第6章 「罪と罰」

06-01

 シュンサクは部屋の中に入ると扉を閉める。

 咄嗟にルイは立ち上がって身構えたが、チヒロはカップラーメンを手に座ったままでいた。


「チヒロ君、危機意識低いよ」


「え? ルイの知り合いじゃないの?」


「違うよ。だから立って、こっちに来て」


「あぁ、そっか。そうなのか」


 チヒロもソファから立ち上がり、ルイと共に入口の対角となる壁際にそそくさと移動する。


「それで、あなたはどちら様でしょうか?」


 ルイからの問いに対し、シュンサクは内ポケットから警察手帳を取り出して提示する。


「どうも、織田シュンサクと申します。あすなろ署から来ました」


 場の空気を和ませるため、ひょうきんな態度と柔和な笑顔で自己紹介をするシュンサク。

 しかしルイは警戒を解かない。


「ご要件は?」


「藤原ルイさんですよね? そして、そちらは桜田チヒロさん。イルミンスール記念会館の火災と、あなたのお父さんである藤原ナユタ氏が死亡した件で事情をお聞きしたくてですね、任意同行していただきたく参上した次第です」


「任意、ですね。もし断ったらどうします?」


 シュンサクは警察手帳を内ポケットに入れ、代わりに書類を取り出して提示する。


「お母様から捜索願が提出されています。そして藤原ルイさんは特異行方不明者にあたると判断されまして、警察で保護することが可能です」


「特異行方不明者とは何でしょう?」


「えーと、特異行方不明者とはですね、行方不明者発見活動に関する規則で定める行方不明者のうち、特定の条件に該当する人のことを言います。ルイさんの場合ですと大規模な火災現場で行方不明になっており、その生命に危機が及んでいるという可能性が高いことから、その条件を満たしたものであります。とまぁ、こんな感じの説明でよろしいですかね?」


 書類を内ポケットに収納するシュンサク。


「なるほど、理解しました。あなたが僕を連れて帰ろうと思えば、無理矢理にでも連れて帰れる、と」


「そゆことですね。どうします? もし逃げたり暴れようとするなら応援を呼ばなきゃならないんで、出来れば任意だと助かるんですけど。あ、場合によっては公務執行妨害が付いちゃうかも」


「ちなみに、この場所はどうやって知ったんですか?」


「ヒカリちゃんに聞きました。毎日、病院に通ってお話をしていたら教えてくれましたよ。二世会とかいう秘密組織の存在もね。まさか敵対する宗教が運営している病院に入院させるとは、考えもしませんでした。二世会って、イルミンスール以外の宗教の二世信者も取り込んでるんですね」


 ルイはヒカリを、イルミンスールとは犬猿の仲である宗教法人〈ニーズヘッグ〉が運営する病院に入院させていた。

 イルミンスール系列の病院や一般の病院に入院させると、簡単に情報が漏洩する可能性があったからである。


 ちなみに、ニーズヘッグはシュンサクの同僚である田村が入信している宗教であり、ヒカリの情報は田村が仕入れ、シュンサクに提供した次第である。


「なるほど。それで、よくここに来れましたね。メロメ民族の居住区画には地元の警察すらも入りたがらないんですが」


 現在、ルイが身を潜めているのはメロメ民族が数多くいる居住区である。

 民度が低く治安が悪いため、地元の住民や行政、警察ですら近寄らない地域と化している。


「確かに、この辺りは物騒ですし、実質治外法権ですからね。彼らと仲良くなるのには苦労しましたよ」


「ほう、メロメ民族と仲良くなったと」


「えぇ、足繁く通い詰めました。イルミンスールの信者を装ってね。いやしかし、メロメ民族の中にもイルミンスールの信者がいるんですねぇ。手広く布教活動されているようで、頭が下がりますよ。おかげさまで、あなたの名前と二世会という単語を使って信者の方々と打ち解けることが出来ました。今日のここの見張り番はヴィトー君ですよね」


「素晴らしい行動力と推理力です。まさかこんなに早く居場所がバレるとは。想定外でした」


 ルイは目を見開き、シュンサクの捜査手順に心底感心しながら、次の一手を考える。

 打開策を見出す時間が欲しいと思っていた矢先に、チヒロが一歩前に出た。


「あの、すみません。刑事さん、ヒカリに会ったんですか?」


「えぇ」


「ヒカリは声が出るようになっていましたか?」


「いいえ、依然として声は出ないようでした。意思疎通は筆談でしたね」


「そうですか……」


 ヒカリの現状を聞き、チヒロは肩を落とす。

 その落ちた肩に手を乗せると、チヒロを一歩退かせるルイ。


「ヒカリちゃんは無事なんでしょうね?」


「無事? どういう意味かは分かりませんが、もちろん無事です。我々は警察ですよ? 今頃は本庁の刑事が病室を訪れているはずです。任意の事情聴取でね」


「信用出来るんですか? その人たち」


「えぇ。本庁の人間はエリート揃いですから」


「そうですか、それなら安心だ。ヒカリちゃんを含め、僕らは命を狙われている可能性があるんでね」


 シュンサクはルイの不可解な発言に眉をひそめる。


「命を狙われる? 誰に?」


「誰だと思います?」


「うーん……」


 顎に手を当て思考をめぐらせるシュンサクを見ながら、同じく思考をめぐらせるルイ。

 しかし、大した時間は稼げなかった。


「……ちょっと分からないですねぇ。ただひとつ言えるのは、僕と一緒に来てもらえれば、あなたたちの身の安全も保証しますよ。警察は正義の味方、市井のヒーローですから」


 シュンサクはにこやかに二人に手を差し伸べる。


「警察は正義の味方なんかじゃないよ」


 室内にいる三人のうちの誰の声でもない、第四者から発せられた低い声。

 公安警察である渡部ケンジが気配も無く、いつの間にか部屋の入口に立っていた。

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