第12話 おっさんとTSのじゃロリおじさん

 公園近くのファミリーレストラン。

 窓際席に座り、自分用のコーヒーとつづきちゃん用ショートケーキを頼む。最近はタブレット注文というものがあって便利だ。


 店員さんが注文を持ってきて目の前に置く。

 僕がコーヒーを一口飲むと、対面の美少女……権太郎はパフェをぱくりと食べる。


「んんー、とっても美味しいです。子供の味覚だと甘味を存分に楽しめますね」


 権太郎はうふふーと天使みたいに微笑んだ。

 歴戦の戦士みたいだった彼の姿が脳裏でチラつき、メンタルダメージを負う。


 僕の隣にいたつづきちゃんが、ケーキを一口食べてからおそるおそるとたずねる。


「えーっと……その、エルナさん?」

「はい、エルナール・フォン・リリナリアです。エルナちゃんって呼んでください」

「エルナ……さんは、その、多様性的な……?」


 デリケートな問題かと思っている……。


 権太郎が美少女化してけっこう経ったが、僕はいまだ慣れていない。魔法使い大和路権太郎やまとじごんたろうのイメージがあまりに強すぎたのだ。


 エルナ呼びされてご満悦の戦友はキラキラした表情で答えた。


「そうですね。わたしの姿は多様性の一つ、です」

「なにを言ってんだよ権太郎」

「……その名でワシを呼ぶでないわ。まったく、お前さんだけじゃぞ」


 権太郎はむすっとする。

 僕も言葉は選ぶつもりでいるが、この件だけは絶対に違うと言いきれる。


「僕もさ……権太郎について、こっちの世界に帰ってきてから本で調べたよ」

「勉強家じゃの」

「結論だけどさ。精神が元々少女とかじゃなくてさ。権太郎は可愛いもの好きをこじらせて、自ら美少女になった……変態だったわけだよね」


 権太郎はのんびりとクリームを食べた。


「ふむ……可愛いものが愛おしいと思うのならば、自ら美少女になる。摂理じゃの」

「どこが???」

「ワシの趣味もこっちの世界で市民権を得ていたではないか」

「一部界隈が照らされただけだと思うよ……」


 アニメや漫画でそういったジャンルがあるのは知った。

 男が女になる過程を楽しむだけじゃなく、女になってしまったキャラクターに自己投影することもあるようで、変身願望の一種だとは理解した。

 概念は昔からあったようだが、ここ数年は目にする機会が増えたようだ。


 つづきちゃんの様子は……あ、ダメだ。話についていけなさそうな顔だ。


「時代がワシに追いついたんじゃなあ」

「しみじみしているところ悪いけどさ。なんでランドセルを背負って小学校に通っていたんだよ。まだ説明してもらっていないぞ」


 身内とは元々疎遠で好きに生きるとは言っていたが、好きにしすぎじゃないか。


 納得できる説明を待っていると、権太郎はひらきなおったのか背筋を伸ばす。


「美少女になったからにはランドセルを背負って小学校に通う。学友たちと楽しくキャッキャとおしゃべりする。道理じゃな」

「道理もへったくれもありませんが⁉⁉⁉」

「……お静かにですよ? めーっ」

「それメンタルにひびくからやめてくれないかなあ」


 美少女仕草をしている権太郎に言う。


「やっぱり権太郎の完全趣味じゃないか。卒業したらどうするの? 永遠の美少女のまま中学校に通うのか?」


 僕が矢継ぎ早に問うと、権太郎は寂しそうに微笑んだ。


「学友と別れるのは寂しいが……。また、別の小学校に通うかのう」

「なにかの妖怪じゃないか」


 歳をとらない美少女が、全国津々浦々の小学校に通う怪異を想像した。

 魔法で偽の保護者とか作り、いろいろ誤魔化しているんだろうな……。


 呆れていた僕に、権太郎が目を細める。


「ワシの趣味など、お前さんに比べたらマシじゃよ。……派手にやっておるようじゃないか、ええ?」

「……お気づきでしたか」

「コンテナ埠頭の騒ぎ、お前さん以外に誰ができるんじゃ」


 普通に暮らすんじゃなかったのかと、目でとがめてきた。


 こっちでまた大冒険して稼ごうかって話は一度したんだよな。断ったけど。さらに権太郎は『あれだけの冒険するのは仲間とだけ』とも言っていた。


 だからこそ今の生活をしているのだろうし、そりゃあ言いたくなるか。


「なりゆきで……もうあんなことはしないよ」

「どうだか。お前さんは根っこの部分は変わっておらん」

「厨二病は卒業したって」

「久々に漫画を読んで『白髪にして領域を展開するのもいいなー』と思ったじゃろ。はじめはあーゆーの大好きじゃものな」

「ははは……」


 笑って誤魔化したが、当時読んでいたら僕は間違いなくスキルで創造していた。


 ううむ……姪っ子の件を相談にきたが、脱線したというか僕に矛先が向きそうだ……。

 どう切り出すべきか悩んでいたら、つづきちゃんがおかしそうに口をひらく。


「二人とも仲がいいんだね」


 姪っ子の嬉しそうな表情に、僕は頬をかく。

 権太郎もむずかゆいのか口元をもごもごと動かして、嘆息ついた。


「……そーじゃの、長い付き合いじゃからな」


 長い長い冒険を思い出したのか、権太郎の目が優しくなる。

 美少女になってしまったけど、目元は元と変わらないと思う。


 歳の離れた友人として、異世界では助けあってきた。道はたがえてしまっても、大切な仲間なのは変わりない。

 外見の年齢差は……大分離れちゃったけども。


 つづきちゃんが権太郎の優しい表情を見つめていたので、耳打ちする。


(権太郎はさ、なんだかんだ言って面倒見るタイプ)

「聞こえておるぞ、はじめ」


 権太郎は不機嫌そうに唇をとがらせたが、不敵に微笑む。

 その表情は異世界で窮地におちいったとき、何度も見かけたものだった。


「それで……ワシにどうしろと?」


 僕はかくかくしかじかと事情を話す。

 最近の子はかくかくしかじかでは伝わらないというが本当なのだろうか。


 権太郎はしばらく黙っていたが、一言こう告げた。


「――さしあたり、一千万円必要じゃな」

「へ⁉ 権太郎! どういうことだよ権太郎!」

「権太郎権太郎呼ぶでないわ! エルナちゃんと呼べいっ!」


 いがみ合っていると、つづきちゃんが心配そうに聞く。


「一千万円……ですか? 私の状態はそんなに危ない、とか?」


 権太郎は明るい表情に変えて、穏やかに告げてきた。


「大丈夫じゃよ、半覚醒者の噂は耳にしておる。体調を崩すといった話は聞いておらん。ワシにも原因はわからぬが……ただ、お前さんの力が不安定な理由はわかるぞ」

「わかるんです?」

「単純に魔力不足じゃな。だから、こっちの世界で不安定になっておる。ワシでも少し強めに魔法を唱えなければ発現せんからのう」


 僕が驚いた顔でいたら「はじめは特別じゃから」と付け加えられた。

 権太郎はつづけて語る。


「だからって魔力をあげるために、魔法の空撃ちで気絶を何百回も繰り返すのは正気の沙汰ではない」


 うぐっ……つづきちゃんがもの言いたげに見つめてきた……。

 僕は冷や汗を垂らしながらたずねた。


「だ、だったら、どうするんだ?」

「簡単じゃ……魔具で魔力不足を補う」

「魔具で? 本人は鍛えずに?」

「可能なら半覚醒者状態もなくなって欲しいのじゃろう? ステータスがどう影響及ぼしているかわからぬなら今は魔力を鍛えず、外部機器で切り替えられるようにすればいい。原因を解明するのもそのあとでええからの」

「……なるほど。その魔具は? どこから用意するんだい」

「ワシが作る。素材代はこれでも安く見積もっておるぞ?」


 権太郎は仲間割じゃよと言った。

 権太郎お手製の魔具なら信用できる。ただ。


「一千万円ってことは、かなりのレア素材なんだ」

「じゃな。ワシもお前さんも冒険ライセンスを持っておらん。高位ダンジョンはランク制限で入れんじゃろう」

「モンスターの出現も稀?」

「うむ」


 困ったな……一千万円か。

 一時的でも冒険者になるか?


 だが高位ダンジョンに向かうともなれば厨二病魔法は露見する。目立つのは避けられないだろうし、妹もよい顔はしないか。


 それに、あまりに大金すぎると姪っ子が気にしそうだ。


 肝心のつづきちゃんはだが……大金すぎて実感がないのか、一千万円あればなにができるかなーみたいな顔をしている。呑気な子。

 他人を優先して、自分のことには鈍感っぽいんだよな。誰に似たんだろ。


 まあ魔具の件はなんとかいて渡すにしても、実際どうしよう。

 ……強引にでも、一人で高位ダンジョンに向かうか?


「一応聞くけどさ、その素材ってのは?」

「幽馬ファルケンの角じゃよ」

「えっ⁉⁉⁉⁉⁉」


 僕が大声で驚いたからか、周りの注目を浴びてしまう。

 僕は恥ずかしさで背中を丸めつつ、不思議そうにしている二人に告げた。


「その素材さ、今度やるダンジョン大会の優勝賞品だよ……」



 そうして、僕はふたたび冒険することになる。

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