遅くなったバレンタイン

2月14日


クラスはいつもと違う雰囲気になっていた。

それはなぜか?そう、バレンタインだからである。


「彼、今年も大人気だね」

隣の席の友人が小さく笑う。


彼――颯太君は、毎年クラスの女子からバレンタインチョコを大量にもらう人気者だ。運動神経は良くて、笑顔がさわやかで、誰にでも優しくて。

そんな彼には、きっと特別な人がいるに違いない。


一部の男子からは嫌われそうなものだけど、そうでもないらしい。

この雰囲気にのって渡しているだけだろうと思われる、市販の義理チョコ―〇治の板チョコなんかを渡してきた子に関しては「これ、友だちと一緒に食べていい?」なんて確認しているし。頑張って作ってきたと思われる子に関してはしっかりとお礼をしている。

そこら辺の臨機応変力の高さも彼が人気の理由の一つなんだろう。


「私も渡してこよっかな」

友人が彼の方へ向かっていく「あんたも頑張りなさいよ」なんていい残しながら。


―渡さなきゃ

私はカバンに入った、チョコの存在を確かめつつ、勇気が出ないでいた。


その時-


「ねえ、君はくれないの?」


不意に頭上から声が降ってきた。心臓が跳ねる。ゆっくり顔を上げると、いつの間にか目の前に颯太君が立っていた。


「え、えっと……」言葉に詰まる。


「いや、皆からは貰えるのに、君からは貰えないのかなって」


颯太君はいつもの笑顔で言うけれど、その目はどこか期待するようかのように見えた。


どうしよう。今なら渡せる。目の前に彼がいる。でも、手が動かない。緊張で喉がカラカラに乾いていく。


「……用意してない、から」


咄嗟に出た言葉に、自分でも驚いた。


「そっか」

颯太君が微かに目を伏せる。その表情が、かすかに寂しそうに見えた気がした。

けれど次の瞬間、彼はいつもの笑顔を取り戻して「じゃあ、また」と言い残し、教室を出て行った。


その背中を見つめることしかできない自分が、嫌になる。


――――――――――――


帰り道、チョコが入ったカバンがいつもより重たく感じた。


沈む気持ちを引きずって歩いていると、背後から軽い足音が近づいてきた。


「やっぱりいた」


声を聞いて心臓が止まりそうになる。振り返ると、そこには颯太君がいた。


「びっくりさせんなって顔してる」


「……だって、なんで……?」


「たまたま帰るタイミングが一緒だっただけ。いや、本当は違うかも」


颯太君が少しだけ口元をゆるめる。何が「違う」のかを考える暇もなく、彼が覗き込むように聞いてきた。


「ホントに、くれないの?」


その言葉に、胸が熱くなる。さっき、用意してないなんて嘘をついた自分が恥ずかしくて、つい顔をそらした。


「…ない。だって、たくさん貰ってじゃない」


「まあ、数だけはね」


颯太君がポケットに手を入れて、空を見上げる。夕暮れが彼の輪郭をオレンジ色に染めていた。


「でもさ、本命からは貰ってないんだよね……」


その言葉が、沈んだ私の心に突き刺さった。


本命?――それって、もしかして


信じられない気持ちが胸の奥で弾ける。

勘違いでもなんでもいい、迷っている時間なんてなかった。


「……遅れてゴメン」


震える手でカバンからチョコを取り出し、彼に差し出す。颯太君が驚いたように目を見開き、ゆっくりそれを受け取った。


彼の目が少し潤んで、口元がふっと緩んだ。「やっと……欲しいチョコがもらえた」


その言葉に、私の胸がぎゅっと締めつけられた。


「食べていい?」と聞いてくる彼に「いいよ」と返すと、

彼は「これが一番甘いな」とつぶやいた。


夕暮れの光の中で、彼が優しく微笑む。その笑顔はいつもより輝いて見えた


遅くなったバレンタイン―

チョコよりもその笑顔の方が甘く感じるのは私だけだろうか。


――――――――――――


家に帰ると、友人から一通のメッセージが届いていた。


『チョコは無事渡せた?あんたがホントは持ってるって事、颯太君に伝えておいたから頑張りなさいよ』


余計なお世話だ!と思いつつも感謝の返事を返しつつ、颯太君のあの時の笑顔を思い返すのだった。

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