第36話 おっさんの旅路

 結晶存在を破壊して帰宅後、僕は妹とメッセージのやり取りを行った。


『バズっていますね、兄さん』

『面目ない……』

『ジャッジメント仮面さまですか……。昔、兄さんと一緒にヒーローごっこをしたのを思い出しました。懐かしいです』

『そうだね……本当に懐かしいよ』

『ええ、本当に』


 心配はしていないようだ。


 今までの配信の件もあるし、姪っ子から僕の強さは聞いていると思う。

 結晶存在もただの雑魚モンスターだと思っているのかも。


 かなでの減点ポイント、か……。

 僕が危険なところに向かわないか、危険なことをしないかで判断しているのだと思うが……。


『とこで兄さんはどうしてあのダンジョンに?』

『エルナがデートしようって』


 僕が次のメッセージを入力する前に、秒でメッセージが返ってきた。


『詳しく教えていただけませんか?』

『ちょっといろいろあってさ。見かねたエルナが気分転換に付き合えって。昔からなんだかんだで面倒見がいい奴で……僕も異世界でよくお世話になったよ』


 権太郎なりの気遣いだろうな。

 僕が悩んでいるそぶりは見せなかったと思うが、そういうところは年の功なのかも。


『エルナさんはずっと子供の姿なのですよね?』

『うん、姿は変わっても僕の戦友なのには変わりないよ』


 かっこいい権太郎の姿じゃなくなっても尊敬している。

 アニメの知識でTS美少女化っぷりがさらに加速している気はするが……。


『エルナは歳の離れた友だち……悪友みたいなところもあるかな。異世界で一緒に馬鹿をやったりしたな』

『大事な、友だち、なんですね』

『大事な友だちだよ。本人に言うのはちょっと照れくさいけどね』


 しばらくメッセージが返ってこなかったが、遅れてやってくる。


『よい友人をお持ちのようで安心しました。……いささか姿が可憐すぎますが、ずっと子供の姿だからこそ友だちでいられるのもあるのでしょうね』

『いや、大人になれるよ』

『兄さん、詳しく、教えていただけませんか』

『子供の姿だと出力不足になることがあったから、魔法で大人になれるようにしているんだよ。可愛さと綺麗さと強さを求めた姿だと言っていたな』


 本人曰く『邪道じゃ。よほどがないかぎり大人に変身せん』とのことだが。

 権太郎は美少女の姿にこだわっていたが、戦闘力も求めていたしな。一時的な奇跡の超変身状態ということで滅多に使うことはなかったが。なんでも『戻して……』という声も聞こえるとかなんとか。よくわからん。


『兄さん、持ち点800です』


 なんで⁉⁉⁉ 心配させるところ一切なかったよ⁉

 どれ⁉ どのメッセージで⁉⁉⁉


 もしかして結晶存在の詳細を隠しているのがバレている???

 あるいはなにかを察して、ブラフをかけているのか……

 ううむ……。深淵属性のモンスターは絶望を糧に集まってくるからな……あまり不安は煽りたくないが。


 金曜日の夜。

 仕事が終わってからジュリアに会おうとしたら、管理局で缶詰め状態らしい。


 そんなわけで管理局の地下研究エリアまでやってくる。


 彼女の私室兼仕事部屋はガラス張りの壁でおおわれていて、ガラス壁の向こうはさまざまな植物が植えられている。彼女専用のリラクゼーションエリアだ。


 僕はそこでベンチに腰をかけ、ジュリアと一緒に座っていた。

 隣のジュリアは朗らかな笑顔でいる。


「はじめがきてくれて嬉しいデスー。仕事が大変で癒しが欲しかったのでスヨ」

「そんなに仕事が忙しかったんだ?」

「深層領域のモンスターがこうも早い段階であらわれるとは思っていなくテ、バタバタデス」

「ごめんね、こんなときに会いにきて」

「忙しさのピークは抜けました。はじめのおかげでリラックスできていマース!」


 ジュリアは和んだ表情を見せてくれた。

 憩いの場所でリラックスできているようなら嬉しい。


 僕は……難しいが……。


「はじめはやっぱり美味しいデスー。五臓六腑にひびきわたりまース!」」


 ジュリアは袖から伸ばした触手で僕の頭をガジガジと甘噛みしていた。たまにタコみたく吸盤を生やしてちゅーちゅーと吸ってくる。漏れた消化液が垂れて、地面をじゅーじゅーと焦がしていた。


 忙しいジュリアが……癒されるなら本望さ……。


 周りからはグギョギョギョと妖しい鳴き声が聞こえてきて、気が気ではないが。


「はじめが会いにきたのは結晶存在についてデスヨネ?」

「う、うん。どこまで公表する気なのかなって……」

「クリスタルはモンスターをレベルアップする波動を拡散するコト。種に寄生されたモンスターは凶暴性が増すコトですネ。光属性に弱いこともデス」

「絶望を餌に寄ってくることは?」


 ジュリアは触手でちゅーちゅーしながら告げる。


「不安を煽りかねマセンし、それは伏せマス。深淵属性の対処は今後進めるとしも、生態は恐らく明かされることはナイデショウ」


 怖がるなと言って、怖がらないほうが難しいか。

 むしろ余計に不安になりそうだ。僕がかなでに詳細を語らないのもそれが理由だ。


 ジュリアは触手を何本か伸ばして、知恵の輪をつくるように何重にも絡めた。彼女の考えるときの癖だ。


「深淵属性のモンスターはトップシークレット扱いになりマス。ですが、まったく危機感がないのは困りますのデ、情報は都度公開していく。それも不安にならないレベルでと……まあ大変ですネ。伝えるにしても、やはりある程度の時間は必要かト」


 ある程度の時間とは、人が今の状況に慣れるかだろう。

 管理局ではおそらく、ずっと警戒態勢がつづく。


「……結晶存在の親がまだいると思う?」

「オソラクは」


 結晶存在も無限ではない。ホストモンスターを倒せば湧きは消滅する。

 遊園地で沸いたのも大きかったな。

 もしあれが子なら親はどれだけ成長しているのか……。


「ジュリアは……権太郎には救援をお願いしたんだよな」

「はいな。エルナ、以前に『助けが欲しかったら言え』と言ってくれマシタ。面倒見がいいのは変わっていなくて嬉しいデス!」


 権太郎は危険に飛びこむ覚悟はもう決めたのだと思う。


 異世界から帰還して第二の人生。

 美少女として可愛い女の子たちとキャッキャウフフで華やかな……華やかと言っていいのかわからないが、新たな人生を手放すつもりだ。


 なら僕は……。


「ジュリア、あのさ」

「ラブー!」


 ジュリアは大きな触手を伸ばしてきて、僕の下半身を呑みこんだ。


「うおおおおおおお⁉⁉⁉ ぬめぬめするうううう⁉⁉⁉」

「わぉーお! はじめを生で感じマース!」

「ちょちょ⁉ いきなりどうしたんだよ⁉」

「エルナが『はじめが思いつめた顔でなにか言いかけたら遠慮なく呑みこめ。愛で包んで癒してやれ』とメッセージを送ってきていましたので」


 うぐっ……僕の行動が先読みされている……。

 しかし大人として……やはり、このままってわけにも……。


「はじめ。アナタがなにを選択しても、わたしたちはその意思を尊重しますヨ」

「だけど……やっぱり責任とか、あるじゃないか……」

「うむー??? なるほどなるほど! エルナが言ってたことがワカリマシタ!」


 二人のあいだでなにかやり取りがあったらしい。


 するとジュリアはいつも仲間を支えていた優しい笑みでたずねてきた。


「はじめ、アナタの旅は異世界救済が目的でしたカ?」

「え?」 


 僕が呆けていると、エルナは触手の拘束をほどく。ニコニコしながら近づいてきて、僕の腕に大きな胸を押しつけながら言った。


「はじめ、わたしとデートしましょうカ」

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