Ep23 STAY WITH ME
翌朝、クリスタはやけにツヤツヤしていた。
「先日はありがとうございました」
クリスタにボソッと耳打ちされた。
アズラエルもやけにツヤツヤしていた。
「昨日はありがとう」
アズラエルにもボソッと耳打ちされた。
まあ、『そういうこと』なのだろう。それぞれの国に帰る前にお互い良い経験ができたのではなかろうか?今は争っているダゴンとアスターテ、それぞれの後継者同士の結婚は前途多難そうだが、僕も機会があったら少し手助けをしよう。
「一週間ほどでしたが、お世話になりました」
そう挨拶をしてダゴンの使節団は本国に帰っていった。
「クリスタ殿下をお引き止めになられなくても良かったのですか?」
「いや、良いんだ。絶対にまた会えるから。そう約束した」
アズラエル、漢すぎるだろ。僕も惚れてまうわ。
「さあ、僕らも家に帰ろう」
アズラエルはテキパキと指示を出し素早く荷物を整えさせる。前日から準備していたこともあり、2時間ほどで準備が整った。
「ツェンガー、色々世話になった。父上に要塞の補修の許可と、それが終わるまでの追加の物資を要請しておくよ」
「ありがたき幸せでございます、アズラエル殿下」
「それでは、また機会があれば会おう」
「ハッ!」
ヘルマンとその部下たちが、少なくとも馬車の窓から見えなくなるまでずっと最敬礼の姿勢で使節団を見送っていた。
* * *
王都ではものすごい歓迎の嵐だった。悪魔を合計3体討伐した英雄王子の帰還だ。祝わない訳がない。悪魔討伐の報せを受け取った早馬がかなり前に王都についていたのだろう。僕の時にはこれほどではなかったが、さすがにアズラエルが絡んでくるとパレードもここまででっかくなるのだ。
「アズラエル皇太子殿下、万歳!」
「レラティビティ子爵、万歳!」
落ち着かない。いたって落ち着かない。大勢の中で自分が注目されるシチュエーション、いつまでたっても慣れない。
「そういえばイズは人混みが苦手だったな。でも、今みんなは君を祝福してくれているんだ。ちょっとくらい胸を張りな!」
アズラエルが僕の背中を叩きながらそう励ます。僕も一世一代の勇気を奮い、ぎこちなく手を振ってみる。
王城に近づくにつれて歓声はどんどん大きくなる。祝福してもらえるのは素直にうれしいが、緊張で胃に穴が空きそうだ。
王城の門は、それはもう派手に飾り付けされていた。本当にお祭り騒ぎだ。
「息子を助けてくれて本当に感謝する!!」
アズラエルを抱きしめていた国王ヴァサーゴが馬車から降りたばかりの僕に駆け寄って、公式の場であるにもかかわらず僕の手を握って感謝を伝える。これほど家族の身を案じているとは。やっぱりアズラエルが懐いてるだけあって、良き国王であるとともに良き父親なんだなあと思った。
「陛下、お顔をお上げください。私は人として、アスターテの民として当たり前のことをしたまでです」
とりあえずヴァサーゴを元の位置に戻させ、使節団の報告を兼ねた解散式を済ませる。
「イズ?どこか怪我はしてない?大丈夫?」
式とその後の雑務が住んだあと、西日が差す王宮の廊下でリリーが僕に話しかけてきた。
「ええ、これくらいたいしたことないですよ」
僕は包帯を巻いた左腕を指さして言う。本当は死ぬほど痛いが、それを言ったらカッコ悪い。
「ちょっと手を貸して」
リリーが僕の左手を取り、その手のひらを彼女の手で覆った。そして魔法陣を起動し、呪文を唱えた。
『
包帯越しにわかるほど腕の損傷部分が緑色に光り出し、みるみるうちに傷が塞がって骨が繋がった。リリーは僕の腕に巻かれた包帯を外した。
「これは…治癒魔法、ですか?」
「そう。私の固有魔法”
「ヘリオス…?」
ヘリオスといえばギリシャ神話で太陽を司る神の名だが、医術の神アポロンと同一視されることもある。ひょっとして、リリーは…。
「直々のお手当、ありがとうございます」
「いえ、良いの。私が好きでやったことだから」
それにしても治癒魔法なんて人智を超えたバランスブレイカー、存在が公表されたら研究どころの大騒ぎじゃなくなる。周辺諸国のリリー争奪戦が始まるぞ。
「良いのですか?私なんかにそんな強力な魔法のことを話してしまっても」
「ええ、あなたはとてもいい人だから」
「リリー殿下の信用を得られるなんて、光栄です」
すると、そこにラミィがやってきた。そして僕と目が合った瞬間、目に大粒の涙をためながら猛烈な勢いで僕に抱きついた。
「い、イスラフェルくん…!よかった、ちゃんと生きて帰ってきてくれて…!」
そばに居たリリーに気づきもせず、一心不乱に僕を抱きしめて泣いている。
「じゃあ、私は失礼するわね。あとはお二人にお任せするわ」
「あ、す、すみませんリリー殿下!」
我に返ったラミィは慌てて立ち返り、リリーに礼をした。
「良いのよ、気にしないで」
リリーはお楽しみはこれからねとばかりにニヤニヤしながらその場を去っていった。するとすぐにラミィが僕の方に振り返り、顔を近づけて言った。
「オウル要塞に悪魔が2体も出現したって聞いて、本当に気が気じゃなかったんですよ!もしかしたらイスラフェルくんに何かあったんじゃないかって、心配で心配で…!」
全て言い終わる前に彼女は再び僕を抱きしめた。その手は柔らかに、温かく僕を包みこんだ。
「もう、私を一人にしないで…」
今にも消え入りそうな声だった。
「もちろん」
僕も彼女の細い体を抱きしめた。まるで手のひらを通してお互いを愛する気持ちが通じ合うようだった。
ようやくわかった。僕は今、ラミィをこの世界の何物よりも愛している。
* * *
「あのクソ女狐…」
イスラフェルとラミィの一連のやり取りを終始陰から見ていたリリーは、イスラフェルが巻いていた包帯を爪が手に食い込むほどの握力で握りしめ、嫉妬に顔を歪めていた。
「私という恋人がいながら、何であんな小動物みたいな女と…。ラミィなら無害だと思って近づくのを良しとしたばかりにこんな事に…」
リリーの目から涙が流れ始めた。
「良いわ、どうせ最後には彼は私の夫になるんだから。そのためにこっちまで追いかけてきたんだもの。今、私の正体を知ったらきっと彼は怒る。それを知らせるのは私とイズが結婚してからでいい。まずはラミィをどうにかしなきゃ」
自分に言い聞かせるように、リリーは独り言をつぶやき続けている。
「イズは…ヤクモは、私のものなんだから」
最後にそう言い捨て、イスラフェル達に気づかれないよう注意しながらリリーはその場を去った。
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