことだろうか。


 と、今度は河川敷がクローズアップされる。

 水の竜巻を避けながら戦う兄は、またもかっこよく叫んでいた。


『我の腹に足しになるがいい! グラトニィィーーーー……ギルティ‼』


 お腹がペコペコになったはじめ(といっても最近牛丼特盛だけで、半日なにも食べなくていいぐらい胃は小さくなった)が片翼を広げる。


 水の竜巻が片翼に吸収されていく。

 水の竜巻をすべて飲み干すと、はじめは片翼から水圧のレーザーが放ち、巨大クリスタルを穿った。

 破壊された結晶存在の前で、兄はまたもカメラ意識した角度で佇む。


暴食グラトニー!』


 決め台詞と共に、画面向こうの誰かに視線をよこしていた。

 本当にこのくだり必要なことなのかなーと、かなでは権太郎を見つめる。


「あのくだりはいらんぞ。カメラ目線もな」

「……兄さん、なんであんな真似を」

「かっこうをつけて安心してもらうためじゃろうな。ほれ、見てみい」


 街頭ビジョンを見守っていた人たちは、すっかり笑顔になっていた。

 おっさんの恥ずかしかっこいい姿を楽しそうに眺めている。彼が絶対になんとかしてくれると信じきっていて、恐怖なんか消え失せていた。


 満足そうな権太郎に、かなでは少し眉をひそめる。


「もしかして、これが狙いだったんですか?」

「ん? ……別に狙っていたわけではないぞ。はじめが家族と共にいる人生を選ぶなら、応援するつもりでもいたしの」


 権太郎はあごに手を当てながらゆっくりと語る。


「あの結晶存在はな、負の感情を糧とする。こっちが怯えれば怯えるほど強くなってしまうし、仲間を呼んでしまう性質でな。異世界にはあんなのがゴロゴロおったんじゃ」

「だから、兄さんを試すような真似を?」

「ワシはただ気づかせたかっただけじゃ……そう睨まんでおくれ」


 権太郎は申し訳なさそうに苦笑した。


 かなでも別に怒ってはいない。

 ただ兄をふかーーく理解していそうな権太郎の評価をあらためていたのだ。いろいろと警戒したのだ。


「あの手のモンスターと戦うならば、はじめの光は効果覿面じゃ。ワシたちが頼めばあやつも戦うじゃろうが……。責任や義務ではあやつの本当の強さはでんよ」

「…………そうみたいですね」


 7つの大罪に分かれたジャッジメントおじさんの光。

 幼い頃、片時も離れたくなかった光がそこにある。兄は今も変わらず危険な相手と戦っている。

 街頭ビジョン前の人たちは映画でも見るように楽しんでいた。


『我の飽くなき欲を知るがいい! グリード……ギルティ‼』


 強欲のはじめ(今日は奮発しておかずをもう一品つけようとするぐらいの欲望)がクリスタルを破壊して、またも決めポーズをとった。


強欲グリード‼』

「グリード!」「グリード!」「グリード!」


 周りの人たちもノリがわかってきたのか、合いの手をうっていた。

 今が緊急事態なのもすっかり忘れて。


怠惰スロース‼』

「スロース!」「スロース!」「スロース!」

『ラ、色欲ラスト!』

「ラスト!」「ちょっと恥ずかしそう?」「色欲は恥ずかしいのか?」


 みんなからやいのやいのツッコまれながら、兄はクリスタルを撃破していく。

 自分の震えも、不安も、恐怖も、いつのまにか消え失せていた。


(ずるいですよ……兄さん)


 死んでも治らなかった厨二病の輝きに、かなではついつい安心してしまう。

 楽しそうにはしゃぐ兄の姿をみて、妹は自然と微笑んでいた。


 これで街にあらわれたクリスタルは全部破壊されたはず……だった。


 ズズズズッンと、ひときわ大きな地響きが起きる。

 今度はゲートタワーが映し出された。


 最大級のクリスタルがゲートタワーにはりついていた。


 誰もがこれでおしまいだ……なんて表情は微塵もしていなくて、光のおじさんが今度はなにをやらかしくれるのかとワクワクして待っている。


 そして7つの光がゲートタワーに集まった。


 ジャッジメントおじさん(7つの大罪ver)はさらに光り輝き。

 それぞれでポーズを決めながら叫ぶ。


『今、我らが光を束ねるとき! アインス!』『ツヴァイ!』『ドライ!』『フィーア!』『フュンフ!』『ゼックス!』『ズィーベン!』『アハト!』


「なぜ急にドイツ語⁉」「大罪はどこに⁉」

「一人だけ2回言わなかった⁉」「なんで⁉」「8……アハトまで言いたかったからじゃね⁉」「なんで⁉」


 ツッコミの嵐が巻き起こる。

 それがかっこいいからだろうな、語感がいいしと、かなでは思った。


 7人の光るおじさんが集い、今一つの輝けるおじさんとなる。


 太陽のように燦々と輝きはじめた光のおじさんを前に、結晶存在は最大規模の警戒をしたのか都市全域に寄生モンスターを放たんと、おどろおどろしく真紫にギラギラと鈍く光りはじめる。


 光る、輝く、アラフォーのおじさんは真っ向からそれを迎え撃つ。

 はじめはすべての原罪をその身に背負ったように、右手で顔を半分隠しながらいい感じで背中を丸める。


『エターナルゥゥゥゥゥゥ………ギルティィィィィイイイイ……!』


 ビブラートを効かせながら溜めるに溜める。

 そして、みんなの視線を十分に集めたと確信したのか、厨二病魔法を唱えた。


『真・ジャッジメント‼‼‼』


 エターナル・ギルティ・真ジャッジメント。

 相手は絶対に死ぬ(かもしれない)。


 そんな勢いで光の塊となったはじめは、ビシュンッッッと幾何学的な高速機動をしながらクリスタルに突貫する。青紫色に妖しく光る結晶存在は、太陽のような輝きに浸食されていき、そして光のおじさんが中から食い破るようにあらわれた。


『ギルティジャッジ‼‼‼』


 片翼を広げると、クリスタルがバリーンッと派手に散った。

 星屑のようにキラキラと散っていく結晶存在を背景に、光のアラフォーおじさんはわっさわっさと片翼をはためかせていた。


「ギルティジャッジ!」「ギルティジャッジ!」「ギルティジャッジ!」


 みんな楽しそうに合いの手を打っている。

 彼の放つ光に魅了されるように、笑顔でいた。


 権太郎も唇をほころばせていた。


「はじめの光は変わらずまばゆいのう。……それはそれとてはじめー、正気に戻ったときの顔が楽しみじゃわい」


 そして底意地悪そうにも笑っていた。

 なるほど、悪友だなとかなでは笑う。


 と、見覚えのある男の子が街頭ビジョンをキラキラした瞳で見つめていた。

 たしか、キーホルダーを落とした男の子だ。探しにきたのだろう。父親が心配しているだろうしと、かなでは声をかける。


「ボク、これを探していたの?」


 男の子は最初警戒した顔でいたが、かなでの手にあるジャッジメントおじさんキーホルダーに満面の笑みを見せる。


「あ! ボクのキーホルダー! お姉さんが拾ってくれたの⁉」

「……優しいおじさんが拾って、私に預けてくれました」

「優しいおじさん?」

「かっこよくて優しくて……みんなを笑顔にしてくれる人です」


 かなでが静かに微笑むと、男の子は街頭ビジョンを指さした。


「ジャッジメントおじさんみたいだね!」

「ええ、ジャッジメントおじさんみたいですね」


 拍手喝采に包まれた改札ホーム。

 ジャッジメントおじさんを讃える声があちこちから聞こえる。


 兄の変わらなすぎる姿に身内としてちょっぴりと恥ずかしい思いもするが、泣きたくなるぐらいに嬉しかった。

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