02-06

 ルイは控室に転がるナユタの上着から鍵束を抜き取り、続いてチヒロとヒカリの鞄を満足部屋に持ち込む。

 鞄の中身を全て取り出すと、代わりに室内に隠されていた資料を詰め込んでゆく。


 金庫を始め、ベッドの裏、本棚の奥、トイレのタンク、浴室の換気口の内側、天井や壁や床の隠しスペース等、部屋のありとあらゆる場所を鍵で開け、様々な物を取り出していった。

 チヒロもルイを手伝い、見る見る内に鞄は膨らむ。


「すごい量だな。入り切るのか?」


「是が非でも持って行くさ。イルミンスールを潰せなければ僕たちは殺される。そういう次元の話だからね」


「マジかよ……」


「マジだよ」


 チヒロの中で下したばかりの決断に、少しの揺らぎが生じる。

 隠されていた物の中には大量の札束も含まれていたが、ルイは現金には目もくれずにいた。


「これだけの金があれば海外に高飛び出来たりしない?」


「君はパスポートを持っているのかい?」


「……持ってない」


「僕もさ。まぁ、仮に持っていたとしても飛行機には乗れないだろうね。夜が明ける頃には、少なくとも警察には追われているだろうから」


「少なくとも? 他にも誰か追って来るのか?」


「ヤクザとか、殺し屋とか」


「はぁ? 何でそんな物騒な連中に追われるんだ?」


「イルミンスールは、そんな物騒な連中も絡んでいるからだよ。何なら、暫くしたらもっとヤバい奴らに追われることになる」


「ヤクザとか殺し屋よりヤバい奴なんているのか?」


「国さ」


「国ぃ?」


「国内外問わず、多くの政治家や権力者も絡んでいるんだ」


「そんな馬鹿な。ドラマや映画じゃあるまいし」


「そんな馬鹿なことが現実では起こっているんだよ。ドラマや映画なんて生温いくらいさ」


「ウソだろ……」


 ルイの言葉を聞き、チヒロは血の気が引く。

 資料を鞄に詰め込むチヒロの手が止まった。


「おい。それ、勝ち目あんのかよ」


「あるさ。あるからやっているんだ」


 チヒロの質問に答えながら、ルイは作業の手を止めない。


「いや、だって、いくら何でも話の規模がデカ過ぎるでしょ」


 ルイは手を止め、戸惑いを見せ始めたチヒロの目を見る。


「もしこのまま何もしなかったら、どうなると思う?」


「どうなる、って言われても……」


「教えてあげるよ。父を殺した罪で君は逮捕され、裁判にかけられ、有罪が確定したら刑務所に入れられる。刑務所の中にはイルミンスールと繋がっている政治家に便利に使われている人間がいるだろう。それは看守かもしれないし、囚人かもしれない。まぁ十中八九、両方だろうね。そして逃げ場の無い君はそいつらに、自殺に見せかけて殺されるだろう。ざっとこんな感じかな」


「……はっ、マジか」


 チヒロは乾いた笑いをこぼした。

 対し、ルイは不敵な笑みを浮かべる。


「やるしかないだろう?」


「……そうだな。やるしかないか」


 深い溜め息を吐いたチヒロは恐怖心を振り払い、決意を新たに荷造りを再開する。

 部屋中の資料を漁り、詰め込み続けて約二十分。


 荷造りを終え、鞄は三つ。

 チヒロの持参した鞄が二つと、ヒカリのバックパックが一つである。


 チヒロは自分のボストンバッグを肩に掛ける。


「一人ひとつずつ持って行こう」


 ルイはベッドに座ったままのヒカリにバックパックを差し出す。

 しかしヒカリは無気力なまま立ち上がろうとしなかった。


「ヒカリちゃん、行くよ」


 ヒカリの口は半開きで、目の焦点は定まらず、虚ろである。


「ヒカリ、行くぞ。リュック受け取れ」


 呆然自失としたヒカリは尚も動かない。

 痺れを切らしたチヒロはルイからバックパックを受け取って背負い、ヒカリの脇を掴んで無理矢理に立ち上がらせる。


「よし、二代目。準備オーケーだ」


「……ルイだ」


「あ?」


「藤原ルイ。僕の名前さ」


「……よろしく頼む、ルイ」


 ルイは小さく頷くと、ベッドを思い切り押して動かす。

 ベッドが密着していた部分の壁紙を剥がすと、コンクリート製の小さな扉が顔を覗かせる。


 窪んだ持ち手を掴んで重たい扉を開けると、そこには外部へと続く通路があった。


「秘密の抜け道さ。暗くて狭いが我慢してくれ」


「スマホがある」


 チヒロは上着のポケットからスマートフォンを取り出す。


「置いていってくれ。ヒカリちゃんのもね」


「何故?」


「僕らを追跡出来る物は全てここに置いていく。GPSの機能をオフにしていても、ハッキングで起動させられたら困るからね」


 ルイはベッドのヘッドボードに置かれていたランタンの電源を入れて、チヒロに手渡す。

 そして代わりにチヒロの手からスマホを取り上げた。


「すまないが、ヒカリちゃんのスマホも置いていってもらうよ」


 鞄から掻き出され、床に転がる荷物の中にあるヒカリのスマートフォンを指差すルイ。

 伸ばしたままの手の向きを変えると、次は隠し通路を指差す。


「この道は一本道だから迷うことはない。敷地の外の森に繋がっていて、出口には二世会の人間を待たせてある。彼らと合流するんだ。いいね?」


「いいね? って、ルイは一緒に行かないのか?」


「僕にはまだここで、やるべきことが残っているんだ。隣の部屋には父の死体がそのまま転がっているからね。証拠隠滅に隠蔽工作。チヒロ君の後始末さ。それを終えたら後から追いかけるよ」


「……申し訳ない」


「ふふっ、君は謝ってばかりいるね」


 柔らく無邪気な笑みを浮かべるルイ。

 チヒロの目にはその笑顔が、心の底から笑っているように見えた。


「それじゃ、また後で」


 ルイは胸の前で小さく手を振る。

 チヒロは固唾を呑むとヒカリの手を引き、隠し通路を恐る恐る進んでゆく。

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