1-7. コスプレが守るもの



 目と目で、タイミングを計る。

 十年以上共に過ごした濃密な時間。そのおかげでハルとイーズは、あえて口に出さなくとも互いの考えがある程度分かるようになった。

 それでも、重要な場面ではきちんと相手に伝えることは必須である。

 夫婦の価値観のズレはそういう小さなことから来るのだと、ロクフィムの冒険者のお姉さまが教えてくれた。思いっきり目をそらしてかすかに震えていた男性冒険者がいたけど、気のせいなはず。お姉さまたちは皆優しい人たちだ。

 それにしても、そろそろイーズは二十代後半に入るのに、いつまでも子ども扱いされるのはなぜだ。

 見た目か? 見た目の問題か? 結婚したんだし、大人グループにカウントされてもいいのでは? なんたってヒトヅマだし!


「イーズ、集中して。分かってるな? タイミングが大事なんだぞ。ぷっく、ふふふ」

「分かってます、ハル。大丈夫です。あと、その薄ら笑い、やめてください」

「くっふ、むふ、ぷふ……遊園地のキャラ、再び……ぶふ」

「言っておきますけど、ハルも今煮たり焼いたりな見た目です」

「似たり寄ったりな」

「あえての間違いです」

「へーへー」


 軽い調子で言葉を交わし、準備が整ったことを確認する。

 目の前には元気に蔦をくねらせる巨大な魔植物。その名も……ウィグルネペンテス。

 ネペンテスとは言わずもがな、食虫花のウツボカズラだ。しかし魔植物なので一本一本が巨大で、ぶら下がっているツボはすべて一メートル近くある。

 またハルによれば、ウィグルとはクネクネとかウネウネと言う意味の英語らしい。

 実際に目の前で巨大なネペンテスがツボをプラプラと揺らしながらウネウネしているのを見て、ハルとイーズの目は半分以下になる。


「イーズ、集中してよ? また液かけられたりしないでよ?」

「分かってます。それに今回は完全防備してるので多少かかっても問題ないです」

「そう、だね。完全、ぼうび……びゅぷふふ」


 またも肩を震わせて笑い、視線をあらぬ方向に向けるハル。

 ここで今の状況と、ハルとイーズの格好をおさらいしてみよう。

 目の前にはウィグルネペンテス。

 ハルとイーズはそれぞれツナギの上から動物の皮で作ったジャケットを着、手袋をした上、顔を防御するために目だし帽の上からごついゴーグルをつけている。

 イーズの顔半分を覆うでっかいゴーグル。これは昔懐かしジャステッドでチェスナットボマーの採取のために買ったもので、長い沈黙のあと、やっと日の目を見たのだ。

 完璧で究極の防御スタイル。決して黄色い遊園地キャラではないと、思う。たぶん。


「ハルさ……ん、イーズさん、本当に良いので? 島の慣れたものが作業することもできますが」


 ハルとイーズの正体が勇者だと知っているチェズは、「こんなことを勇者にさせていいのか」と考えているのが丸わかりな表情で尋ねてくる。

 あるいは「こんな格好を勇者がしていいのか」とか思っているのかもしれない。多分後者が正解。


「でも、僕たちが余計なアイデア出したからネペンテスの溶液採取が必要になったんだし、これくらいやるよ。もう着替えて準備万端だし」

「ネペンテスを傷つけないように、溶液だけ採取ですよね。これ、使うので問題ないです」


 そう言って、イーズは今は大きめの革袋の形に形状変化させているマジックバッグを揺らす。

 マジックバッグの形を調整しながら採取すれば溶液が飛び散らないし、途中で採取袋を交換する必要もない。

 やる気に満ち溢れた二人の様子に、もう何も言うまいと決めたのか、チェズは礼とも了承ともつかない頷きをして後ろに引いていった。


「さて、気を取り直していきますか。はい、役割のおさらいです。イーズは闇魔法でネペンテスのツボの部分をひっくり返して固定、俺はマジックバッグで溶液の採取。おっけー?」

「おっけー、です」


 ハルが採取側なのは、そちらの方が溶液を浴びる可能性が高いことと、万一、体にかかってしまったとしても即座に水魔法で洗浄できるから。

 イーズはネペンテスには直接触らないので安全性は高い。

 ここで「安全だ」とか言いきったらよろしくないフラグがハタハタとはためくことになるので、あくまで”可能性が高い”と言うことにしておく。リスク管理大事。


「採取は左から。他の個体がこっちにうねうね来ないように、常に警戒して。何かあればすぐ離脱」

「おっけー、です!」


 うねうね、もぞもぞ、ぐねぐね、もごもご。

 こちらが今から近づこうとしているのを悟ったかのように、ネペンテスの動きが激しくなる。

 ちょっと待て、最後、なんか食べてる。

 あそこのネペンテスからは採取はやめておこう。消化途中のグロテスクな何かが出てきたら嫌だし。


 簡単な打ち合わせが完了し、ハルは手袋を付けた指を窮屈そうに三本立てた。


「んじゃ、僭越ながらわたくしがフィーダの代わりにカウントダウンを」

「ああ、フィーダ、惜しい人を……」

「亡くしてないからね。んじゃ、行くよ。スリー、ツー」

「「ワン!」」


 同時に二人走り出す。

 その姿はさすが勇者……とはならない。

 もったもった、どったどった、よったよった、ぽてぽて。

 着込みすぎた防護服と、ゴーグルの狭い視界。

 短い距離なはずなのに、ネペンテスが遠い。


「うおおおおのれぇぇぇ、ネペンテスゥゥゥ」

「怖い怖い、怖いから」


 目だし帽のせいでいつもよりさらに低く響くイーズの声に、ハルはたまらずツッコミを入れる。


「ふおおおおお、影、縛り!」


 ネペンテスから数メートルの距離で立ち止まり、両手を前に突き出してイーズは闇魔法を発動させる。

 シュルシュルと何本もの黒い影が茎を伝い、ネペンテスからぶら下がる六つのツボに絡みつく。

 うぃごうぃご、くねくねしていたネペンテスがギギギギッと動きを止めた。


 一、二、三と数秒様子を見て、イーズは完全にネペンテスが動かなくなったのを確認し、ハルに向けて親指……だけを立てられなかったのでガッツポーズする。

 ハルはそれに対してどこか自慢げに親指を立て、堂々と一番低い位置にあるツボに近づいた。

 それからハルはマジックバッグの口を左手に、島民から借りた粘液掻きだし用のヘラを右手に持って仁王立ちになる。

 なんとも、戦いに挑む戦士のような佇まい。絵面は間抜けだけど。

 イーズは影を器用に操って蓋の役目をしている弁を開け、ツボをゆっくりゆっくり傾け始めた。


「そーっと、そーっと」

「そっと、そおおおおおっと、おおおおおお」


 どろっと流れ出始めた粘液を受け止めるため、ハルは慌ててマジックバッグの入り口を大きく広げる。

 ところがすぐに首を傾げて「持ってるの邪魔かも」と呟き、足元にテーブルを置いてその上にドラム缶のような形状にしたマジックバッグを置いた。


「よし、これでやりやすい」


 両手で握りなおしたヘラを、ハルはツボの中に突っ込む。

 想定したよりも勢いよく、奥に。

 ズボッとヘラがネペンテスのツボの底に突き立てられた。

 途端、ネペンテスが激しくウネウネしだす。


「あ、やべ」

「あーーー、ハルのばかぁ!」


 咄嗟にイーズは、バングル型の魔法杖で魔法を補強する。

 がっちりと、影を鎖のように太く、硬く絡みつかせてギッチギチに繋ぎ合わせた。


「ふへぇ」

「ごめんごめん。ちょっと勢いつきすぎた」

「そ~んなに服を溶かされて、あれ~いや~とかやりたいんです? なら、心から協力しますけど?」


 フワリと一瞬だけ魔植物を拘束する影を緩ませたイーズに、ハルは後ろを振り返ってぶんぶんと必死に頭を振る。

 勢いでずれてしまったゴーグルの位置を手の甲で直し、ハルはヘラを握りなおして腰をためて深く頷いた。


「慎重にやります。すみません。服は大事です。お願いします、イーズ様」

「よろしい。ではもう一度、慎重に。いいですね?」

「はい」


 怖い顔……をしているだろう雰囲気を滲ませるイーズに念を押され、ハルは神妙に頷く。

 不安そうなチェズの視線を感じ、経験したこともないプレッシャーを初めて感じる。

 やっぱり自分には勇者として注目を浴びるのは無理だったんだ。

 そんな十年以上も前に分かり切っていたことを脳内で改めて結論し、目の前の作業に集中する。


「行きますよ!」

「しゃあ、こい!」


 元気な掛け声とは裏腹に、慎重に、ゆっくりとネペンテスが傾けられ、続けて黒い影が蓋の部分をこじ開ける。

 ハルは握りしめたヘラの先に風魔法を纏わせ、ネペンテスの内部に触れることなく溶液に流れを作る。するとサラリとした溶液が、ネペンテスの口から足元のドラム缶型マジックバッグへと注ぎ出された。

 じっと中身を鑑定し、ハルはホッと息を吐く。マジックバッグの中身が溶液の影響を受けるとは思わないが、なんとなく心配になっていたのだ。


「おっけー。んじゃ、次のツボに移るから」

「了解です。慎重にですよ、慎重に」

「ワカッテマス」


 夫婦の信頼とは。

 夫の威厳とは。

 熱のこもった防護服の中を、緊張以外からくる気持ちの悪い汗が伝う。

 結婚式以来ガタ落ちな夫としての評価を上げようと、ハルはネペンテスへと宿敵を見るような眼差しを向ける。


「頑張れ、俺!」

「はーい、頑張ってくださーい」


 ポツリと呟いた声を拾われる。

 ハルは力が抜けそうになる足を叱咤し、次のツボへとヘラを伸ばした。


 そして二時間もの精神的、体力的戦いを制し、ハルは約三十個以上のツボから溶液を回収したのだった。



「さすがですね、ハル。ネペンテス絞りの王とでも呼びましょうか?」

「……やめてください」



 夫としての威厳が少しは回復したのかどうか。それは薄い笑みを浮かべた新妻のみが知る。






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