第19話 おっさんの明るく楽しい冒険生活

 高難易度の山岳エリア。

 上空のドローンが投影スクリーンを映し出し、実況アナウンサーが興奮気味に叫んでいた。


『つづき選手、ここで大大大大ッ快進撃だーーーー!』


 ロックワームが岩場から湧き出てくる。

 全長10メートルはあるBランクモンスターは、姪っ子を補足するなりゴツゴツした身体で突進してきた。


「ギシュイイイイ!」

「無駄だよ」


 つづきちゃんは木の葉のようにヒラリと舞い、空中で腕を交差した。


「交差する風よ! 切り刻め!」


 十字の風が放たれる。

 中級風魔法はロックワームのゴツゴツした身体を切り刻み、あっというまに倒してみせた。


『一撃‼ 一撃です‼‼‼ エルナ選手の影に隠れていましたが、つづき選手ここで才気を輝かせたああああああ‼』


 実況アナウンサーと共に、コメントも大盛りあがりだ。


 つづきちゃんの古参ファンらしきコメントもあり、『知ってた』『つづきちゃんはできる子』『彼女はこれぐらいやってもらわなきゃ困る』と流れている。

 なぜだか両腕を組みなが後方でうなずいている姿を想像した。


『おおっと⁉ ここでシーバードの群れです‼』


 シーバードの群れがやってくる。Cランクモンスターだ。


 トビウオのような羽の鳥モンスター相手に、つづきちゃんは勇ましい表情で迎撃しようとするのだが。


 光の矢がまたも横から飛んでくる。

 弓使いの男が安全な位置から横殴りでまたかすめとるつもりなのだろう。

 しかし。


「風の刃!」


 つづきちゃんは風の刃を幾重にも放った。

 風の刃はシーバードの群れだけでなく、光の矢も一緒にすべて迎撃してみせる。


『壊滅うううううう! つづき選手の順位が上昇するうううううううう!』


 つづきちゃんはいつもの眠たそうな瞳で、ふうと息を吐いていた。


 うん、どこからどうみても強者っぽい。

 今の姪っ子はステータスだけでなく、動きも超一流のプロ冒険者だ。


 僕はドローンの死角になる岩場から、ひょこひょこと動きながら彼女をサポートしていた。


「久々に使ったなあ。今、心を重ねてシンクロ・ステップ


 対象を操ることで自分と同調させる厨二病魔法。


 僕のステータスだけでなく魔力も多少シンクロするので、つづきちゃんは今Aランク相当の冒険者になっている。そこに僕の経験をプラスさせているわけだから、強いなんてものじゃない。


 異世界で『同時攻撃じゃなきゃ倒せないモンスター』がいると思って作った魔法。


 だがそんなモンスターは一度もあらわれなかった。

 一度もあらわれなかったのだ……。


 僕の厨二病魔法は実用性無視したものが多々ある。

 多々あるんだ……。


「がんばれがんばれ、つづきちゃん!」


 応援しながら姪っ子を徹底サポートする。


 早く片をつけなければ危険だ!

 なにせ今の僕、岩場でひょこひょこと動いているおっさんだからな……!


 つづきちゃんが注目を浴びてはいるが、僕に気づいた極少数のリスナーが『ひょこひょこと動いているおっさんがいる』と話題にしている。


 うぐぐ! 早く片をつけなければ危険だ……!


『つづき選手、ここで余裕のポージング炸裂だあああ⁉⁉⁉』


 つづきちゃんは岩場できどったポーズをとっていた。


 ごめん……。この魔法、要所要所でポージングを決めなきゃいけないんだ……。


 僕の厨二病魔法は実用性無視したものが多々ある。

 多々あるんだ……(2回目)。


「ドヤァ」


 いや姪っ子なんかけっこーノリノリの表情だな?

 さすが終里の血。適性があったのかもしれない。

 よかったよかった。


《兄さん……?》


 妹の冷たい表情が脳裏に浮かんできて、僕は慌てて次のモンスターを撃破しにいく。


 こうも姪っ子が活躍すると、他の冒険者ダイバーたちがお邪魔しようとわらわら集まってくる。


 岩場でちょこんと座っていた権太郎が、すくりと立ちあがる。

 そして可憐可愛いあざといポーズで両手を前にかざした。


「うなれ大波! すべてをつつむ母なる大海になってください!」


 無詠唱できる権太郎がいちいち魔法詠唱トリガーワードを述べる必要はない。これは彼なりの警告だ。


 大波がエリア全域をおおうように発生する。


 集まってきた冒険者たちは対応したが、権太郎が少し本気をだせば防げるはずもない。エリアのモンスターごと全員まとめて大波の餌食になっていた。


「のわああああああ⁉」「ぐええええええええええ⁉」「びゃあああああああ!」 


 権太郎は叫び声を聞きながら涼しい表情で立っている。


 くーっ、やっぱり権太郎はかっここいいなああああ!


「みーんなまとめて、お仕置きしちゃいました♪」


 甘々トロトロなボイスで、権太郎はえへへとスマイルする。


 うぐぐくっ……! うぐうううう……ううう……!

 今大会だけで白髪が何本も増えた気がする……!


 100パーセント安全だが、姪っ子を前線に立たせて不安。厨二病魔法による羞恥心。そして権太郎の美少女仕草に、胃酸がどばどばとあふれている気がした。


 うぐぐぐぐぐぐ!

 早く片をつけなければ危険だ……(3回目)! 


 大魔法をはなった権太郎は、爽やかな草原でも歩くように濡れた岩場を歩く。

 そして、例の弓使いの男の前で歩みを止めた。


「くそが‼ 舐めた真似しやがって!」

「すみません。わたしの魔法、ちょーっぴりと範囲が広いみたいですね」

「はっ……! そっちがその気ならトコトンやってやるよ!」


 弓使いの男は地に伏せながらも仲間に目配せして、いっせいに襲いかかる準備を整えようとしていた。


 失格扱いになっても徹底的にやりあうつもりか。

 ヌモトから美味しい話が確約されているのかもな。


 だが勝敗は決している。


「へ⁉ あ、あれ……⁉ 起きあがれない……⁉」

「あらあら、どうされましたか?」

「ひっ⁉」


 権太郎に微笑みかけられて、弓使いの男は青ざめる。

 原因はわからないが、この少女(男)がやったのだと直感でわかったのだろう。


「わたしの大魔法にびっくりして腰がぬけちゃったようですね。今大会はずーっと腰がぬけちゃったままかもですねー♪」


 あの大波には『永続スタン』が付与されていた。


 権太郎は多彩な魔法にからめ手まで使えるから強いんだ。1対多を特に得意としている。長かった異世界の冒険で何度助けられたことか。


 弓使いの男は怯えていたが、それでも悪態をついてくる。


「じょ、上位連中に喧嘩を売って……これからの冒険が苦しくなるぞ⁉」

「そうなんです?」

冒険者ダイバーは横のつながりを大事にするからなあ! 嬢ちゃんが他の大会に出たとしても徹底マークされるぜ⁉ 美味しい思いはもうできないってな!」

「逆じゃないです?」


 権太郎は微笑みを崩さない。

 僕はこわー……と思いながら姪っ子をコントロールしつつ、聞き耳を立てた。


「ぎゃ、逆?」

「美味しい思いができないのは貴方たちですよね」

「はあ⁉」

「まさか、わたしを徹底マークしたぐらいでなんとかできるとでも」

「な、なにを馬鹿な……」

「どちらが上で、どちらが圧倒的に格下か……。これから何百回もわからされたいんです?」


 権太郎の笑顔の圧に押しきられて、弓使いの男はあうあうと口をひらいている。


 そんな彼に、権太郎は「誰を切り捨てるべきかは……おわかりなのでは?」と伝えていた。


 弓使いの男は慌てて叫ぶ。


「ヌ、ヌモト! すまねーーーー―! 俺にはこいつらを排除できない‼ お前の美味しい話はなかったことにしてくれええええ‼‼‼」


 そこらで転がっていた奴らも「ヌモト」「ヌモト」「ヌモト」と口々に叫んだ。

 撮影ドローンはその様子をしっかりと捉えていて、スクリーンで流れるコメントはヌモトを非難するものが一気に増えていく。


 権太郎が笑顔で僕を見つめてくる。

 彼らにとっては悪辣でも、僕にとっては優しい笑顔だった。


 ありがと、つづきちゃんの今後もあるからな。僕の魔法と権太郎の脅しで変なちょっかいをかけてくる奴はいないだろう。そんでもって冒険がもう少し夢見られるものであるかは……若い世代が作っていけばいいか。


 さ、明るく楽しい冒険生活のためにも原因はこらしめておきますか。

 甘い蜜を吸おうとズブズブにやっていた奴がどうなるか……のちのち参考映像として残るぐらいにはね。


 若い頃のやらかしは、歳を食ったあとにも効いてくるよ。ホント。

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