04-05
シュンサクは田村と別れた後、あすなろ署の同僚に呼び出されてイルミンスール記念会館から移動していた。
場所は、記念会館のある山から降りて市街地から少し離れた閑静な住宅街である。
人気の無い一角に放置されたパナメーラ。
その車両を囲うように規制線が張られ、本庁の刑事と鑑識が車内を捜査していた。
離れた所には、シュンサクを呼び出した大人しげな男が所在無さげに立っている。
あすなろ署での後輩刑事、石井である。
気合を入れて白手袋をしていたシュンサクであったが、石井が本庁の刑事から爪弾きにされたのであろう状況を察し、中指の部分を噛んで白手袋を外す。
「よっ、石井。仲間外れ?」
「先輩、遅いですよぉ。所轄は近寄るな、って本庁に追い出されちゃいました」
「あれま。可哀想に」
「他人事ですね」
「いつもの事だからね。で、どういう状況?」
「今朝うちの署に地元住民から通報があったんです。血の着いた怪しい車が駐められてるって。それで来てみたらロックが掛かっていてドアは開けられないし、盗難届も出ていないんで、車両ナンバーから持ち主を特定しようと思っていたんです。そしたら急に本庁が現れて、追い出されて、今に至ります」
「なるほどね。本庁がわざわざ横取りしに来る程の事ってなると、そりゃ怪しいわな」
「でしょう? 昨日の今日なので、もしかしたらイルミンスールの火事と何か関係があるのかと思って、先輩に連絡しました」
「偉い」
シュンサクは石井の肩をぽんぽんと叩き、頭をくしゃくしゃと撫でてから車に近付いてゆく。
「ちわーっ、あすなろ署でーす」
本庁の刑事に軽い調子で挨拶をしながら車を見回すシュンサク。
しかし、そのうちの一人に行き先を塞がれる。
「所轄は邪魔をしないでください」
「知っているとは思いますけど俺、次長の息子っすよ」
「もちろん知っています。悪名高い有名人ですから」
「そりゃどうも」
「さっき君がここに来た時に、上には報告させてもらいました」
「そっすか」
「そろそろ連絡が来――」
と言いかけたタイミングで、シュンサクを邪魔立てする刑事のスマートフォンが鳴る。
刑事は通話を開始し、相手方と二言三言のやり取りをすると、スマートフォンの画面をシュンサクに見せる。
テレビ通話が機能しており、画面にはシュンサクの父親である織田シンジが映っていた。
「久しぶりだな、シュンサク」
「げっ、親父」
シュンサクはぎょっとする。
「お前の噂は兼ね兼ね聞いているぞ。嫌でも私の耳に入ってくる。私の名前を語って好き放題しているそうじゃないか」
「いいじゃん別に。その分、事件も解決してるし」
「そういう問題ではない。本庁の捜査の妨害をするなと言っているんだ」
「妨害なんかしてないさ。真っ当に捜査をしてるだけだよ。親父はさ、要は俺ら所轄の刑事には何もすんなって言いたい訳でしょ? 手柄立てたいだけでしょ? 俺ら所轄に手柄取られるのが悔しいだけでしょ? 事件の早期解決より、自称エリート様の面子を立てるのが大事だってんならね、警察辞めた方がいいよ。警察はね、正義の味方なんだからさ」
「相も変わらず話の通じない偏屈な息子だ。私は悲しいぞ」
「俺もあんたみたいな、みみっちい小悪党が親で悲しいよ。自分の体裁ばかり守って、市民の平和を守らないんだから」
「あんまり勝手な事ばかりしているとな、流石に私も庇い切れなくなるぞ。今回ばかりは大人しくしていなさい」
「刑事に捜査をするなってか。それが次長様の言うことかよ」
「そんなに自分の正義を貫きたいなら、私の言う通り官僚コースに戻って来ればいいじゃないか。いつまで現場を駆け回る気だ? 偉くなれば自分の望みが少しは叶うだろう」
「肩書きなんか糞食らえだね。こっちは忙しいんだ。親父も保身で忙しいだろうしさ、とっとと電話切れよ」
「シュンサクよ、最後にもう一度だけ忠告しておく。この事件には深入りするな。真実に近付こうとすれば、命がいくつあっても足りなくなるぞ」
「自分の命の使い方は、自分で決めるさ」
「……そうか、分かった。せいぜい頑張れよ」
そう言い残すと通話が切れ、画面が暗転する。
織田親子の会話中ずっとスマートフォンを持ち続けていた刑事は、痺れる腕をぷらぷらと振った。
「流石に疲れました。くだらない親子喧嘩に巻き込むのは止めていただきたい」
「すんませんね。親父の電話もメールも何もかも、連絡手段は全部ブロックしてるもんですから」
「何もそこまでしなくても。いいお父さんじゃないですか」
「どこがっすか?」
「君の命の心配をしていました」
「大げさなんすよ」
「大げさじゃないですよ」
「はぁ?」
「折角なんで教えてあげましょう。君はやる気満々のようですが、我々本庁の今後の動きはある程度決まっています。捜査は継続しますし、捜査本部は残しますが、捜査範囲は絞られてゆき、最終的な着地点も決まっています。ちなみにこの車はこの後、持ち主に返還される予定です」
「え、持ち主に返していいんすか? 怪しい車なんでしょ? ちゃんと調べないと」
「普通であればそうするところですが、この事件は普通じゃないんですよ」
「どういうことっすか?」
「詳しいことは私も知りません。が、然るべき手続きを踏んだ上で車を返すように、というのが上からの御達しなので、それに従うまでです」
「そんな馬鹿な話あります?」
「実際にあるんだから仕方ないでしょう。私だって悔しいですよ、真っ当な仕事が出来ないんですから。君と同じくね」
本庁の刑事は悔しげに目を細め、歯を噛み締める。
「何がどうなってるんすか?」
「君のお父さんに聞いてみればいい。きっと何か知っていますよ」
そう返されたシュンサクは、それ以上何も言えなかった。
そのまま暫くその場に留まっていると、一台の乗用車がやって来る。
銀髪の青年が車から降りると、本庁の刑事と何かを話し、書類を数枚渡された。
それらを書き終えると青年はパナメーラに乗り込み、その場から走り去る。
青年が乗って来た乗用車はその場に残され、本庁の刑事と鑑識が念入りに調査を始める。
目の前で起こった一連の流れの異様さに、シュンサクは警察組織の闇を感じ取った。
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