Ep10 EACH CLAN

 ラミィさんは正妻の子ではなく、当時のミゲル家当主と妾の間の子だったらしい。しかし、生まれ持った平均よりも大きな魔力量により、生まれた時には「優秀な魔女になる」とかなり将来を期待されていたのだそうだ。次期当主の筆頭候補にもなった。


 だが、問題はそれからしばらくした後だった。本来ミゲル家はエルフの血を次ぐ家系で、超人的な寿命を持つ代わりに子どもの出生率が著しく低い。しかし、奇跡的に正妻との間に跡取りとなる男児が生まれたのだ。正式な跡取りが生まれたら、ラミィさんは一転して目の上のたん瘤となってしまった。その男児は、ラミィさんよりも魔力量が小さかった。正式な長男よりも庶子の女児のほうが実力が高いとなってしまえば、貴族としてのメンツが立たない。しかし、嫡子を差し置いて庶子に家を継がせるのは大問題だ。本家の人間の実力が庶民の血が流れる者よりも低くなるということは、その家は衰退に向かっているととらえられ、人々の支持、あるいは序列の降格など家へのメリットは何もない。


 そんなわけで幼少期から邪魔者を見る目で見られ、機会があれば母親とともに家から追い出そうといわれていたらしい。


 ラミィさんが6歳の時、その重圧に耐えかねて母親は彼女を置いて一人蒸発してしまい、ラミィさんは家に完全に居場所がなくなってしまったその時以来、ずっと髪を伸ばして顔を、ひいては自分自身を隠すようになってしまった。そんな思いに呼応して、相手に自分を認識させない蜃気楼ミラージュ・オーラという固有術式が開花したのもこの頃だったという。


「だから…自分の気持ちをほかの人に伝えるのが苦手で。なぜかは知らないけど、殿下という自分以外の他人・・・・・・・を本気で・・・・助けようとしていた・・・・・・・・・イスラフェル君なら、相談に乗ってくれるかなあって…」


 どうしよう。マズい。相談なんて初めてだ。転生する前も、してからも。


 僕は少し考えてから、ゆっくりと話し始めた。


「…人っていうのは、昔から群れて生きてきた動物です。周りから相手にされず群れの中で一人で生きていくなんて、到底耐えられるものじゃない。普通なら完全に心を閉ざして、自分の意思なんて胸の奥底に引っ込めて、じきにすべて消えてしまう。それが、その状況で一人の人間ができる唯一の自己防衛ですからね。


 でも、あなたは違った。あなたは自分自身を自分で取り持つために、自分の意思でこの学校に来たんでしょう?そしてだれかに自分の気持ちを伝え、助けを求めるためにあなた自身が僕のところに来た。僕なら、絶対にそんなことはできませんよ。徹底的にふさぎ込んで、およそ人と呼べるような生き物じゃなくなってしまうと思います。


 ラミィさんには、まだ自分の意思がある。あなたはとても強く、気高くて、美しい女性ですよ」


 ラミィさんはなにかハッとしたような様子だった。前髪の隙間から見えた碧く澄んだ瞳には、大粒の涙が溜まっていた。


「…イスラフェル君、今夜は、この部屋に泊まっていってもいいですか?」


「いいですよ。」




 ラミィさんが眠ってしまったあとも、僕は自分の過去についてあれこれ考えていた。


 僕が大きなやらかしをしてしまってから、この世界で過ごした時間を含めると、およそ20年が経つ。ある程度は僕も立ち直ることができた。女神様はこの世界での役目を終えたら元の世界に帰れると言っていたけど、帰るのがどの時点なのかわからない。


 なるべく早い時点に帰ることができればいいが、この世界と元の世界が並行世界のような関係だった場合、今もこの世界と同じ速さで時間が流れているのかもしれない。そうすると、もし役目を終えて帰ることができても、もはや手遅れになってしまう可能性がある。


 ...しかし、僕もまあ図太くなったものだ。この世界に来てからしばらくは、科学について考えることすら忌避していた。だけど、こっちでできた家族の温かみに触れて、勝手な想像ではあるが自分にはまだ味方がいると思えた。それからようやく立ち直れたのだ。


 感情というのは、一見すると科学の根幹となる効率性、正確性、再現性の最大の敵だが、ときに人知を超えた力を発揮し、他人同士、あるいは異なる種が感情を共有することすらも可能だ。生命が生命たる最大の所以とも思っている。


 だからこそ、僕は科学で人々を幸せにしたい。破壊の眷属とやらが何をしてるかは知らないが、僕がこの目で人々を幸せにできるか見極めて、とっとと仕事を終わらせて元の世界に帰るんだ。




 * * *




「てことで、一か月後は学園祭で―す!」


 うぅ…ローズ先生のいつものハイテンションが、寝不足明けの肉体につらい。


「あなた方Aクラスの生徒は、全員拒否権無しで、学園祭の目玉となる武術大会の団体戦に出場していただきまーす!」


 この学校では、伝統として各学年のAクラスの生徒と、希望した生徒がトーナメント形式で戦闘力を競う武術大会というものがあるのだ。毎年王立競技場を特別に貸し切ってかなり大規模に開催している。個人戦は完全に希望者だが、特に盛り上がる団体戦に関してはAクラスの生徒は全員が強制出場となる。めんどくさい。目立ちたくない。けどねえ…優勝賞品がねえ…。


 そう、優勝賞品は①賞金3000フォリス(日本円でいうと15万円くらいかな?)、②魔術師としての名誉、③Bクラス以下の生徒だった場合クラスの昇級、そして…④王立中央図書館の『全エリアへの』アクセス権。そう、国家機密レベルの重要な文書を「いつでも」「なんでも」読めるようになる!いままでコッソリ忍び込んで覗き見てたが、これからは監視の目におびえずに読めるようになるのだ!これは、何があっても優勝をもぎ取るしかない…!


「ルールを簡単に説明しまーす!競技モード用結界によって基本的にケガは全部治ります!正方形の平坦なステージですが、魔法で地形を変えるのは問題ありません!全部元に戻るんで。ちなみにこのフィールドの形式は私が作ったものなんで、仕様についての質問なら大体答えられます!あと使い魔、召喚獣の使用はOK、トラップ系の仕様も試合中に仕掛けるなら問題ありません!でも、選手に外部からのバフ・デバフをかける行為は禁止です!勝利条件は相手の降参又は戦闘不能にすること!あとは、自由に戦ってください!」


 さらっとすごいこと言ったぞ。前からよくできてるなあと思っていたが、まさかこの試合システム作ったのが先生だとは。


「団体戦の場合、チームは三人です!チームメンバーが先鋒、副将、主将の順に一対一で戦って、先に二勝した方のチームが勝ちです!また、団体戦では、術者がチームメンバーである場合に限って外部からの魔法によるバフ効果をかけられます!以上、あとは自由にチームを決めてくださーい」


 その後、今日の授業はメンバー決めと練習になった。


 さて、どうしたものかな…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る