1-5. 幻想と理想と現実は違うもの
フワンと大きな波に乗り、船がゆっくりと揺れる。
途端、四人の男たちがぐっと息をつめた。
その直後、不規則に積み上げられた割り箸サイズの木の棒が、カラカラと音を立てて崩れて転がる。
「あああああ!」
真剣な表情で山の中から一本だけ引き抜こうとしていた男が声を上げた。
「あ~あ、今の揺れはタイミングが悪いな」
「それも運のうちだって」
「さて、だいぶ山が小さくなったぞ」
叫び声をあげた男と同じく、木の棒の山を囲んでいた男たちはそれぞれ自分勝手な発言をする。
揺れる船の中バランスゲームをするのはスリルがあって面白いのか、ゲームが始まってかれこれ二時間。よくそんなに集中力が続くものだ。
ちなみに軽く賭けもしていて、対象は一口サイズの食べ物。
木の実だったり、穀物を押し固めた焼き菓子だったりと様々。勝者はゲームの最中にぽりぽりと戦利品を摘まんで、勝利を味わえるというわけだ。
なお賭ける品は食べ物なら何でもいいが、唯一「昆虫食は却下」というルールがある。
このルールの提唱者は、勇気のない勇者様である。しかし身バレしていないので、ただの勇気のない一般人と言える。
「よーし、次、俺の番」
船の揺れがおさまるのを待ち、顔に特徴的なペイントを施した男性は次はどこを狙うべきかと棒の山を様々な角度から確認し始めた。
あんな動きをする鳥がいた気がする。
離れた場所から男たちの様子を見ていたイーズは、記憶に引きずられるように首をカクカクと動かしながら木製のカップに口を近づけた。
「ん、美味しいです。酸味がいいですね」
「でしょ~。ほんの少しだけ乾燥した果実をいれたから」
「元はお茶ですよね? 島でよく飲むんです?」
「大人から子供まで全員ね」
そう答えて鎖骨まで届きそうな大きな輪っかピアスを付けた女性は快活に笑う。
ラヴェーラと名乗った彼女は二番目に寄る予定の島に住んでいて、三ヶ月ぶりの帰省だそうだ。
普段は港の宿で働いているのだとか。
ちなみに、たった今盛大に木の棒の山を崩した男性は一つ目の島の住人。哀れな悲鳴とはやし立てる声が重なって騒がしい。
「イーズの町は宿はある? 客層は?」
「ありますよ。商人と冒険者向けが多いですね」
「宿でご飯も出してる?」
「ほとんどのところは」
熱心に聞き取りをするラヴェーラは、数年以内に島に宿を作るのを目標にしている。
島の特産を使った料理を提供する予定であり、島に着いたらふるまってくれると言ってくれた。
聞いた限り材料に不穏なものは混ざっていなかったので、ハルも大丈夫なはずだ。
一つ目の島までの航海が一番長い。
とはいえ明日の昼過ぎには着くので、今は船内で簡単な晩御飯を取った後のリラックスタイム。
乗り合わせた客層によっては一晩中どんちゃん騒ぎが続くのだが、今回は比較的品行方正な客が集まったみたいだ。
「今日は、潮が大人しい日だからよ」
「え?」
ラヴェーラはカップを両手で包み、ほっと息を吐く。
南部といえど、ずっと海の上にいると心なしか体が冷える気がする。きっとずっと耳奥に響く潮騒のせいだ。
「海が大人しい日は、船では静かにするの」
ちらりとゲームに興ずる男どもを見て、ラヴェーラは「あの程度なら許容範囲ね」といたずらっぽく目を細める。
それから顔を上げて、こう告げた。
「いいものが見れるかもしれないから、後で旦那さんと甲板に行くといいわ。でも惹かれないように気を付けて」
ラヴェーラの言葉が気になったので、イーズはハルを誘って海を見に行くことにした。
この船の客たちは興味がないらしく、連れだって甲板に向かうハルたちにヒラヒラと手を振っている。
なんとなく眼差しが生温かく感じたのは、外につながる階段に吹き込んだ風のせいだろう。
「お疲れ様でーす。ちょっと海見ててもいい?」
「おお、いいぜいいぜ。あんまり端に行って引き込まれんなよ」
さっきのラヴェーラと似たようなことを言う船員。
惹かれるとか、引き込まれるとか、なんとも不穏な表現だ。
ハルと一緒に船尾側から船首へとゆっくりと甲板を歩きながら、周囲の海を見渡す。
普段の海を知らないけれど、確かに海は穏やかだ。荒れ狂う嵐でないことは良いことだろうに、”海が静かだから”と言われて注意されると心が落ち着かない。
「こっちでも人魚伝説でもあんのかな?」
「セイレーンでしたっけ?」
緩く繋いだハルの手に引かれ、甲板の端、手すりギリギリに近づく。
水龍に引っ張られて移動する時の小舟はこの船より遥かに頼りないのに、あちらのほうが安心感がある。そんなことを水龍に言えるわけはないけど。
「感知マップには?」
「特に、何も……」
時折、近くを魚の群れが通る気配がする。
魔獣ではないから、気配だけで敵味方の判定は出ていない。
ハルも首を傾げて空を見上げた。
それから、「あ……」と小さく呟く。
それにつられるようにしてイーズも顔を上げて、同じように「あ」と声を出した。
「「鳥だ」」
大きな翼を広げ、星が散らばる空を舞う白い鳥。翼の端から端までは五メートルあるかもしれない。
さらに鳥を大きく見せているのは、体の数倍の長さがありそうな尾。
長い尾がまるで花嫁のベールのようにどこまでも広がる。
透けて見える星たちが、ベールを彩る真珠かダイヤモンドのよう。
こんな夜なのに飛べるなんて、明らかに普通の鳥ではない。見た目からして普通じゃないのは分かっている。
感知マップにいつの間にか現れた点は、敵の赤ではなく中立の黄色。魔獣だったら完全に敵対するはずなのに、襲ってくる気配はないことに安心してその姿を並んで見上げる。
「……ビウィッチングフェニックス? え? 何それ。ビウィッチってあれだよね、魔術で魅了するとかだっけ?」
「ウィッチって魔女っぽい感じですね。でも綺麗だし、惹かれるのは分かります」
ザアッとフェニックスが力強く両翼を羽ばたかせて、海面すれすれを飛ぶ。
長い尾は輝きを増し、水面を撫でて水しぶきを散らした。
「えっと他の情報は……スキルはやっぱり魅了が出てる。イーズ、ステータスの状態に気を付けておいて。あとは、”海釣りが得意”?」
「は?」
ハルの読み上げる鑑定の内容に、イーズはフェニックスからハルへと顔を向ける。
とその時、激しい水音がして慌てて視線を戻した。
その先には体をくねらせて、尾を水面から高く引き上げるフェニックス。
「キィィエエエエ!」
美しい姿には似ても似つかない声が上がる。
広がった尾が海面からしなやかにカーブを描き、海水と共に何かを空中に打ち上げた。
「……魚?」
尾に惹かれて海面まで来ていた魚が、次々と一本釣りされたマグロのごとく宙を舞う。
そしてそれらの魚たちは一匹残らずフェニックスの嘴の中へと吸い込まれていった。
見ようによってはフェニックスによる華麗な空中ダンスショーだが、言い換えたら魚の踊り食いだ。情緒もなにもない。
「なるほど。確かに釣りっぽい。けど、伝説のフェニックスだったらもっとそれっぽいもの食って欲しい」
「フェニックスっていうかペリカンに見えてきました。あ、魅了が付きそうなので浄化しておきます」
「綺麗っちゃ綺麗なんだけど、なんかなぁ……浄化サンキュ」
空を舞い、海の上を奔る煌めくフェニックス。
確かに美しい。
時折水しぶきと共に空中を飛ぶ魚も、ダンスの一部に見えてくる。
これを見続けたら気づかないうちに魅了されて、ふらりと海に落ちてしまいそうだ。
「キィィエエエエ!」
叫びを上げたフェニックスが船に近づく。
尾の一部が甲板を打ち、ゆらりと船が揺れた。美しくともその力強さは魔獣だ。
ハルとイーズはとっさに手すりにつかまり、間近で舞うビウィッチングフェニックスの姿を目で追う。
キラリと光る目は魔獣よりも理性ある生き物のように映った。
「なんか、”勝手に見てんな”って言われた気がします」
「えー、まさかぁ」
「キゥゥエエエエエ」
タイミングよく、頭上のフェニックスが奇声を放つ。
穏やかな海の美しい光景をぶち壊すその声は、イーズの言う通りだと告げているようにハルも感じた。
はあっとため息をつき、「勝手に見るなと言われてもな」と呟く。
しかしそこそこ楽しませてもらったし、何か食べ物でもあげれば満足するだろうか。
「深海魚とか食うかな?」
「確かに、水面からは釣れなさそうですね」
「キィィエエエ!」
「確かアズが前に持ってきてたのが残ってたような……」
「残り物じゃなくても、いっぱいあると思いますよ」
「キイエエエエ!」
「「うるさい!!」」
「キェッ!?」
ハルとイーズから同時に軽い魔法が放たれ、フェニックスはクルリと体を一回転させて避ける。
それでも「キェッキェッキェ」と急かすように、両翼を忙しなく羽ばたかせて船の近くでホバリングするフェニックス。
なんだかなぁと言いつつ、ハルはマジックバッグから取り出した深海魚の切り身を掴む。
「ほーら、これやるから、この船に乗るやつは今度からは魅了すんなよ」
「キィエ!」
「本当に理解してのか?」
とても良い返事を返したビウィッチングフェニックスに呆れつつ、ハルは魔獣のいる場所まで思いっきり切り身を投げ上げた。
ヒラリと長い尾をなびかせ、フェニックスが見事にそれをキャッチする。そして自分で釣り上げた魚のようには丸のみはせず、モキュモキュと味わい始めた。
心なし、羽ばたきの回数が増えたようにも見える。尻尾を振る犬に見えないこともない。
「喜んでんな」
「もうちょっと幻想的な生き物だと思ってたんですけどね、フェニックス」
「龍たちのことを思えば、残念さしかないでしょ」
「あー、ハイ」
納得したイーズの脳内で、四体の龍たちが「(我・ワシ・吾・ボク)は残念じゃない!」と声を揃えて怒りだす。もうその想像ができる時点で、残念で仕方がない。
ふっと小さく笑ってイーズは両手をズイッとハルの前に出した。
「切り身、私にもください」
「え? 食べたいの?」
「ちーがーいーまーす! 私も餌あげさせてください」
「餌って。犬じゃないんだから」
「イルカショーとかの餌やり、やってみたかったんですよね~」
水族館のイルカやアシカショーで餌をあげる飼育員の姿は子供のヒーローだ。
普段触れ合っている動物以外に餌を上げる機会はめったにない。ハリスたちにフェニックスに餌を上げたと自慢したら拗ねられそうだから内緒にしておかないと。
ちょっとヌルッとする感触の切り身をハルから受け取り、イーズは思いっきり振りかぶってフェニックスの頭上高くに投げ飛ばす。
「ほーら、取ってこーい!」
「キィエエエエ!」
「犬だな」
体を翻して一直線に切り身へと向かうフェニックスを見て、ハルは手すりに体を預けて苦笑する。
その後、魔法も使って交代で何度もフェニックスを餌付けしたハルたち。
あまりにも長い時間戻らない二人を心配してやってきた船員や客にその姿を見られ、心底呆れた視線を向けられたのだった。
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