01-13
チヒロは、まだまだ攻撃の手を緩めない。
倒れたナユタの足元にしゃがみ込むと、ナユタの両の裏腿それぞれにナイフを突き立てる。
「だぁっ――! うがっ――!」
ナユタは痛みに蠢き、声は言葉にならない。
「これで逃げられないよなぁ? なぁ!」
三度、チヒロはナユタの背中にナイフを突き立てる。
「ひぎっ――!」
計五箇所に穴を開けられたナユタの体から、どくどくと血が流れ出る。
床には大きな血溜まりが広がり、後退ったヒカリの足下にまで辿り着いた。
ヒカリは目の前で繰り広げられる惨状に言葉を失っていた。
体は震え、瞳孔が開き、動悸と呼吸は速くなる。
もはや自力では立っていられず、ヒカリは床にへたり込む。
そして下半身を通して血の生暖かさを直に感じる。
それは、無意識のうちに床に着いていた手からも同様に感じられた。
両手を床から離して掌を見ると、生々しく赤黒い血がべったりと付いていた。
およそ受け入れ難い悲惨な光景。
目の前の現実を直視し切れなくなったヒカリの意識が飛ぶ。
「ヒカリっ!」
こと切れたかのように気絶したヒカリに気がつくと、チヒロは急いでヒカリに駆け寄る。
倒れかけたヒカリの上半身を抱えると、ゆっくりと床に横たえた。
「きっ、貴様っ――! 何者だ――!」
チヒロの背後からナユタの声。
チヒロは立ち上がりって振り返ると、地に伏したナユタを冷たい目で見下ろす。
「信者だよ。お前に人生を壊された」
「ラタトスク?」
ナユタは痛みに苦しみつつも這いずりながら、精一杯に両手を伸ばしてチヒロの左足首を掴む。
「汚ねぇ手で触るんじゃねぇ!」
チヒロは右足でナユタの腕を目一杯の力で踏みつける。
ぼきり、と骨が折れる鈍い音が響いた。
「うがあぁっ――! あぁっ! あぁっ!」
骨が折れた痛みに絶叫するナユタ。
両手を庇うため、胎児のように蹲る。
「許じでぐれっ! 許じでぐれぇっ!」
ナユタは口から血の泡を吹きながら命乞いをする。
チヒロはナユタの側頭部を踏み躙る。
「許じでぐれよぉ! お願いだがらぁ!」
口角を歪ませ、歯を食いしばり、眉間に皺を寄せるチヒロ。
頭に乗せていた足を上げてナユタの顔を蹴飛ばす。
「ぶぼっ――!」
蹴られた頭に引っ張られるように、ナユタの体の向きが変わる。
抜け飛んだ歯が壁に当たり、床に転がった。
「俺が、お前を、許すと、思うか?」
「許じでぐだざい……。許じでぐださい……」
チヒロはしゃがみ、ナユタの耳を摘んで強く捻る。
「ひぎっ――!」
折れた腕は自由が利かず、ナユタはチヒロの手を払いたくても払えない。
陸に上げられた魚のように、ただただ藻掻くばかりである。
「よぉく聞け、クソ教祖。俺がなんでお前を殺しに来たかをよぉ」
「ぎっ、ぎぎまずから、許じで――」
「俺はよぉ、両親が離婚してんだよ。俺がガキん時によぉ。でよぉ、宗教狂いの母親の方に引き取られたんだわ。法律とかの関係でさぁ。まぁ、これが俺の不幸の始まりって訳だ」
口角と目尻をピク付かせ、狂った笑みを浮かべるチヒロ。
「はっ、笑っちまうよな。俺の人生なのに、俺には選択肢が無かったんだからさぁ。でよぉ、気がつけばこのイルミンスールとかいうクソ宗教のためだけの人生になっちまったんすわ。わかる? わかるよなぁ? 教祖サマならよぉ」
「……はい」
「母親に、やれ神を信じろだ、やれ教義に従えだ、やれ祈りを捧げろだ、やれ献金をしろだ、やれ選挙の投票依頼をしろだ、あれやこれやと言われてさぁ。やらなきゃ文句言われて、説教食らって、罵詈雑言を浴びせられて。まったくもってストレスフルな毎日だったぜ?」
チヒロは頭を下げてナユタの顔を覗き込む。
「で、やったらやったで結局どうなったかって言うとさ、友達はいなくなるし、バイト先の人間関係はぎくしゃくするし、彼女には振られるし、父親は自殺するし、通夜にも葬儀にも顔を出せないし、チンピラに絡まれて唾を吐きかけられるし、母親は何かにつけて見下してくるし、最愛の妹は教祖に手を出されるしで、もう散々よ。散々。そう思わね?」
「……」
「思わねぇかって聞いてんだよ!」
チヒロはナユタの背中を蹴り飛ばす。
「思いまず――!」
「だよなぁ? しかも今の話、ここ数日の出来事だから。もっと昔まで遡ればさ、もっともっと色々あるのよ、クソみたいなエピソードがさぁ。で、何が言いたいかって言うとさ、俺が今まで苦しんできた分だけ、お前にも苦しんで苦しんで苦しみ抜いて死んでほしい訳よ。じゃないと割に合わないだろ? えぇ?」
ナイフを振り上げるチヒロ。
「……ごべんなざい!」
それを見てナユタの顔が更なる恐怖に歪む。
「今さら謝ったってなぁ、もう遅せぇんだよ。クソッタレ」
チヒロはナイフを振り下ろし、背中を刺す。
「ぴぎゃっ――!」
「こちとらとっくに、ぶっ壊れてるんすわ」
刺す。
「ごびっ――!」
「死ねよ、おら」
刺す。
「がっ――!」
「死にやがれ、クソが」
刺す。
「ぎゃ――!」
刺す。
刺す。
何度も刺す。
刺して、刺して、刺しまくる。
無心でナユタを刺し続ける。
返り血を浴び、チヒロは全身が真っ赤に染まっていた。
いつの間にか声を出さなくなっているナユタを見ると目の光は消え、苦悶の表情で息絶えていた。
しかしそれでも、チヒロはナイフで刺す手を止めない。
刺す。
刺す。
何度も刺す。
刺して、刺して、刺しまくる。
賽の河原で石を積むように、ただひたすらにナユタを刺し続ける。
恍惚の笑みを浮かべ、生きた人間だった肉の塊をナイフでぐちゃぐちゃにしていくチヒロ。
しかし、ふと背後に何者かの気配を感じる。
ナイフを持った手を止め、ゆっくりと振り向くとそこには、花束を持った藤原ルイが静かに立っていた。
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