ウザかった幼馴染の女医が最近可愛くなった
国北弘樹
第1話
プロローグ
僕らはあの学校から、約13年間一緒に過ごしてきた。周りからすれば、「幼馴染と付き合え。または早く付き合え!」と思うかもしれない。だがそんなことは僕らの間には起こるはずもなかった。その訳は、お互い親族に医者がいて、僕自身も医学に興味があり、ある日の放課後に、いつものように誰もいない図書室の中のパソコンで僕の持病である「ASD(アスペルガー症候群)」の遺伝子治療のドイツの論文を読んでいた時に、たまたま委員会の忘れ物を取りにきた杣田と出会った。「吉岡さん、いつも放課後にここで何やってるの?それって遺伝子治療の論文だよね?」その一言から僕らは一気に距離が縮んだ。お互いの家族の中の位置関係や、実は親族同士が同僚だったこと、そして何より互いに医師を目指していたことなどを知った。そして今に至る。これは、そんな僕らの医学の苦悩と達成の波瀾万丈の日々の記録だ。
出会い、そして仕事
京介side
僕は小学6年の秋に自分が治療法の存在しない、発達障害と括られる病気の中の内の一つの「アスペルガー症候群」であることを成城医科大学病院の当時研修明け1か月の牧野先生に知らされた。その話を聞いてから僕は取り憑かれたように勉強をして同時に論文などに興味を持つようになった。そして中学生になってからの放課後は学校の広い図書室に篭って論文を調べては読み漁った。そしてあの中学1年生の秋の夕方の図書室で僕は彩奈と関わるようになった。そして僕と彩奈が関わるようになって約1ヶ月半が過ぎて、クリスマスが近づいた時に僕は父から父の同僚の医師の家族とクリスマスパーティーをすることを知らされた。みんなも察しがつくと思うが、その同僚の家族は彩奈の家族だった。そして当日に僕は彩奈とお互いが知り合いであることを話した。ここから僕らの関係が始まった。
25歳になって初めての夏。いつも通り神経精神科の診察室で休憩をとっていると扉がノックされた。僕が扉を開けると元気に彩奈が入ってきた。
「こんにちはー!京介。今日も相変わらず1人弁当?可哀想に、じゃあ今日も私が一緒に食べてあげる。」
そう、この約11年で彩奈はめちゃくちゃ上から目線になり、いつも僕を揶揄うようになった。
「なんだよ。少しは僕に静寂を与えてくれないか?」
僕は本音を彩奈にぶつけるが彼女はそんな話も無視して僕の膝の上に乗っかる。
「ここは中学の時からの私の特等席なんだよね〜、あとそうだ。どうせ今日金曜日だから仕事終わったら真鶴の別荘行くんでしょ。私も今日は連れてってよ。着替えは用意してあるからさ。海入りたいし郷太のお母さんにも久しぶりに会いたいし。」
彩奈はいつも週末になると僕にこうやってだる絡みしてくる。僕はもう面倒くさくなっていたので実は今週中に自分の別荘に布団を購入していた...というのは単純に客人が来た時のためであって彩奈のためでは決してない!
「ご自由にどうぞ。ちなみにそっちは何時上がりだ?」
彩奈は相変わらずの上から目線で僕に話す。
「私は4時に上がるよー!京介は5時でしょ?仕方がないから待っててあげるよ。この美人の彩奈様が!」
正直彩奈と話すのはかなり面倒だが何故か疲れがわくことがない。
「へいへい。」
僕は返事をしてデスクのパソコンに向かおうとしたところ、ドクターカー出動の合図のメロディがスマホから流れた。僕はすぐに電話に出ると原教授が言った。
「原宿駅前の交差点で車3台の多重衝突事故が発生した。DMATとしての出動だ。吉岡はすぐにERのナースステーションに来てくれ。」
「了解です。」
すぐに僕は返事をして弁当の容器をゴミ箱に捨てる。
「悪い彩奈、要請が入った。多分定時には上がれると思うから待っててくれ。」
彩奈は僕の背中を叩いて言った。
「挨拶はいいから早よ行ってこい。患者が待ってるんだから。」
僕は彩奈に見送られて精神科の診察室を出てERに向かう。
ナースステーション前に着くとDMATのゼッケンとヘルメットを持って原教授が立っていた。
「行ってこい。今入ってる情報だと赤2人と黄色3人と緑5人、内2人が子供だ。」
頷いてすぐにERの出入口を出てtry-heartのドクターカーに乗り込む。うちの病院のドクターカーは一般的なドクターカーとは違ってトラックをベースに作られているため車内がすごく広い。手元に小児用の外傷治療バッグを置いて器具の確認をしているとプライベート用のスマホが鳴り出した。相手の名前を見るとそこにはハイパーレスキュー隊長の中谷祐一の名前が表示されていた。ドクターカーが出動するタイミングでかけてくる時は大体中谷が現場にいる時だ。僕はすぐに電話に出る。スピーカーからは力強い声とサイレンの音が聞こえてくる。
『吉岡、もうドクターカー乗ってるか?』
すぐに返事をする。
『あぁ、もう向かってる。』
『情報は伝わってるかもしれないが一応言っておく。患者は合計で10人、すでに半分は救出済みだが残り半分は今うちのチームが救出してる。吉岡は救出中の赤タグの小児患者の治療にあたってほしい。近隣の病院からもDMATが2チーム来てる。小児専門で診れるのはお前だけだから早く来てくれ。ちなみにあと何分で到着する?』
すぐにドクターカー運転手の池本竜司救命士に聞く。
「あと3分ほどで着くと思います。」
電話ですぐに中谷に伝言する。
『あと3分だ。こっちは準備できてるが訳あって今日は看護師がいないから救命士1人寄越してほしい。』
『了解。じゃあ現場で会おう。』
そう言われて電話が切れた。1分ぐらい経つと車が止まったのが分かった。
「現着です。」
すぐに池本さんが僕にそう言った。すぐにバックドアを開けてストレッチャーを引っ張り出して外に出る。指揮車の前に行くと祐一が出てきた。
「救出現場まで案内する。着いてこい!」
治療バッグを背負って現場まで走る。そしてレスキュー車の横を通り過ぎるとそこにはフロント部分が潰れたグレーの車が目に入った。後部座席には点滴を刺された小学校高学年ぐらいの男の子が座っていた。その周りを大勢の警察官と救命士とレスキュー隊員が囲んでる。人の波を掻き分けて車に近づく。すぐに男の子に付き添っていた救命士が状況を説明し始める。
「平野亮介くん11歳、現在脚を挟まれててもうすぐ30分経過します。」
「了解、クラッシュシンドローム防止のために乳酸リンゲル液を投与して時間稼ごう。祐一、救出は何分かかる?」
すぐに祐一が答える。
「あと10分だ。ちなみに他の患者は今全員搬出できた。あとはこの子だけだ。」
祐一の説明を聞きながら電話をかける。連絡先は成城医科大病院のERだ。
『もうすぐ11歳の男児を搬送します。約40分車のグロードボックスとシートに挟まれて脚の血流が遮断されてます。今乳酸リンゲル液投与して時間稼いでます。意識あり、あと20分ぐらいで戻ってくるんで透析とCTの準備もお願いします。』
しばらくすると原教授の声が聞こえた。
『了解、くれぐれも救出時は焦るなよ。』
電話が切れた。それと同時に祐一が声を上げる。
「スペースできた。出すぞ。」
「バックボード準備してください。ベルト固定する時は慎重にお願いします。」
続けて指示を出すと周りの隊員が一斉に声を上げる。
「了解!」
バックボードに固定してストレッチャーに患者を乗せてドクターカーに駆け足で戻る。
「うちに運びます。患者頭打ってるんで搬送の時は慎重にお願いします。」
救命士の池本さんに伝える。
「了解。」
返事と同時にドクターカーが走り出す。搬送中に患者に心電図モニタのシールを貼り付けて諸々の書類を書いて患者に語りかける。
「今痛いのはどの辺り?」
患者は弱々しい声で答える。
「頭が少し痛いです。脚は大丈夫です。」
「了解、お母さんはもう先に病院で治療を受けてるから大丈夫だよ。」
すぐに書類に症状を書き留める。
しばらくしてドクターカーが止まって池本さんがバックドアを開けた。「ストレッチャー出すぞ。」そう言って池本さんがストレッチャーを引っ張り出して周りを数人の看護師と医師が囲む。僕は書類を持って車から降りる。
「書類持ちます。あとすいません。緊急オペの方に行っててドクターカー乗れませんでした。」
書類をバインダーに挟んでいると1人の看護師が声をかけてきた。声の聞こえた方向を向くとショートボブの茶髪にガウンを身につけた伊井波遥の姿があった。
「全然大丈夫だよ。現場担当が祐一だったからアイツが看護師の代わりをしてくれた。」
返事をすると遥は小声で言う。
「そうですか。」
一瞬遥の顔が赤く染まっているように見えた。すぐに一緒に初療室に向かう。時計を見ると午後2時前だった。ここで患者を弟の健太郎に引き継いで着替えて医局に戻る。椅子に座ってコーヒーを飲みながらカルテを書いていると彩奈がやってきた。
「あの患者のケア、私がやっていい?」
いつもなら救命の患者のケアを進んで行わない彩奈が声をかけてきて内心少し驚いた。
「構わないけど。というか珍しいな、お前が進んでやりたがるなんて。」
彩奈は少し頬を膨らませて僕を睨んだ。
「私も医者ってこと忘れないでよね。じゃあ私、精神科の医局の方でカルテ書いてくるから。」
彩奈はそう言うと白衣を揺らしながら医局を去って行った。僕もパソコンに向かってさっきの患者のカルテを書く。外を見ると新宿の街が少しずつ夜の闇に光を発し始めた。僕はしばらくカルテと睨めっこをした。
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