第25話 おっさんは何度も想定していた

 テロリストだって⁉⁉⁉⁉⁉⁉


 僕が一体どういうことなのか聞く前に、ジュリアは素早くスマホをひらいた。


 配信映像だ。パーティー会場が映し出されている。


 そこでは、武装集団が来賓たちを取り囲んでいた。

 奴らはモンスターの被り物をつけて、突撃銃みたいなものを構えている。重厚そうな装備は冒険産のようだが。


 ベヒモスの被り物をつけた男が叫ぶ。


『我々は、新人類革命軍である‼‼‼』

「新人類革命軍? こいつらが……!」


 権太郎の言っていた活動家の集団だ。


 半覚醒者の存在を隠している国に反感を抱いているとは聞いた。暴力も辞さないらしいが、ここまでやるとは思わなかったぞ。


 ベヒモス頭の男はつづけざまに叫ぶ。


『我々は肥えるに肥えた貴様らの腹を食い破る、革命者である! 腐敗した肉どもよ! 人類に富を還すときがきたのだ!』


 来賓はすっかり怯えきり、今にもパニックを起こしそうだ。

 しかし武装集団が銃をチラつかせて、その場に全員を座らせる。


『貴様らは人質だ! 政府が我らの要求を呑まないかぎり、明日は来ないと思え‼‼』


 僕はジュリアを見つめる。


「要求ってのは?」

「……多額の身代金みたいデスね」


 ジュリアは苦々しく言った。


 腐敗した肉だの言っておいてそれかよ。

 僕が憤慨していると、ベヒモス頭の男がトドメとばかりに天井に向かって縦を乱射した。


『動くな‼‼‼ 我々の許可なく動くことを禁じる‼‼‼』


 悲鳴があがったが、再度銃が乱射されて無理やり静かになる。


 いま現代だよな⁉ ここ日本だぞ⁉

 なんで銃を当たり前のように持っているんだよ!


 その疑問にはジュリアが答えた。


「海外冒険装備を改造したようデスね。日本での一般使用も販売も規制されていますが、学術研究目的で取り寄せはできたりと入手はそう難しくないデスー……」

「……完全規制は無理か。個人で楽しむ人たちわりといそうね」


 そういえば裏社会の奴らも当たり前のように武装していたなあ。

 ダンジョン事象が進行すれば規制はもっとゆるくなる気がする。


 とにかく考えるべきことはあと!

 つづきちゃんを助けにいかなきゃだ!


 僕が光を纏おうとしたのだが。


「ま、待ってくだサイ!」


 ジュリアが慌てて止めた。


「どうしたんだい?」

「新人類革命軍はワタシも耳にしていまス。彼らの目的はおそらく身代金じゃありまセン。半覚醒者を衆目に晒すことだと思いまス」


 僕は光を纏うのをやめる。


「テロでみんなの注目を集めて?」

「身代金もすぐに払える金額じゃアリマセン。もしかして、ですが……」


 ジュリアが言い淀んだので、僕が答える。


「半覚醒者がパーティーでなにかお披露目する情報が外部に漏れたかも?」

「スミませーん……」

「ジュリアが謝ることじゃないさ」


 僕はそう言って、大きく息を吐く。


 ふうううううう……落ち着け落ち着け落ち着け。つづきちゃんは半覚醒者。ペンダントを機能させれば自分の身は守れる。


 それに権太郎がそばにいる。人質は絶対大丈夫なはずだ。


「……そうか、権太郎も同じことを考えたのか」

「だと思いまス。だから魔法は使わずに、今は様子見しているのかと」


 やろうと思えば、無詠唱魔法でみんなをすぐに助けられる。


 だけど先日『半覚醒者の力を目の当たりにした人は、半覚醒者として目覚めやすい傾向にある』なんて話を聞いたからな。配信で注目が集まっている中で力を使えば、世界にどれだけの影響があるかわからない。


 テロリストもそれを考えて……?

 半覚醒者そのものを要求にいれないのは、なにか思惑があるのか?


「テロリストはパーティー会場だけかい?」

「ツインタワー全体に散らばっているようデス。長期戦覚悟みたいデスー……」


 タワー内に誰も近づけないようにする気か。

 なら巡回がすぐにでもやってきそうだが。


 そう考えた矢先、更衣室のドアノブに手がかかる音がした。


 僕もジュリアも高速で動き、扉の脇に待機する。


「――誰かいるのか⁉」


 ハイウルフの被り者をかぶった男が入ってきた。


 他に誰もいないことを確認してから、僕は魔法を使う。


闇へのいざないブラック・ショック

「がっ⁉」


 当身だ。

 首筋に手刀をあてると、男はその場で気絶した。


 念のために魔法っぽくない魔法を小声で使っておいた。

 人間は首にチョップしても気絶しないらしいが、この魔法を使えばチョップで気絶する。物理っぽい魔法だ。


 僕はこんな魔法ばっかりだ……。


 頬をほんのり熱くさせていると、ジュリアが瞳を輝かせた。


「さすがデース!」

「? これぐらいなんてことないのは知っているだろう?」

「今日のコトをずっと想定していたのデスネ!」

「??? テロリストに襲われる想定なんて……」


 異世界でも似たようなことは何度かあったが、現代社会でテロリストに襲われるなんてさすがに想定していなかったぞ。


 僕が首をかしげていると、ジュリアが尊敬の眼差しを送ってくる。


「若い頃のはじめ、と言いマした! だから魔法っぽくない魔法もたくさんデース!」

「…………………………………うぇぁぬぁ」

 

 声にならない声がでた。

 背中にじっとりとした汗を感じ、若い頃のやらかしが浮かんでは消える。


『俺の魔法やスキルは対テロ戦も想定している……』

『派手な魔法ばかりが能じゃないってね……。闇にカクレロ……』

『学校にテロリストが襲い掛かってくる……。何度想定したか覚えていないな……』


 ……………。

 …………ひゅぼっと、変な息の吸い方をしてしまう。


 うおおおおおおおおおおおおおおおん‼‼‼

 僕めえええええええ、昔の僕めえええええ‼


 羞恥心がふりきれすぎて悶絶しかけたが、ここでぶっ倒れるわけにはいかない。なんとか意識を保って、心の底からしぼるように言った。


「言ったね……魔法っぽく見えないように戦えるよ……」

「わーぉ! 傭兵っぽくいけますカ!」

「いけるよ……実は凄腕のプロ傭兵だったっぽく戦えるよ……」

「プロ傭兵⁉ それはすごいでスー! はじめはやっぱり最高デスー!」


 プロ傭兵プロ傭兵とはしゃぐジュリアは、無邪気にメンタルダメージを与えてくる。


 ふふ…喜んでくれるなら、なによりだよ……。ふふ……。


「っと、忘れるところデシター」


 ジュリアは転がっていた男の前でしゃがみ、男の耳付近に手を添えていた。


哲学的ゾンビマインド・ボム


 男の両手足が痙攣しはじめ、ガタガタとふるえた。


 しばらく痙攣していたのだが、男はゆっくりと起きあがり、「ふう……誰もいないか。問題なし」と言って、何事もなかったかのように廊下を巡回しに行った。

 おぼつかない足取りはちょっとゾンビっぽい。


 僕は大丈夫かなーと敵ながら心配してしまう。


「ジュリア……こっちでモンスターを寄生させても大丈夫なの?」

「はいな! 愛の眷属、みんないい子いい子デス!」

「寄生生命体Xだっけ……今は、ジュリアに従ってくれるんだね……」

「ワタシを母親と思ってくれてイマス! 愛いっぱいデス!」


 ジュリアが使ったのはモンスターの特技だ。

 寄生生命体X……物騒そうな名のとおり、実際物騒だった……。


「たしか……宿主は寄生されていることに気づかないんだよね……。自分の主体性だと思っていたのがモンスターの意思っていう……」

「いぇす! これで彼らの定時連絡も誤魔化せまース!」


 ジュリアが親なので素直に言うことを聞いてくれるのはたしかだろう。

 でもそれ蟻のメカニズムに近いというか、そこに愛があるのか一応聞いた。


「愛の力?」

「愛のなせる技……ラーブラブです‼」


 ジュリアは両手でハートマークを作ってみせた。


 ジュリアの明るさとは裏腹に、モンスタースキルは危なっかしいのが多いんだよね……。

 まあ銃で撃ってくる相手だしと、自分に言い聞かせる。


 さあ、テロリストと戦っていこう。

 プ、プロ傭兵らしく……!

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