婚約破棄されたそばかす令嬢、そばかすがある天使のような貴公子から求婚される

宝月 蓮

前編

 ガーメニー王国の王宮では、夜会が開かれていた。


「マクダレーナ嬢、そばかすがある君は美しいこの俺に相応ふさわしくない。俺に相応しい相手はこのオティーリエ嬢だ。彼女の美貌、そしてそばかすのない美しい肌。君とは大違いだ。だからこの婚約は破棄だ」

 グレト侯爵令嬢マクダレーナは婚約者のハッツフェルト伯爵家三男カスパーから一方的にそう言われた。

 マクダレーナを馬鹿にした態度である。

 カスパーの隣にいるビロン侯爵令嬢オティーリエもマクダレーナを馬鹿にしたように鼻で笑っていた。


 マクダレーナはダークブロンドの長い髪にペリドットのような緑の目。そして、鼻から頬にかけて少し濃いそばかすがある。


「そんな……では、グレト侯爵家は……」

 マクダレーナは真っ青になる。


 グレト侯爵家は領地で土砂災害が起こり、その被害で困窮していた。そこで、ガーメニー王国内でも有数の資産家であるハッツフェルト伯爵家からの支援により再建する予定だった。

 その条件がマクダレーナとカスパーの婚約である。

 マグダレーナはグレト侯爵家の一人娘なので、カスパーが婿入りするのだ。


「一応、賠償金じゃないけれど、手切れ金としてグレト侯爵家が再建可能なくらいの金額はあげる。だけどそもそも、グレト侯爵領で災害が起こるのが悪いんだろう」

「本当にそうよね。マクダレーナ様に問題があるから災害が起こったのではなくて?」

 災害はどうしようもないことであるのにも関わらず、まるでマクダレーナやグレト侯爵家が悪いと言うかのような態度のカスパーとオティーリア。

 マクダレーナは言い返そうとするが、上手く言葉が出て来なかった。

「じゃあそういうことだから」

 最初から最後まで馬鹿にした態度で、カスパーはオティーリアと共にマクダレーナの元を去って行った。


 一人残されたマクダレーナは人気ひとけのないバルコニーに出て涙を流す。

(どうして……? どうしてあんな風に言われないといけないの? グレト侯爵家も、わたくしも、何も悪いことはしていないのに、どうしてわたくし達が悪いみたいに言われないといけないの?)

 マクダレーナはカスパーに対して好意を抱いていたわけではない、しかし、一方的にああ言われてただ悔しかったのだ。

(どうして、どうしてわたくしは何も言い返せないの?)

 マクダレーナは何より、その場で言い返せなかった自分が嫌いだった。

「ご令嬢、これをどうぞ」

 突如声をかけられ、マクダレーナは驚いて肩をぴくりと震わせた。


 一見すると女性に間違われそうな程の美貌を持つ令息が、マクダレーナにハンカチを差し出していた。

 ストロベリーブロンドの髪に、アンバーの目で、鼻から頬周りには薄いそばかすがある令息だ。

 月明かりに照らされて、彼はまるで天使のようである。


(綺麗な人……)

 まさか人がいるとは思わなかったことに驚いたと同時に、マクダレーナは思わず彼に見惚れていた。

「大丈夫ですか?」

「……あ、失礼しました」

 マクダレーナはハッとし、彼から差し出されたハンカチを受け取り急いで涙を拭いた。

「いえ、こちらこそ、礼をらずに申し訳ないです。改めて、リートベルク伯爵家次男、ヨハネス・コンラート・フォン・リートベルクと申します」

「まあ……! 貴方が、リートベルク伯爵家のヨハネス様……!」

 マクダレーナはヨハネスの名前を聞いたことがあった。


 そもそも、ガーメニー王国の社交界において、リートベルク伯爵家の人間は有名だった。

 社交界の白百合と言われる程の美貌を持つ長女リーゼロッテ。

 その美貌から、琥珀の貴公子の二つ名を持つ長男ディートリヒ。

 太陽のような笑みと機知に富んだ会話で周囲を明るくし、社交界の太陽と言われる次女エマ。

 そして男性であるにも関わらず可憐な美貌で、琥珀の天使という二つ名を持つ次男ヨハネス。


「あ、申し遅れました。わたくしは、グレト侯爵家長女、マクダレーナ・ヘルマ・フォン・グレトでございます」

 マクダレーナは名乗っていないことに気付き、慌てて自己紹介をする。

「あの、ハンカチ、ありがとうございました」

「もしよろしければ、グレト嬢の涙の訳をお聞かせ願えますか? 無理にとは言いませんが、話せば少しスッキリしますよ」

 マクダレーナがヨハネスにハンカチを返すと、ヨハネスからそう言われた。

「そう……ですわね」

 マクダレーナはゆっくりと先程の出来事を話し始める。

わたくし、そばかすがあることを理由に婚約破棄されましたの。そばかすがある人間は婚約者として相応しくないと」

「何て失礼な理由ですね。僕にだってそばかすはあるし、僕の姉上達や兄上にもそばかすがあります。そばかすがある人に対する侮辱だ。それに、その話を聞いたらきっと姉上達の夫が黙っていないでしょう」

 ヨハネスがそう憤ってくれることで、マクダレーナの気持ちは少し軽くなった。


 ちなみに、ヨハネスの姉であるリーゼロッテとエマは既に他家へ嫁いでいる。


「だけど、わたくしが一番悔しかったことは、グレト侯爵家を馬鹿にされて何も言い返せなかったことです。弱い自分が……悔しい」

 マクダレーナはカスパー達から言われたことを思い出し、唇を噛み締める。

「そうでしたか。それは悔しかったですね。グレト嬢が言い返せなかったのは、きっと防衛本能が働いたのでしょうね。自分を守る為に。それは、弱いということではないと思います」

 ヨハネスの優しげなアンバーの目に、ドキリとするマクダレーナ。

 そのアンバーの目は、どこかで見たことがあるような気がした。

「弱くは……ない……」

 不思議と、マクダレーナは心が軽くなった。

「グレト嬢、せっかくですし、僕と踊りませんか?」

 ヨハネスはマクダレーナにそっと手を差し出した。

 そこにいるのは、まるで月の光に照らされた天使。

「……はい、リートベルク卿」

 マクダレーナは少しドキドキしながらヨハネスの手を取った。


 バルコニーで、月の光に照らされながらダンスをする二人。

 ヨハネスのリードに身を任せ、マクダレーナは舞った。

(落ち込んでいたのが嘘みたいね。だけど、わたくしはもう十八歳。次の婚約者が現れるとは限らないわ。グレト侯爵家は従弟いとこに継いでもらって、わたくしは修道院に入ろうかしら?)

 マグダレーナはこのヨハネスとのダンスを最後の思い出に、俗世間から離れようとしていた。

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