06-05

 自らの正義とルイの語る正義を天秤に掛けるシュンサク。

 本来であれば生じないであろう迷いに戸惑ってしまう。


「……いや、やっぱり協力するとは言えないよ。俺は警察だからね。ただ、気になるから一応聞いておく。仮に君の仲間になったとして、俺に何が出来る? 悪を挫くために」


「そうですね。ひとまず外の連中から僕たちを守っていただけないでしょうか?」


「外の連中?」


「僕たちの命を狙う連中です。スキャンダルを暴露された政治家や企業からの差し金でしょう」


「そんな奴らがいるのか?」


「窓から外を見てください。どうやら囲まれているようです」


 ルイが目配せをすると、シュンサクは窓に近付いて外に目を向ける。

 建物は五階建ての古びたビル。


 現在いる部屋の階数は二階。

 地上を覗き込むと建物の前の通りには、明らかにカタギではない男たちが屯していた。


 見える範囲で、その数は約五十人。


「なんだあいつら? いつの間に? 俺がここに来た時には誰もいなかったぞ……」


 パン! と、建物の一階から何かが弾ける乾いた音が響く。

 そして部屋に迫り来る複数の足音。


 驚いた室内の四人は音の出どころから離れるように、部屋の入口から見て対角の隅に移動する。

 チヒロは用意していた鞄を拾い上げ、逃走の準備を整えた。


「ちっす、お邪魔しまーす」


 カツカツと革靴が床を踏み締める音と共に、マテバの拳銃を片手に部屋に入って来たのはシズヤであった。

 更には後ろから黒いスーツを着た、いかつい男たちがぞろぞろと室内に足を踏み入れる。


「よぉ教祖、久しぶりだなぁ。やっと見つけた。苦労したぜぇ?」


「おや、あなたはいつぞやの」


 シズヤの急襲に動揺するルイであったが、ポーカーフェイスで平然を装う。

 そしてシズヤと顔見知りのシュンサクもまた、ポーカーフェイスで平然を装った。


「下ではヴィトーという青年が見張りをしていたはずですが、さっきの音は銃声ですか?」


「見張り? あぁ、うん、殺したよ。何やら札束を数えててさ、隙だらけだったから頭に風穴を空けてやったぜ」


「何て酷いことを……」


「父親殺しに言われる筋合いはねぇよ。それにメロメ民族なんて、この国にとっちゃ百害あって一利無しだ。あんな奴ら死んだ方がいい連中だってことは、お前さんも分かってんだろ?」


「さて、どうでしょうね。命は平等ですから」


「そりゃ教義かい?」


「えぇ、教義です」


「詭弁だな。命なんてもんは、いつの世も不平等で不公平なんだよ。覚えとけ、クソ教祖」


 シズヤは銃口をルイに向ける。

 ルイはシズヤに引き金を引かせないよう、会話の延長を試みる。


「しかし、よくこの場所が分かりましたね。どうやって調べたのですか?」


「企業秘密」


「そうですか……。お二方の内、どちらかが尾行されていたのでは?」


 ルイは警察二人を交互に見やる。

 疑いの目を向けられたシュンサクとケンジは互いの顔を見合わせた。


 流れる気まずい沈黙。


「……俺じゃないよな?」


 と、目を細めるシュンサク。


「お前だろうな」


 と、冷たく言い放つケンジ。


「いやいや、俺じゃないっしょ!」


「俺の尾行にも気が付いていなかったようだし、お前だろ」


「いやいやいや、そんな筈は――!」


 警察コンビが言い争っている間、シズヤは不敵な笑みを浮かべながら四人を順に見やる。

 そして焦点を定めた先は、シュンサク。


「おんやぁ? よく見りゃアンタ、いつぞやの麻雀が強い刑事さんじゃん。こりゃどうも」


 チヒロ、ルイ、ケンジの視線を一斉に集めるシュンサク。 

 注目の的である。


「ちょちょちょ、待て待て! 俺じゃないって! 捜査でちょっと顔見知りになっただけだって! マジで!」


 疑いの目を向けられたシュンサクは、両手を前に出して必死に弁明を図る。


「え、てか本当に俺のこと尾行してたの?」


 シュンサクは馬鹿正直にシズヤに問う。


「さぁてね、どうだか」


 片眉を上げ、拳銃のグリップ部分で首筋をトントンと叩くシズヤ。

 ルイを標的としていた銃口の向きが変わった。


「いやいや、しらばっくれるなよ。誤解を解いてくれ、頼む」


「あ? 知らねぇつってんだろ。殺すぞ?」


 目の色を変えたシズヤは拳銃をシュンサクに向けた。

 銃口と睨み合いになったシュンサクは反射的に両手を上げ、額に冷や汗をかき、固唾を呑む。


「……ハッタリ……だよな?」


「試してみるか?」


 シズヤは引き金に指をかける。

 パン!


 室内に轟く銃声。

 全身に力が入り目を閉じたシュンサクであったが、特に痛みを感じることはなかった。


 恐る恐る目を開くと、ケンジがいつの間にかシズヤとの距離を詰めており、両手で手首を掴んで銃の向きを変えていた。

 ゼロレンジコンバットである。


 そして放たれた銃弾が貫いたのは天井。

 小さな穴から砕けた石膏の粒がパラパラと舞い落ちる。


「逃げろ!」


 ケンジは叫ぶ。

 と同時に、掴んでいたシズヤの手首を捻り、腹部を蹴飛ばした。


 勢いよく宙に浮いたシズヤは、他の男たちを巻き込みながら後方に吹き飛ばされる。

 部屋の入口に男たちが重なり、倒れ込んだ。


 並行して、ケンジの合図と同時にルイとチヒロは動き出していた。

 鞄を持ち、部屋の入口と反対側に位置する窓を開けて外に出る。


 窓の外はバルコニーになっており、そこから地上へと続く非常階段を二人は降りる。

 しかし、建物に面した道路は黒塗りの車とチンピラによって埋め尽くされており、辺りは完全に包囲されていた。


 車の中には右翼の街宣車も混じっており、シズヤが可愛く見える程に柄の悪い男たちが二人を待ち構える。


「おい! いたぞ! アイツだ!」


「おらぁ! 逃がしゃしねぇぞ! クソガキャあ!」


「ぶっ殺してやっかんよぉ!」


「大人しくしとけや! ボケぇ!」


 方方からルイとチヒロに向かって浴びせられる怒声や罵声。 

 ぞろぞろと輩が階段を登り始めた。


 足を止めた二人は辺りを見渡し、逃げ道を探す。

 建物が密集した街の一角に敵が密集し、退路らしい退路は見当たらない。


 進むに進めず、戻るに戻れず。

 四面楚歌からの絶体絶命。


 しかし、活路が開かれる。

 騒ぎを聞き付けたメロメ民族の男たちが周りの家やビルから飛び出し、チンピラたちに突っ掛かり始めたのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る