Ep16 RADIO WAVE

 こうして、僕と隊員たちとの奇妙なゲームが始まった。さっそくだが、レイヴン本部の廊下のど真ん中で姿を消して切りかかってくる者がいる。

「リュトビッツ三等兵、剣の風切り音を消しきれてない。手練れ相手なら姿を見抜かれるぞ」

「ハッ!」

「では、要件を聞こうか」

「今次作戦においての目標は、対象である皇太子殿下の護衛のはずです。なのに、我々が事前にこれほど戦闘訓練を積む意味はあるのでしょうか?」

 まあ、何も知らなければ真っ当な意見とも言えるが…。

「殿下が魔法学院に入学されてすぐの頃、悪魔に襲われた事件があっただろう?」

「はい、そのときはその場に居合わせた優秀な生徒が一人で撃退したとか」

「この場合襲撃の成否は置いておいて、重要なのは皇太子殿下の命を狙う敵組織が存在するということだ」

「…なぜ組織だとわかるのですか?」

「悪魔の召喚条件は、一定数以上のだ」

「___は?」

「例えば殿下を襲ったあの悪魔、古い文献によると名はアンドロマリウス。召喚に必要な命は約150人らしい。そんな数の人命をコッソリどうこうできるのは、大規模な組織に決まっているさ」

「ちょっと待ってください、人の命って…奴ら、人の命を何だと思って…!!そんな消耗品みたいに…!」

「そうだ。アルマロス三等将校にも報告してある。目的が何であれ、早急にやめさせる必要があるな。」

 リュトビッツは、少し怖気づいたようだった。このことは知らせないほうがよかったか?

「とにかく、仮想敵はそんな連中だ。何をするかわからない。我々は何があってもいいように殿下の近くで待機するのみだ。最悪派手な戦闘になる」

「…わかりました」

 そう言って、彼女は去っていった。


 * * *


 「イスラフェル・フォン・レラティビティ子爵宛 大使団の一員として、アズラエル・フォン・アスターテ皇太子殿下に同行せよ」との通達が来たのは、アズラエルが王都を出立するわずか2週間前のことだった。アズラエルに聞いてみたところ、「僕が希望したんだ。あまり良くわからない護衛をつけてもらうより、イズのほうが信頼できるし強いじゃないか。会談の時にも僕の右側に座っていてもらうよ」とのことだった。不自然な設定なく近くにいられるのはありがたいんだが、自由に動けなくなるのはなあ…。

 父さんに「皇太子殿下とともに大使兼護衛として和睦協定につきそう大役を賜った」というような旨の手紙を書き、学校の郵便窓口で発送の手続きをする。ついでに僕に送られてきた郵便物を受け取る。領地からの報告書が分野別に数部、家族からの手紙、相変わらず送られてくる結構な量のラブレターなどなど…。

 そのなかに、ある一通の手紙があった。差出人はレーレライ・アルマロス”情報局長”。彼女の表の職業だ。内容はなんてことない挨拶、将来情報局で職につかないかという誘いなど。一見すると普通だが、これは暗号だ。レイヴン共通の解読法で読み解くと…。


 『シキュウハナシヲシタイ ホンジツ、ジコク1600』


 なるほどねえ。僕がアズラエルに随伴することになったのは、レーレライにとっても青天の霹靂だったようだ。


「さて、要件はわかってると思うが…アズラエル殿下のことだ」

 やはり、レーレライが話したかったのは大使の件だったようだ。

「イズ、お前は素手でも戦えるか?」

「魔術士官ですので、それなりには」

「まあ良く言えば常に殿下の最も近くで護衛できる。悪く言えば味方から隔離されて、連絡を取ることもできず単独行動を強いられるということだな。私は今回、確実に悪魔による襲撃があると考えている。目的が殿下の殺害であればこれは千載一遇のチャンスだ。本当なら3個中隊くらい送ってやりたいが、あまりの大人数では動きづらいだろう。

 君があまりにもあっけなくあの大蛇を倒してしまったせいで上層部の悪魔に対する危機感も薄いらしく、ノリノリで殿下を王都の外に出すとか抜かしやがったからな」

 レーレライの顔面は、怒りで最早噴火寸前だ。原因の半分くらいは僕だが、上司の無茶振りが大きなストレスなのは秘匿組織でも変わらないようだ。

「状況はあまり芳しくないですね。いくら個の力が強かったって、一対多で護衛戦はいつか必ず限界が来る。でも、連絡手段についてはなんとかなります」

 あんまり突拍子もない装備を身内にばらまいて目をつけられるのは嫌だが、この際仕方がない。電波通信を解禁しよう。

「ああ、わかった。お前のことだし何か策はあるんだろう。イズにまかせるよ」

「ありがとうございます」

 僕は敬礼をしてレーレライの書斎を出て、途中何人かの隊員に襲われながらすぐに寮に戻った。それにしても皆確実に腕が上がってる。こりゃ、僕に攻撃を通す者が出るのも時間の問題だな。

 さて、寝る前に一仕事だ。無線機に必要なのはマイク、スピーカー、アンテナだ。チャンネルは3つくらいでいいだろう。隊員同士の個別通信、隊員−僕の個別通信、 そして全体回線だ。予備でもう一つくらい作っておこう。

 襟で隠せるし、耳飾りのような形よりチョーカー型の方がいいだろう。声帯から音を拾って、骨伝導で耳に音を伝えるタイプだ。あとはできるだけデザインをバラけさせる。宝石や飾りに見せかけてダイヤルを仕込み、チャンネルや通話相手を設定できるようにした。あとはこれを創造神ブラフマーで人数分作るだけだ。

 翌日、僕は隊員を集めた。

「突然で悪いが、作戦当日私は貴官らと直接接触することができなくなってしまった。そこで、ちょっとした通信機を製作してみた。これならある程度離れていても味方と通話できるはずだ」

「すみませんサイエンティスト一等士官、おっしゃる意味が解らないのですが…。離れていても通話、とは…?」

 まあそうだよな。彼らにしてみれば、常識が覆るようなものだからな。

「百聞は一見に如かずだ。とりあえず、全員この首飾りを付けてみてくれ。デザインはすべて違うから、まあ早いもの順で好みのものを取るといい」

 皆戸惑っていたが、それぞれ首飾りを付け始めた。

「じゃあ、首飾りには5つ何かしらの装飾がついているはずだ。まず一番右とその左隣、左から二番目の宝石なり装飾を回してみてくれ。それぞれ10等分のメモリがついている。それはこの小隊の隊員をアルファベット順に並べた番号と対応していて、メモリを合わせて一度押すとメモリに対応する隊員との個別の会話ができるようになる。

 一番左の二つメモリがついている装飾だが、大きいメモリが一度に全員に呼びかけるための全体回線で小さいメモリが私との直通回線だ。使用法は同じ、一度装飾を押すこと。中央の三つメモリがついている装飾は通話ボタンといったところだな。大きいメモリに合わせると、常に指定された回線で会話が共有されるオープンチャットモードになる。中くらいのメモリに合わせると、装飾を押している間だけ会話が共有されるプッシュトゥトークモードだ。小さいメモリなら、会話は共有されなくなる。まあ、扱いにはすぐに慣れるだろう」

 僕は自分の首飾りを付け、全体回線のオープンチャットに合わせた。

〘聞こえているか?〙

「「「「?!?!?!?」」」」

 皆が驚愕の声を上げる。そりゃそうだ、音なんて複雑な情報を送受信する魔法は、この世界にはまだない。

〘なぜ離れていても声が聞こえるんですか?〙

 この声は、ヴァレリー・フォン・クリュセ二等魔術兵か。純粋な戦闘能力もさることながら、罠や策略をも駆使する頭脳派の隊員だ。

〘まず、この首輪には魔力を電気に変換する魔力鉱が仕込まれている。それを音波を拾って振動する膜に取り付けたコイルに流して音を電気信号に変換し、同じく銅線を巻いたアンテナから電波として空中に放っている。電波を受信した側は音の信号を振動子に流して、骨を通して耳に伝えることで、互いが離れていても声が聞こえるようになっているんだ〙

 しまった。僕の作ったサイコーな発明品について早口で語りすぎて、皆固まってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る