03-02

 チヒロは目の前に現れた銀髪の男のことを、ルイが言っていた二世会の人間だと思った。


「あなたが二世会の方ですか?」


 チヒロが問うと、銀髪の男は微笑む。


「そうです。あなた方を迎えに来ました」


 銀髪の男はスマートフォンのライトを点け、足元を照らしながらチヒロに近付く。


「ところで、ルイ様はどちらに?」


「ルイですか。彼なら今――」


 そう言いかけたところでチヒロは口を噤む。

 両者の距離が縮まったことで、銀髪の男のピアスの造形が鮮明に見え、違和感を覚えたからである。


 ピアスのモチーフは十字架。

 イルミンスールは他の宗教を信仰するような物は、単なるファッション目的であれ、身に付けることを教義で禁じていた。


 仮に、二世会の人間である銀髪の男が実はイルミンスールを信仰していないとしても、信者の中で悪目立ちするような装飾品をわざわざ選び、着用するだろうか――?

 そうチヒロは邪推する。


「どうかしましたか?」


 銀髪の男に問われ、チヒロは思考を巡らせる。

 自分が相手を不審に思っていることを悟られずに、自分の疑問に明確な解答をもたらすための言葉を探す。


 しかし脳を動かせば動かすほど、体が自然に動かなくなる。

 そして終いには目が泳ぎ始める。


 挙動不審。

 妙案が浮かばず、不信感だけが募り、チヒロは本能的に後退ってしまう。


 それを見た銀髪の男からは優しい微笑が失われ、一瞬にして不敵な笑みへと変わった。

 シズヤは鋭い目線でチヒロを睨む。


「お前、なかなか察しがいいな。どこで気がついた?」


 ヒカリを守るように手を広げ、じりじりと後退するチヒロ。

 額には、じわりと脂汗が浮かぶ。


「……ピアス」


「ピアスぅ?」


 シズヤは人差し指で、自分の耳たぶをぺちぺちと弾く。


「イルミンスールの教義では他の宗教を崇拝したり、信仰を連想させるような物を身に付けてはならないとされている。その十字架のピアスは勿論アウトだ。つまり、あんたは信者でも二世会の人間でもないってことさ。何ならイルミンスールに関しては全くの無知であると言っていい」


 チヒロは少しでも会話を長引かせて時間を稼ぎ、打開策と退路を探ることに努める。


「へぇ、そうなんだ。目ざといねぇ。見どころあるよ、お前」


「どこの誰かも分からない奴に褒められても嬉しくねぇよ」


「へっ、可愛げのねぇガキ。殺しちゃおっかな」


 舌を出しながら歪な笑みを浮かべたシズヤは目を見開く。


「おい! やれ!」


 シズヤの合図と共に、茂みの中から複数の人影が勢いよくチヒロ達に迫る。

 その数、三人。


 シズヤの服装とは対照的に、全員が黒いスーツを着た若い男である。

 走り来る男達に立ち向かうため、チヒロはその内の一人にボストンバッグとランタンを投げつける。


 その一人が怯んだ隙に、拳を振り上げて殴りかかろうとするチヒロ。

 しかし相手の方が圧倒的に上手であった。


 振り下ろした拳があっさりと避けられると、チヒロは手首を掴まれ、踏み出した足を払われて、助走の勢いのままに背負投げをされる。


「痛っ――!」


 背中から盛大に地面に叩きつけられたチヒロ。

 格闘技の類を学んだことのないズブの素人であるため、受け身も取れず全身に衝撃が走る。


「取り押さえろ!」


 ボストンバッグを投げられた男はシズヤの命令に従い、チヒロをうつ伏せに転がして体重を掛け、逮捕術の要領で手足の自由を奪う。

 地面に突っ伏した際に、チヒロの口には泥が入り込んだ。


 歯を食いしばり、土を噛み締める。

 チヒロは、二つの意味で苦い思いを味わう。


「ヒカリっ――! 逃げろ!」


 辛うじて顔を上げたチヒロは、残り二人の男を視線で追う。

 男達はヒカリを捕えようとしていた。


 が、既のところで一人の男が前のめりに倒れ込む。

 続けざまに、もう一人の男も膝から地面に崩れ落ちた。


 チヒロが目を凝らすと、ヒカリの傍らには月明かりに照らされるもう一人の男の影があった。


「ルイ!」


 後から追いついて来たルイの姿がそこにはあった。

 そして二人の男を首尾良く倒していたのである。


 チヒロを取り押さえている男が顔を上げた時には既に、ルイは地面を蹴り上げていた。

 あっという間に距離を詰めると、走る加速度と体重を乗せた膝蹴りを男の顔面に食らわせる。


「ぶぼっ――!」


 男は鼻血を出しながら吹き飛ばされ、ひとしきり転がってから地面に叩きつけられた。


「大丈夫かい、チヒロ君」


 拘束から解放されたチヒロに、ルイは手を伸ばす。


「辛うじて」


 チヒロは差し出された手を握ると、ルイに支えられながら立ち上がる。

 そして二人の視線はシズヤに向いた。


「へぇ、なかなかやるじゃん。次の教祖様として生温〜い環境で育てられてきた、温室育ちの坊っちゃんだと思ってたんだけど」


 シズヤはニヒルな笑顔でルイを称える。


「僕の両親は厳しくてね。毎日欠かすことなく鍛錬を積んできたんだ。ただ、実戦は今日が初めてだけど」


「マジぃ? センスあるよぉ、ルイ君。お手合わせ願っちゃおっかなぁ」


 シズヤは頭を左右に傾け、首をポキポキと鳴らしながら二人に向かって歩き始める。

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