第29話 おっさん、プレミア化する
テロリスト襲撃事件から何日か経った。
世間はもっぱらテロの話題で持ちきりだ。
テロリストのリーダーが元管理局の職員だったこと、また政府高官が関わっていたことで、管理局の体制も問われた。
が、テロリストに扮する特殊部隊(正確にはジュリアのモンスターに寄生されたテロリスト)の活躍により、権威を失わずにすんだとか。
僕も権太郎も、管理局からの調書をさすがに受けた。
と言っても、半覚醒者として話しただけで異世界の話はノータッチ。
僕たちは半覚醒者のステージが進行している、ということになっている。
このあたりはパーティーに向かう前、みんなで相談して決めたことだ。異世界の話はまだ時期じゃない、と。僕もそう思う。
ジュリアが立会人になったようで、シークレットな取り調べにもなったと思う。
厨二病魔法の説明にものすごーーーくメンタルは削られたが、数時間で解放。
僕のスマホに『ガジガジしたいです』とメッセージがきたので、ジュリアが手を回してくれたのだろう。今度傷薬を大量にもって会いにいかなければいけないな。
そんな仲間のありがたい助けもあり、僕はなんでもない日々に戻る。
昼下がりの案内所。
今日は冒険者も少なく急な仕事もないので、冒険者招致の企画書を進めていたのだが。
「うーん……」
まったく進まない。
キーボードを叩くも、あかさたなと意味もない入力がつづいた。
仕事が手につかないな。ここしばらくいろいろあったからなあ。感情の整理が追いつかない。
それにだ。僕はネットニュースをチラ見する。
『噂のジャッジメントおじさん、テロに関与か』
『テロ事件は鳩おじさん降臨のための儀式だった⁉』
『お助けおじさん降臨せず。テロリストあえなくお縄!』
なんで?
なんで???
「なんで?????」
なにがなにやらで……もう頭の処理も追いつかない。
元々鳩おじさんは不思議な力で悪党をギルティするネットミームとなっていたが、ジャッジメントおじさんの件でそれがさらに加速。
困ったときにはどこからともなくやってくるお助けおじさん化した。
すべてのいさかいに神のごとき降臨するMAD動画なんてのもある。
テロリストがなにも語らないこともあり(寄生モンスターの影響もあったらしい)、テロ事件には隠された秘密があったのかもと想像の余地が生まれてしまった。
その余地に、巷のジャッジメントおじさんがすべりこんだ。
煽っているのは程度の低いネットニュースだが、SNSでは大盛りあがり中。
奇しくも、急須の言った面白い話にみんな飛びついたようだ。
「おじさんおじさん、おじさんねー……」
自分の恥部が世界中に拡散されていく、このやるせなさ。
ふふっ……ワールドワイド厨二病。別人格のせいだってことにしたい。
そういえば多重人格プレイもやったなあ。
くっ……右手がうずく、今の俺に近づくな! 奴がでてくる!
みたいなノリでさ。くっ……羞恥心がうずく!
僕が諸々うずかせていると、佐々原君の瞳がめざとく光った。
「おやー? 終里さん、どうしました? ね、どうしたっスか?」
「佐々原君は隙あらば僕の隙を見つけようとするよね」
「もちろんっス!」
「なにがもちろんだよ。さ、仕事仕事」
僕はパソコンに向きあうも、佐々原君はニヤリと微笑む。
「終里さんさっきから仕事進んでないじゃないっスか」
「君は僕の仕事を逐一チェックしているのかい……?」
「暇を見つけては!」
「自分の仕事しなよ。本当に」
佐々原君は唇をとがらせた。今日は久々に暇だし話し相手が欲しいのだろう。
だが僕だって話し相手を選ぶ権利があるのだ。
と、佐々原君の机にジャッジメントおじさんアクリルスタンドが置いてあったことに気づいた。あれは姪っ子産か。
「買ったんだ……それ……」
「ジャッジメントおじさんのことっスか? 販売一秒後に即買いましたよー!」
「熱意がすごい……」
「今ではプレミア値がついていますよ! プレミア!」
佐々原君は自慢するようにプレミア値ジャッジメントおじさんアクリルスタンドを見せびらかせてきた。長い……。
おじさんアクリルはうすい衣装に半裸。片翼で神聖そうな兜をかぶっている。
お耽美すぎる僕のアクスタ化には目をそむけたくなる。
「なにも机に飾らなくても」
「霊験あらたかな効果がありますからね。毎日拝むために置いているんっス」
「ネットミームだよね?」
「いいえ! 美容健康金運アップ! 仕事も対人関係もバツグンによくなり、腐った水も綺麗な水に変わったと評判なんです!」
「なにかの宗教?」
「ジャッジメントおじさんは変な宗教じゃないっス‼」
「カルトにはまった人はみんなそう言うんだよ」
佐々原君は「なに言うんスか、神罰がくだりますよ!」とぷりぷり怒った。
異世界で邪神を崇めていた連中と同じ反応している。あのアクリルスタンドは破壊したほうがいいんじゃなかろうか。でも姪っ子産だしなあ。
「……そういえば、つづきちゃんのだよね。それ」
「そっスよ?」
「ネットの人たちも販売をよく許しているよね」
「つづきちゃんが非公式の公式みたいなものっスからね。あと本人も超人気なので」
僕が不思議そうにしていると、佐々原君が糸目をさらに細めた。
「えー、ありえないっスよ、その反応」
「い、いや人気なのは知っているけど」
「おじさんで伯父さんっスよね?」
「一応」
「ダンジョン大会の活躍だけじゃなく、テロリストに立ち向かったんですよ? ファンが増えますよ! 人気がでても本人えばる感じもないですし、古いファンもそういった呑気なところを推していたみたいっスね」
「……ううん、なるほど」
テロ事件後、つづきちゃんに変わった様子はない。
というか、僕たち異世界組と出会っても態度を変えた様子はない。
姪っ子が普通の反応すぎるゆえ忘れがちになるが、こっちの世界に入り浸らせるのはちょっとよくないかな。
「わたしもつづきちゃんのこと好きですね。呑気で自然体で……妙に堂が入っていて……落ち着いていて……」
佐々原君が言葉を止める。
そして文句ありげに僕を見つめてきた。
「なにか?」
「……終里さんがつづきちゃんに似たんっスね!」
「まーた失礼なことを考えてるな」
佐々原君はちょっと恥ずかしそうに目を逸らしたので、僕は仕事に戻った。
といっても作業は進まないが。
テロ事件だけじゃない、考えることは他にある。
管理局の調書はつづきちゃんにも行われた。とはいっても厳しいものはなく、ほとんど世間話みたいな感じだったとか。配信見ていますよなんて雑談もあったとか。
問題はそこじゃない。
保護者として、妹が管理局に迎えに来たのだ。
僕も調書を受けていたのでバタバタしていた。そのあたりの事情を察してくれたのか、妹は事情もあまり聞かずに姪っ子を連れて帰宅した。
聞きたいことがあるだろうに、なにも言わない妹に戸惑う。
つづきちゃんが話すと言ったが、僕からきちんと話すことをその場で約束した。それから話の場をもうけようとしたが、お互いの仕事が忙しくなりタイミングがなかなか合わなくて今に至る。
……今度の日曜日ならいけるか。会いに行こう。
つづきちゃん曰く、僕を点数式でチェックしているみたいだし、0点になったらどうなるのか考えただけで怖い。
僕がそう考えていたとき、佐々原君が驚いた声をあげた。
「あれ? つづきちゃんの配信チャンネルが休止になってる?」
「へ?」
僕はたしかめようとしたのだが。
その前に、スマホにメッセージが届いた。
『兄さん、持ち点0です』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます