第20話 おっさんは有名人になる

 ダンジョン大会から幾日がすぎた。


 大会終盤で起きたIGモンスター大量発生。


 ニュースでは連日のように取りあげられていて、運営体制と一部冒険者との癒着が指摘されていた。騒動の発端となった人間は、ダンジョン管理局が身柄をあずかっている。法施行がまだまだ整っていないダンジョン界隈、現行法と照らし合わせながら処罰するそうだ。


 ヌモトとその伯父に関しては、信用も権威もすべて失ったのは間違いない。


 ラビリンスも組織を根本的に見直すらしい。


 複合商会の性質上、各商会の顔役として在籍しているだけの人間がチラホラいたらしい。天下り先にもなっていたとか。今後は若手中心に新たな改革にうってでるとかで、風通しのよいダンジョン攻略の日々がやってくればいいと強く思う。


 裏社会だのなんだのいろいろあったが、まあ僕の日々は変わらない。


 昼下がりの案内所。

 僕は仕事机の前でパソコンとにらめっこしていた。


「うー……目がしぱしぱする……」


 冒険の日々より、毎日着実に仕事をこなすほうが大変だと思う。

 僕の仕事が遅いってのもあるだろうけどさ。


 大昔『48時間戦えますかー!』なんてサラリーマンを煽るCMがあったが、正気の沙汰じゃないな。

 異世界にいるあいだに働き方改革があったようで感謝感謝だ。


『――裁きのときである‼ 光翼降臨・輪廻ジャッジメント・デイ‼‼‼』


 案内所で、聞き覚えのある声がひびいた。

 若い冒険者たちがスマホで動画を見ながらはしゃいでいる。


「ジャッジメントおじさん、何度見てもすげーーーー‼」

「なっ! IGモンスターの群れを瞬殺だぜ‼」

「あの鳩おじさんってマジ?」

「マジマジ! 鳩おじさんって、ガチでピンチのときにやってくるんだな!」


 ジャッジメントおじさんすげーすげーと言いまくっていた。


 進化……している……。

 鳩おじギルティおじから……ジャッジメントおじさんに……。


 好意的に言っているのとは思うけれど、アラフォーおじさんにつける冠ではない。

 正体はバレないようにしていたが、あれだけ奇天烈なできることは鳩おじ以外ありえないと、ネットですぐに確定された。


 しかも今回は一部界隈だけじゃない。

 僕はタブを切り替えて、ネットニュースを流しで見る。


『ジャッジメントおじさんの正体に迫る‼』

『鳩おじさん、ダンジョン管理局との関係が⁉』

『ついに判明! 鳩おじさんの正体(結局わかっていない)!』


 憶測やら推測やらPV稼ぎやら……。

 テレビでも放映されたんだよな……あの動画……。


 IG大量発生事件なんてもっと報じてもいいのに、ジャッジメントおじさんのインパクトが強すぎたのか話題はそっちに流れていた。


 僕の厨二病、世界デビューしました(瀕死)。


 ジャッジメント・デイなんてたいそうな名前をつけていたせいか、ごく一部で終末論まで語られているのは申し訳なくなる。


 ネットニュースを軽く読む。


『巷のジャッジメントおじさんですが……ダンジョン管理局の新たな執行官ですよ。ダンジョン犯罪は昨今急上昇。管理局も権威誇示のために、センセーショナルな登場を目論んでいたようですね。管理局関係者A』


 誰だよ‼ 管理局なんてしらんって!

 うぐぅ、この手の関係者って、清掃アルバイトでも関係者を名乗れるらしいな……。


「はああ…………執行官ね……」


 執行官とは多発するダンジョン犯罪のため、強権を持たせた治安維持の人間だ。

 面倒な手続きを省略して、現実世界でも権力を行使できるらしい。


「終里さーん、重い溜息はさらに老けるっスよー?」


 佐々原君が椅子をギコギコと鳴らしながら言った。


「おじさんが老けてもおじさんのままなだけだし……」

「今日は卑屈なツッコミですね。元気なさげっスか?」

「いろいろ……ありすぎてさ……」

「まあ、大会上位の賞品は惜しかったっスねー」


 佐々原君はあんまり残念そうには言わなかった。

 そこは悩んでいないのだが。


 ラビリンス主催の大会だが、もちろん緊急中止。

 おかげで賞金も賞品もなし。

 ただその代わり、全参加者に補填金がかなり多めに支払われることになった(癒着していた人間の関係者以外)。


 そのおかげで参加者から大きな不満はでていない。

 僕も臨時収入をけっこー得ていた。


「仕方ありませんね、終里さんにはコレを貸してあげるっス!」


 佐々原君は机の奥からなにかを取り出す。


 そして僕の机にコテンと置いた。


「はい、鳩おじさんアクリルスタンド」

「……………」


 鳩で顔が隠れたおじさん(僕)のアクリルスタンドに眩暈がした。

 ちなみに姪っ子産だ。許可したのは僕だけども本当に商品化するとは。


「話題の鳩おじさんですよ。困ったときに拝んだら万事うまくいくらしいっス」

「うそーん」

「試しに拝んだらどうっスか? なんだか馬鹿馬鹿しくなって気が楽になりますよ」

「佐々原君は無自覚で僕を刺しにくるね……」

「?」


 不思議そうな佐々原君の前で、僕はぐでーんとした。


 姪っ子曰く、鳩おじさん公式アクリルスタンドの売上げは好調らしい。

 そんな喧伝はしていないのだが、ネットミームのせいでユーザーたちが『拝んだら体調がよくなるかも!』なんて付加効果を勝手に広めているとのことだ。


「人気……なんだね……」

「あれだけ派手に活躍すればそれはもう超人気っス。あ、次弾は例のジャッジメントおじさんですよ! 霊験あらたかな効果があるとか!」

「神格化されている……」


 僕はすがるような思いで、鳩おじさんアクリルスタンドにぱんぱんと拝む。


 うん! なんだか全部が馬鹿馬鹿しくなってきた!

 ひらきなおりの効果すごーい。


「そういえば終里さん、あの二人を招致する件どうなりました?」


 あの二人とは、つづきちゃんと権太郎のことだ。

 僕経由でどうにかイベントなどに誘えないかと、案内所に連絡がたくさんきている。


「……家庭の事情でね。厳しそうだよ」

「そっかあ、残念です」

「ご飯は食べたいと言っていたから、食事の席で改めて誘ってみたら?」

「ふふんっ、そんなことはしません。仕事は仕事。食事は食事ですよ?」


 佐々原君は鼻で笑った。鼻で笑うところなのだろうか。


 二人には個人的に会いたいらしく、みんなで食事することになっている。

 大会はお流れになったけど超健闘しましたよね賞とのことで、大奮発するだとか。まあ僕の財布からもいくらか出してあげよう。


「けれど、エルナちゃんみたいな新世代冒険者ダイバーがいたら業界も安定ですねー」

「……そーだね」


 旧世代の異世界冒険者だけども。


 ちなみに権太郎はネットニュースやら商会やら、ダンジョン関連のオファーがかなりきているらしい。

 超強くて若い冒険者で美少女(男)だ。引く手あまただろう。


 権太郎、全部断っているが。


 ……冒険は仲間とだけと言っているし、仕事でも関わる気はないのだろう。

 もったいない気はするが。


 つづきちゃんは本当に家庭の事情だ。

 ダンジョン配信やアクリルスタンドはまだしも、広告塔としての仕事は妹がさすがによしとしない。

 娘のダンジョン攻略にもいい顔はしていないようだしな。


「はあ……」

「本当どうしたんっスすか? いつになく湿ってますねー」

「ああ、悪いね。……考えごとがありすぎてね」


 大会以降、僕の身の回りで大きな変化はない。

 それはもう不自然なぐらいに。


 事件間近にいた僕たちはもっと事情を聴かれると思ったが、管理局からはあっけなく解放された。権太郎は身元を誤魔化しているので、深く調査されたら危なかっただろう。 だがあくまで事情聴取だけ。


 ……裏社会とトラブルを起こしたときにも感じた、誰かの意思。

 


 管理局で仕事すると言っていた。僕たちのために手を回してくれたのだと思う。


 お礼を告げに会いに行かなきゃと思うが……。

 会いに………………行かなきゃと思うが………………。生きて帰れるかな……。

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