第10話
実を言えば、俺は以前にも一度、死んだことがある。
そのときに真実を悟ったのだ。
俺と黒華の関係がまさにそうだが、
『2者が衝突し、どちらかが死ぬまで殺し合いをする』
俺が死ぬか。
黒華が死ぬか。
その結果なのだからつまり、黒華と俺の両方が生き続けるという世界線は存在しないわけだ。
平行世界という言葉を耳にしたことがあるだろう。
まさにその通り。
死の瞬間に俺が会得したのは、『世界線渡りの術』とでも呼ぶべきものだったのだ。
だから元いた世界線では俺は死んでおり、葬式が行われ、遺骨が墓に入れられたのは間違いない。
だがこちらの世界線では、俺は生きてピンピンしている。
まるで1番線から2番線へ電車を乗り換えるように、俺は世界線を乗り換えたのだ。
もちろん俺だって、どの世界線へも好きなように渡ることができるわけではない。
渡りを実行できるのは殺害される瞬間だけで、渡ってゆく先の世界線は、必ず『事象の地平線(イベント・ホライズン)』の内側になくてはならない。
だが相手とは殺し合い、命の取りっこをしている最中なのだ。
互いの距離はごく近いわけで、局所性の禁忌を破る心配はない。
よしんば破ったとしても、その瞬間、俺と相手は『量子的にもつれている(エンタングル)』のだ。
アインシュタインが聞いたら、きっと顔を真っ赤にして怒るだろうが、エンタングルに際して局所性はもはや意味を持たず、犬のエサにくれてやるしかない。
『俺と黒華が戦って、どちらが強いかやってみる』
とは、ただの測定行為でしかない。
そこで波動関数が収縮して、なにがしかの結果が与えられるわけだ。
シュレディンガーの猫のことを思い出してみるがいい。
結果(=測定結果)とはつまり、『俺が生き残るか』『黒華が生き残るか』の二つに一つでしかない。
量子力学的要請により、ここで世界線が2つに分岐するわけだ。
一方の世界線では『俺が生き残り』、もう一方の世界線では『黒華が生き残る』。
黒華が生き残る世界線では、俺の死体が無残にも地面に横たわっているわけだ。
だが俺は世界線を乗り換えている。
こちらの世界線においては、黒華の死体が地面に転がることになるわけだ。
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