第14話 おっさんは過去を尊ぶ

 スタジアムが解放されて、数百名もの冒険者ダイバーが各ゲートから入場する。


 ゲートがダンジョンへの入り口となっていたようで、スタジアム内部にはたどりつかず、うす暗いトンネルを長々と歩きつづける。いたるところで剣やら斧やら金属がガチャガチャとかちあった音が鳴っていた。


 そうして長いトンネルを抜けると、一面の大荒野が待ちかまえていた。


「これはすごいなー‼」


 僕は切り立った崖から叫んでいた。

 崖からは大荒野を遠望できるが、一つの県はありそうなぐらい広い。


 そこに巨大な迷宮があったのだ。


 迷宮の壁は10階建てのマンションぐらいはあるようで、どでーんと聳え立っている。迷宮内部には、大部屋小部屋がいくつもあるみたいだ。仕掛けがあるのか霧で見えなかったり、大樹が生えていたりした。


 あと上空では、何十ものドローンが飛び交っている。


「ほうー、大迷宮都市を思い出すのう」


 権太郎が懐かしげにつぶやいた。


「攻略するのに時間がかかったよなあ。いろいろありすぎて」

「お前さんは本当にこだわりが強いからの」

「あ、あのときは……厨二病こじらせ真っ最中だったから……」

「前も言ったが、はじめの根っこはそう変わっておらんぞ?」


 やけに確信したように言うので、返すことができなかった。


 ちなみにそのときの権太郎はまだ男だった。

 歴戦の戦士みたいな容姿でかっこよかったんだよ。僕が厨二病をこじらせて黒衣の剣士プレイしていたとき、参考にしたのは権太郎だったし……。


 魔法使い、大和路権太郎やまとじごんたろう(男)。

 超かっこよかったんだ……………。


 昔話をしていると、つづきちゃんが笑顔を向けてきた。


「二人とも楽しく話しているところ悪いけど……ちょっと詳しいルール説明いる?」


 僕たちは苦笑しながらうなずいた。


 つづきちゃんが教鞭をふるように指先をふる。


「この大会はポイント制だよ。獲得した経験値で順位が決まるの。配られたカードに獲得経験値が反映されるから無くさないでね」


 僕はさっき渡されたカードをポケットの上からさわった。


 つづきちゃんは話をつづける。


「迷宮内のセーフエリアには、宿屋やアイテムショップも存在するの。ポイントを消費して利用できるけど……そこは順位と相談だね」

「期限は明日の夕方までだっけ……コア破壊が一番ポイント高いんだよね?」


 僕がたずねると、つづきちゃんは迷宮中央を見つめた。


「うん。でも迷宮はエリアごとで分かれていて、一定ポイント稼がないと通過できないの。奥は高レートのモンスターがいて危ないからね」

「このダンジョン自体のD指数は低めだよね?」

「それでもダメージを食らったら痛いよ。行動不能にもなる」


 多少の危険性はエンタメ重視だからか。

 プロ部門だし、有望な冒険者を見出したのかもしれない。

 ラビリンスが高難易度ダンジョン下でのシミュレーションパターンを、いくつも欲しがっているとも聞いたことがあるな。


 ま、異世界でのガチサバイバル攻略よりマシか。


 権太郎が頬に指をあてながら聞く。


「最奥のダンジョンコアを一直線に目指せんのか?」

「最終日にラストエリアが解放されるから、結局はそれまで稼がなきゃダメ」

「……ふむ」


 権太郎が長いまつげをゆらして考えこんだ。異世界でもよく見た表情だ。いろいろ思案にふけっているのだろう。


 僕は他に気になっていることをたずねる。


「つづきちゃん、経験値の共有はどうなるの?」

「おじさんとエルナさんでPTリンクしたから三つに分割されるよ」

「ってことは、PTのままだと不利?」

「ううん。ポイントは付与できるから、むしろPT推奨。ポイント付与もリンクした人だけ……最大三人までだね」


 それじゃあちょうどいい人数なわけか。


 あとはだが……。


「ところで……ダンジョン上空にドローンが飛んでいるけどさ……」

「もちろん、大会は配信されるよ」

「……さすがに上位の人ぐらいだよね。ドローンが追いかけるのは」

「足切りラインの人たちは見向きもされないよ。……でも、私たちは優勝賞品を狙いにきましたので。ぶい」


 つづきちゃんはピースサインをした。


 髪は白髪染めした。スーツは新調(安物)したし、大丈夫なはず。ただ一応のためにと、カバンを背負いなおしながら改めて言った。


「じゃ、僕は荷物持ちとしてがんばります」


 その言葉に、権太郎が片眉をあげる。


「なんじゃ? お前さん、本当に荷物持ちとしてきたのか?」

「そう言ったじゃないか」

「謙虚かと思ったぞ」

「正真正銘、ただの荷物持ちです」


 僕がそう素直に告げると、権太郎はなぜか不満そうな顔をした。


「ほーーーーーーー……」

「な、なんだよ。僕の事情は知っているだろう?」

「それでもじゃぞ」

「それでもって?」

「……ワシはじゃな。はじめと、また冒――」


 権太郎が言い終える前に、大きなファンファーレが鳴った。


 大迷宮上空では花火が打ちあげられている。

 ドローンが投影スクリーンを空に映し出し、外部の盛りあがりを紹介していた。


 カウントダウンがはじまった。

 投影スクリーンのカウントがちぢまるにつれて、あたりの緊張感が増していく。


 3、2、1と間近に迫ったので、次の言葉を聞けずじまいになってしまい、権太郎もすまし顔でいた。


『ダンジョン攻略、開始です‼‼‼』


 司会のアナウンスと共に、大荒野に大歓声がとどろいた。

 砂塵が舞い、数百もの冒険者が我先にとダンジョンの各入り口へ駆ける。


「西門! 西門から侵入しやすいぞ‼」「狩場を確保だ!」

「アタック組は東門に集まれえええ!」

「早計ですね。今回の大会にはあのS氏が関わっています。まずセーフエリアの確保です」「うおおおおおおおオレの雄姿をみろおおおおおお!」


 狩場を確保したい人やら、データ派やら、暴れたいだけみたいな人やらが武器を鳴らしながら駆けていく。


 まるでバッファローの群れだ。


 僕が姪っ子を守っていると、大柄の男が権太郎を跳ね飛ばした。


「っ! おのれぇ……なにをするんですか?」


 尻もちついた権太郎が素になりかけるが、可憐に抗議する。

 大柄の男は先を急ぎたいのか、舌打ちした。


「チッ……突っ立ってんじゃねぇぞ、ドブスチビ! そんなひらひらした格好で……ダンジョン攻略を舐めんじゃねぇ‼‼‼」


 暴言を吐き、そのまま先に行こうとした。


 ムカッときた僕は強めに言ってやろうとしたが、権太郎がつづきちゃんの手を借りながら涼しい顔で起きあがってきた。


「ありがとう、つづき。……ああ、大丈夫ですよ。はじめ」

「いいのか?」

「かまいません。あの人、今大会で


 笑顔が笑っているようで笑っていない……。

 こわい……。今の男に永続デバフを仕掛けたな……。


 権太郎はチートスキル『不変』で、魔法やスキルの効果を永続化できる。

 それでいて無詠唱ができるんだ。そんな相手に喧嘩を売るものではない。


 仲間内でも『権太郎の性別についてのツッコミはまだしも、容姿をけなすのは絶対NG』だったものな……。


 案の定、大柄の男は鈍足になった。


「な、なんだ⁉ か、身体がおもい……ち、力がぬけりゅ……」


 権太郎は「ふふふ」とたおやかに、だるんだるんになった大柄の男を見守っている。


 あとでちゃんと解除するんだよな……?

 でもかなりの暴言だったし、しばらくは解除されないだろうな……。


 権太郎は僕の視線に気づいて、花のように微笑む。


「なんですか? いまさらでしょう?」

「そーだね。いまさらだ」

「ところで気づいていますか? わたしたち、狙われるみたいですよ」


 僕たちの周りからチラホラと、侮ったような視線を感じとる。

 この雑魚雑魚PTを先につぶしてしまえという魂胆がすけて見える、底意地の悪い視線ばかりだった。

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