第7話 哀しみは紅い空に

「どこに行くつもりだ、卜持准尉」

闇に包まれた冷たい廊下を、カーチスの声が揺らした。

「現在時刻は午前五時。来客には日が昇ってから出直せと言う所だが、事その内容が重大なものであれば、その限りでは無い」

彼の瞳に映っていたのは、雫だった。見つかった事に取り乱す様子もなく、開き直ったかのように堂々としていた。

「...思い出したんですよ。俺の名前、俺の生い立ち、バンクーバーでの事、俺の全て。全部、俺の中の俺が教えてくれたんです、雫・ガーフィールドが」

「...そうか。調査の方もそこまで進んでいた。...成程な、それで君はどうするつもりだ、そんな格好をして」

カーチスの目の前に立っている雫は、既にパイロットスーツもヘルメットも着込んでいた。腰のホルスターにはロークの部屋から盗み出した拳銃を差していた。

「決まってんでしょ、大尉を探しに行くんです。この事、どうせアンタが絡んでんだろ?言え、大尉はどこだ!」

拳銃に手をかけながら雫が吠える。衝動的でも、理性的な行動とも思えなかったが、答えなければ撃つ、という気迫だけは確かにあった。

「知ってしまえば、お前はもう後には引けなくなるぞ。彼女も私の同志たちも、皆腹を切る覚悟で事に望んでいる。お前にその覚悟はあるのか!」

雫以上の気迫でカーチスが一喝する。だが、雫は気圧される事なく笑みを浮かべ、

「あたりめぇだ。俺はもう、俺一人じゃねぇ。あいつのやりたかった事は俺のやるべき事だ。あいつが出来ない代わりに、俺がやらなきゃならねぇし、俺がやりたいんだよ」

言葉の途中からは、雫・ガーフィールドに言い聞かせるように答える。答えを聞いたカーチスは観念したように、

「北東へ飛べ。カルラ大尉は現在成田基地に戻り、バンクーバー襲撃部隊の護衛任務に就いている。今の時間なら、ちょうど発進用意が整ったくらいだろう。君のエインヘリャルなら、アッツ島付近の空域で合流出来るだろう」

と言った。

「じゃあ...!」

「急げよ。私と言えどもこれは誤魔化せん。艦の皆を巻き込みたくなければ、とにかく速く行動する事だ」

「スピードなら任せてください。俺の機体は速さが売りですんでね」

雫が不敵な笑みを浮かべる。それは一人前、とは言えないが、覚悟が決まった戦士のものだった。

カーチスも返すように笑い、出撃用ハッチを手動で開けるためにキャットウォークを駆け下り、雫はエインヘリャルのコクピットに飛び込む。

「卜持、これだけは言っておくぞ。絶対に死ぬな」

無線からカーチスの声が響く。雫はモニターの向こうの彼に向けて親指を立てると、カタパルトは使わず、ブースターを点火してそのまま冬の鋭い空へ向かって飛翔した。

外は雪が降っており、それにより生み出された銀世界の中を飛んでいると、ふとセンサーの異常音が鳴り始めた。コンソールを確認すると、連合のエンプーサが三機、日本方面へ向けて飛行している。哨戒部隊と見えた。

「いい所にいやがる。悪いが俺がエインヘリャルに慣れるための、練習台になってもらうぜ」

低く呟き、編隊に全速で突っ込む。突然現れた雫機に驚いたエンプーサの編隊だったが、直ぐに態勢を整え迎撃行動に移る。三機からの集中射撃を雫は易々と回避し、カーチスに豪語したようにスピードで撹乱しつつ、躊躇無くショットガンを撃ち込んだ。何百発の鉄球がエンプーサの装甲を抉り、飛行能力を失ったエンプーサがあえなく墜落していく。コクピットは被弾を免れたようだが、下は冬の大海である。例え着水の衝撃に耐えられようと、まず間違いなくパイロットは死ぬだろう。そんな考えが雫の脳裏をよぎったが、そんなことを気にしている場合じゃないと振り切って、腕部内蔵型のレーザー・バルカンで弾幕を形成しつつエンプーサを牽制する。一機がたまらず離脱ルートに入ると、そこに先回りしたエインヘリャルがブレードを振り抜き、エンプーサを袈裟斬りにした。斜めに裂かれた機体が爆発の花を咲かせると、最後の一機は遁走を始めた。

「追っても燃料が無駄んなるだけか...、ならばこのまま行かせてもらう」

と言い残し、そのまま巡航速度で飛行を再開した。途中、日本の領空に進入する際防空発令所からの質問にいくつか答え、難なく通過した雫はそのまま日本を離れ、北の海へ進路を変えた。

日本から出てすぐに、探知範囲を最大まで広げていたセンサーに鈍く反応が映る。それはエンプーサと同様の反応であったが、雫はすぐにその機体が彼女であることに気付いた。

「そこのエンプーサのパイロット!こちらは地球軍軍艦クサントスAM部隊所属、卜持准尉だ!確認する、貴機の任務は退

カーチスから教えられた作戦のコードネームを読み上げると、向こうからはとことん驚いた声が返ってきた。

「し、雫!?なんでここに居るんだ!」

「何でって...、あなたを追ってきたんですよ!守るために!」

「まぁまぁお二人共、話は顔をば突き合わせてからだ。雫、下方十三度に輸送機がいる、見えるか?それに乗り込め」

指示された空域に目を向けると、そこには中型の輸送機が一機、雲を裂きながら飛んでいた。

後部格納ハッチが開放されたのを確認した雫は進入角度を維持しつつ、なるべく機体を揺らさないように乗り込んだ。護衛していたミナのエンプーサもそれに続く。エンプーサのコクピットからミナが顔を出し、

「守るとはどういう事だ、雫。艦長が何か言ったのか」

と問うた。だが雫が答える前に、武装したロークが口を挟む。

「ちょい待ち。ここで大っぴらに話していい内容じゃないんだろ?格納庫のすぐそばに仮眠室がある、そこでじっくり話せばいい。ただし、二十分までだ。三十分もすればバンクーバー基地の防空圏内に入る、その前に我々は降下するからな」

「ローク先輩、ありがとうございます。行きましょ大尉」

「あ、あぁ...」

駆け去る二人の背を複雑そうな顔で見ていたロークに、部下の一人が尋ねる。

「よろしいんで?隊長、あいつとは掃除友達だったじゃないですか」

「良いも悪いもねぇよ。ただ、奴はまだガキだ。奴なりの事情があるんだろうが、ガキがこんな作戦に首突っ込んで、責任をおっ被さるなんて事になるのは嫌なんだわ」

「そうならないよう、俺らが作戦を成功させにゃなりませんな」

「そーゆーこった。やろうぜ野郎共」

ロークの掛け声に呼応して、隊員が歓声を上げた。


「...大尉、俺は」

「...お前は、本当に...。どれだけ無鉄砲なんだ。わかっているのか?この作戦の意味を」

「分かってますよ、だから来たんです。これは誰の差し金でもねぇ、俺と、俺の中の俺の意志だ」

「俺の中の、俺...?...ッ、まさか!」

騒音をかき立てながら、ミナが立ち上がる。その瞳は揺れていた。雫は俯いたまま、唇だけを動かす。

「雫・ガーフィールド。火星から亡命し、ヴァルキリアのテストパイロット第1号にさせられた少年。俺の、いや、この身体の本当の持ち主」

ミナはただ、小刻みに震えながら雫の言葉を聞いていた。色々とショックが大きかろうと、雫は思いながら続ける。

「そいつが俺の夢ん中に出てきましてね、こう言ったんです。ミナ様を助けてやって欲しい、アンタは心を摩耗しながら生きているって。そんな事を言われたらやるしかねぇし、やらなきゃなんないんだって、俺は思ったんです。だから、ここに来たんだ」

顔を上げ、ミナの目を見据える。ミナは雫の瞳の中に、かつての雫の面影を見た。それで確信した。目の前にいる少年は間違いなく雫・ガーフィールドであり、そして卜持雫という人間なのだと。

ここに至り、ようやくミナは現実を受け入れた。彼女は外面こそ取り繕い、雫に激励などしたものであるがその実、ミナは卜持雫を雫・ガーフィールドとは認められなかった。他人の空似と思い込もうとしていた。だが、記録が残っていないガーフィールドの事を卜持が知っているのであれば、認めざるを得なかった。

「...そうか。彼はそう言ったんだな。なら、守ってもらおうかな」

ミナが笑みを浮かべる。雫はようやく認められたように思い、顔を輝かせた。

「任せてください。この卜持雫、雫・ガーフィールドが必ずアンタを守り抜きます!それが、あいつとの約束だから」

「だが、私だけ守ってもらう訳にはいかない。みんなを守って、そして私に守られてくれ。心配するな。これでも私はお前以上にスコアを出していたんだからな」

「持ちつ持たれつって訳か...。よっしゃ、それで行きましょう、大尉」

ミナが手を差し伸べ、雫がそれを掴み、固く握り合う。戦友としての関係が生まれた瞬間であった。

だが、和やかな空気が流れている時間は僅かであった。ロークが部屋に飛び込んできたのだ。

「す、すまねぇお二人さん、お邪魔したかな」

「いや、気にしないでくれ。どうしたんだ、曹長」

血相の変わったロークの顔にただならぬものを予感したミナが尋ねると、ロークは一枚の紙を二人に差し出した。

「周辺の空域情報を印刷したものだ。見りゃ分かるだろうが、バンクーバーは敵の攻撃を受けてる!」

「おまけに救援要請まで...、しかもオープン回線で発信しているのか。どうする、曹長」

「上等じゃねぇっすか。敵を迎撃しながら、混乱に乗じて重要ポイントだけを制圧すれば、ゴタゴタで記録にも残りづらいってもんだ」

雫が溌剌と提案する。二人は顔を見合わせ、

「確かに今の状況で決行するなら上々の策だ。だがな、雫。俺たちの戦力はお前のエインヘリャルに、カルラ大尉の連合機だ。基地の防衛戦力だってアテになんねぇ。ここは一度引き返して、艦長に指示を...」

「いや、雫の言う通りにやってみよう。あそこはAM開発の拠点、幾つかの機体はヴァルキリア以上の性能を持っている。防衛戦自体は問題あるまい。曹長、私は一度艦に戻り、ヴァルキリアで出る。最大出力でおおよそ一時間というところだ。雫、それまで耐えられるか?」

ヘルメットを被りながらミナが尋ねる。雫は胸を叩き、

「当然!バンクーバーの連中と協働ってのは癪ですけどね」

と答えた。ロークも肩を竦めて、

「やれやれ...、まぁ、若い勢いに乗るってのも悪くねぇか。分かった、これより本機はバンクーバーに向け航路をとる。直ぐに出られるように用意しとけよ、雫」

「了解!」


「各機、デルタフォーメーションで敵施設を破壊する。この基地は地球軍のAM開発の総本山だ、徹底的に壊滅させろ」

連合軍第九航空艦隊旗艦、重航空打撃艦トロイの防空指揮所からバルカが、ダイマ率いるAM部隊に命令する。命令を受けた隊は迎撃に出た地球軍のEF-10を圧倒しつつ、SAMや対空砲といった兵器を次々と破壊していく。

トロイの傍らはそれぞれ、ガニメデ級ネオプトレモス、メネラーオス、ピロクテーテウスの四隻が固めており、艦底部に装備された連装砲で地上を攻撃していた。

やがて戦闘が佳境に差し掛かった時、基地の格納庫から三機のAMが発進した。それを認めたダイマは、

「一個小隊、俺と来い。残りは基地を叩け」

と命令し、迎撃に向かう。そのAMをスキャンしデータベースと照合するが、認められる機体データは存在しない。

「新型と言えど!」

第九航空艦隊に配備された新型AM、ホプリテスの出力を最大にし、地球軍機の背後につく。そのままコクピットをブレードで貫く。パイロットを失った地球軍機は墜落し、地上にいる兵士を巻き込んで爆発した。

僚機が撃墜され、激昂したように残った二機があるだけの重火器を撃つ。恐ろしく精密な照準で放たれたそれをダイマは間一髪で避けたが、彼の部下の機体は次々と被弾し、撃破されていった。

「グラード!ミルス!おのれぇ!」

やられた部下の顔を思いながら、ブレードを振りかぶって突進する。その気迫に気圧された一機が振り返って逃走を図るが、ダイマは自機の速度をさらに上げ、

「背中を見せるとは、所詮素人か!」

叫び、背中から機体を一刀両断した。だがその代償に、ダイマ機は背部の増設ブースターに異常が発生していた。

「この程度の加速についてこられんとは...、ホプリテスに代わる新型が必要か」

ホプリテスは新型ではあるが、それを作ったのは火星より技術的に劣る木星である。カタログスペックだけで見ればエンプーサと大した差はない。

「む!?」

ホプリテスの広域周天センサーが、接近する機影を探知した。これまでのとは比べ物にならない程の加速、ダイマがその方向に機体を向けようとした瞬間、レーザーの弾幕がホプリテスを襲った。

「大尉が戻ってくるまで耐えりゃいい...、だがよ、ここは俺の思い出の地でもあるんでねぇ!」

眼下の惨状に憤りを感じながら、雫のエインヘリャルはホプリテスの編隊に突撃する。両腕のレーザー・バルカンと胸部12.7mm機銃を撃ちまくりながら、ホプリテスを撃墜していく。急襲を受けた数機のホプリテスは対応しきれず、レーザーで穴だらけとなり、迎撃しようと銃を向けた機体は射撃するより早くバルカンで武器を破壊された。

「速い...!増設ブースターを失ったこの機体で食らいつけるのか...!?...やってみるしかないか!」

これ以上、部下を失う訳にもいかない。ダイマはエンストしたブースターをパージし、残った推進器でエインヘリャルに仕掛ける。


一方、ロークたち陸戦部隊は首尾よく研究施設内に潜入していた。小型のAUV(装甲無人戦闘車両)を先頭にポイントを抑えつつ、施設の最奥まで進んでいく。途中、幾つかの施設防衛の地上部隊と交戦したが、海兵やレンジャー、特殊部隊出身のローク達には敵わず、テーザーやゴム弾によって皆気絶させられていた。

「こちらアルファ1-1、セクションA-4を確保。予定通り、施設員を拘束後データの確保にあたる」

「こちらブラボー1-1、了解した。本隊は現在管制塔を制圧、本戦闘のデータの抹消を行っている」

「了解、引き続きプランを実施せよ、アウト」

セクションA-4...、パイロット養成施設。雫とミナが幼少期に育った場所である。そこでの非人道的な実験は彼らの告白により、ローク達も知っていたが、それと同様の景色が彼らの前に拡がっていた。

まだ年端もいかない少年から初老の男まで、適正があるとされたマーシャンがヘッドデバイスを被せられ、呻き声を上げて苦しんでいる。恐らく脳を過剰に活性化させ、空間認識能力を底上げしているのだろう。

「貴様!今すぐあの装置を止めろ!」

隊員が一人の研究者の胸ぐらを掴んで叫んだ。あのまま続ければ、直ぐにでも死んでしまうことは誰の目にも明らかだった。

だが、ロークはその研究者の瞳に恐ろしいものを見た。何も恐れていないような目だった。研究者は施設にいる全ての人間に語りかけるように言い放つ。

「例えばこの装置を止めたとして、テストパイロット養成にかかる時間は8%増える。すると次の新型がロールアウトするのに19%もの遅れが生じる。その間に新型が間に合わないせいで死ぬ将兵は31%増える。お前にその責任が取れるのか?」

「な、何を...!」

「我々は多くの将兵を救うため、やむ無く彼らを用いてテストパイロットを養成している。大勢の命の為には少数を切り捨てねばならないのだよ。短絡的な考えで殺されるかもしれない将兵がいるというのに、貴様はどうして装置を止めろと言える」

研究者のその言葉は、確かに正論のように思えた。大勢の命の為には、少数を切り捨てねばならない...、言わばトロッコ問題のようなものだ。ロークはその選択を、他人が責めるのはお門違いのような気がしてならなかった。

だが、彼の言葉には一抹の問題を孕んでいた。

「ならよ、何でマーシャンだけなんだ?こう言っちゃなんだが、別に地球人でもいいんじゃねぇのか。何でマーシャンだけなんだ」

ロークのその言葉は、鋭かった。実の所、彼らがマーシャンのみを養成対象としていたのは地球人のマーシャンに対する侮蔑的な感情が大きかった。そのため、非人道的な実験もマーシャンであれば...、という心理を利用していたのだ。

しかし、尚も研究者は動揺ひとつ見せずに言い続ける。

「我々にとって養成対象が地球人であろうとマーシャンであろうと何でもいい。技術を進歩させ、将兵達を救うことが出来れば誰であろうと良かった。そこに軍上層部からマーシャンのみを使えという指令があった為に、マーシャンのみをテストパイロットにしてきたのだ」

悪いのは軍の上層部で、自分達は地球軍の兵士達を救うために正義の行いをしてきた、というような研究者の言い分は、別の視点から見れば確かに良いことのように思える。というより、実際前線の将兵からすれば多少の犠牲で自分達が救われるならそれで良いのだろう。それが例え嘘と死で塗り固められた虚偽の看板であろうと。

「だからと言って...!」

「そこまでにしとけ。俺達はこいつらと問答するために来たんじゃねぇ。さっさと拘束してズラかるぜ。1-4、お前機械に強かったよな。あの装置を止めろ。それから1-7、この施設の写真をありったけ撮っとけ。法廷で証拠として提出する」

「了解」

「了解...」

渋々と部下達がタスクをこなす中、ロークの心の中には僅かな不安が募っていた。

抵抗が少ないのである。徹底した機密保持の上に成り立っている施設であれば、もっと大規模な部隊がいるはずだが、このセクションで交戦したのは二個分隊程度の数であり、練度もタカがしれていた。AUVを突っ込ませれば勝手に壊滅した程だ。

何か裏がある...。そう思った刹那、呻き声を上げていたテストパイロットたちが急に静かになった。

「1-5、1-3、装置を外して確認しろ。死んでいるかもしれん」

ロークの命令を受けた二名の隊員が、だらりと脱力した数人のテストパイロットに駆け寄る。隊員がその頭から装置を取り外そうとした、その時

炸裂音と共にマーシャンが、隊員を巻き込んで爆発を起こした。

「クソ野郎!てめぇ、やりやがったな!」

研究者の頭を地面に叩きつけ、後頭部にライフルの銃口を向け、他の隊員に向かって、

「医療チームは3、5の救護を!他はこの施設にいる人間全員を外に連れ出せ!ここ全体が爆発物だらけの可能性がーーー」

ロークは叫び終える直前、研究者が口角を吊り上げるのを見た。研究者は右腕の腕時計を開き、そこにあるボタンを押した次の瞬間、ロークの聴覚は破裂音と共に一切の音を亡くし、視覚は紅蓮に揺らいだ。


施設の自爆は、外で交戦していた雫にもハッキリと確認出来た。

「なっ...、あの中にローク先輩がいるんじゃないのか!?」

「よそ見をする暇があるのか!」

「っ、しまっ!」

燃え盛る施設を呆然と見つめている隙に、先程まで巴戦をやっていたダイマのホプリテスが指揮官用機のみが装備している大刀で斬りかかる。その素早い動きに対応しきれずに、エインヘリャルはコクピットハッチを吹き飛ばされ、更に返す刀で両脚を切断された。機動力を失った機体が瞬く間に落下していく。

雫はありったけの力を振り絞り、機体を格納庫の前に軟着陸させる。だが、機体の制御は非常に困難であり、格納庫のシャッターを突き破ってしまった。

「機体が動かねぇ...!ちくしょう!ローク先輩達はどうなって...、なっ!」

辺りを見渡していると、目の前にマシンガンを構えたホプリテスが現れた。その銃口は今にもエインヘリャルを蜂の巣にし、周りにいる施設員ごと皆殺しにしようとしている。

「クソ!これまでかよ!」

雫は両手で庇うように身を縮め、最期の感覚を待った。だが、マシンガンが銃弾を放つより早く、別方向から飛来したリニア弾がホプリテスの胴体を貫き、機体が爆散した。

「大尉か!」

「すまない、遅くなった!状況は...、良く、ないな」

壊滅した基地を見てミナが呟く。ダイマは突然現れたヴァルキリアに対し、

「出たな、白い機体!各機、オメガフォーメーションで奴を囲え!奴を落とせば、地球軍は終わりだ、行くぞ!」

と叫び、残った部下の機体を率いてヴァルキリアに向かっていく。雫はその隙にエインヘリャルから降り、拳銃を抜いて死体まみれの基地を走る。目的地は、燃ゆるパイロット養成施設である。

(俺の中の雫が、ここを覚えている。この炎の中にローク先輩が...)

焼け落ちていく施設の中で、雫はふと気持ち悪いものを感じた。何かは分からない。だが、誰のものかはすぐに分かった。衛生室と書かれた部屋に入ると、そこに武装した一人の兵士が倒れ伏していた。這いずった血の跡が、彼の怪我の深刻さを物語っている。

「おい、大丈夫か...」

生死を確認しようと、その兵士の顔を見た雫はハッと息を呑んだ。そして次に、ガタガタと震え出した。その兵士こそ、探し回っていたロークその人だったからだ。

「う...、ぁ...、何だ...、迎えの天使かと思ったら、雫か...」

「ローク...、先輩...!どうしたんです、何があったんですか!」

よく見れば、ロークは身体のあちこちが抉れ、大小問わず破片が至る所に突き刺さっていた。それに、溺れそうな程血溜まりが出来ている。誰の目にも助からないのは明らかだった。

「奴ら、自分達ごと吹っ飛ばしやがった...。情けねぇ、こんな状況、訓練でやってきたのに...」

「喋んないでいいですから!おい、お前!今すぐこの人を治療しろ!おい!」

施設から退避する職員達に向けて、拳銃を構えて脅迫する。しかし、そんなものは目に入らない職員達は雫を無視して一目散に逃げる。雫の目からは涙が溢れていた。言うことを聞かない職員への怒り、言うことを聞かせられない己の無力、ロークが死ぬという事への恐怖。様々なものが混濁した涙だった。

ロークは震える手で雫の腕を掴んで下ろさせ、そして呟いた。

「早く、ここから離れろ...。俺は助からん、置いていくんだ...」

「何言って...!何言ってんだ!目の前でアンタが死にそうなのに、置いていけるもんか!おぶってでも連れていくぞ!死ぬにしたって、こんな所で孤独に逝かせるか!」

涙声になりながら、雫がロークの装備を脱がそうと手をかける。だが、ロークは身体の状態からは信じられないような強い力で手を振りほどき、

「いいか、雫...。この機器には、この施設の全てのデータが保存されてある...。絶対にこれを、艦長に...。なぁ、雫...。生きろよ...!」

強い眼差しで言った直後、その眼から光が消えた。身体はだらんと垂れ、手にかかる体重が嘘のように無くなった。人を看取った経験はないが、これが死に付随する現象であるということは、雫は知っていた。

ロークが、死んだ。

「...ッ!くッ...!ぐうう...!」

大粒の涙を零しながら、嗚咽を上げて雫が泣く。

「雫、そっちの状況は...、...何があった?」

ミナの声が、ヘルメットのインカムを通して流れる。双方向通信である為、雫の嗚咽が聞こえたのだろう。

「...ローク先輩が、死にました。施設の自爆に巻き込まれて...」

「...そうか」

恐らく施設の惨状を見て、ミナは薄々察していたのだろう。噛み殺したような声が返ってくるだけだった。

雫は顔を上げ、矢継ぎ早にミナに報告する。

「...遺体を収容したい。大尉、クサントスに連絡お願いします。俺は格納庫で使えそうな機体を探します」

「なっ、待て雫、無茶だ...」

ミナの制止を聞き終わる前に通信を切る。最後にロークの遺体を抱えて物陰に寝かせると、雫は格納庫に向けて走り出した。


格納庫は既にもぬけの殻であり、機材も殆ど残されていなかった。だが一機、たった一機だけ、コクピットが開いたままの機体がトレーラーに載せられていた。トレーラーの運転手は中で、パイロットはコクピットの目の前で死亡しており、運び出す事が出来なかったようだ。

これは僥倖と、雫は朱に塗られた装甲の上を走り、死体を退けてコクピットに入る。さらに幸運なのは、機体は既に起動しており、操縦系はヴァルキリア、エインヘリャルと殆ど同じだった事だ。

「ヴァルキリアの三倍のスペック...、性能は上等なもんだ。問題は、俺がこいつを使いこなせるかだが...」

その機体は、圧倒的な性能を高度な操縦技術で補う、正にエース専用機と言えた。

機体のコードネームはアキレウス。

戦神の名を冠する、地球軍が開発したAMの中で最も高性能に纏まった機体である。

「使いこなせるかどうかじゃねぇよな、使ってみせるさ!行くぜ!」

雫の叫びに呼応するように、アキレウスが格納庫の天井を突き破りながら立ち上がる。太陽の光を浴びた機体のツインアイが妖しく光り、

「飛べよ、アキレウス!」

背部のツインウイング・ブースターの大推力を受け、アキレウスの機体が空に舞い上がる。

ヴァルキリアを上回る推力は恐ろしいまで身体にGの負荷を与え、機体の制御すら困難な程だ。だが、今の雫にとって制御もままならない性能というのは、御し難い暴れ馬であると同時に、一騎当千の戦馬であった。

戦闘空域では、ヴァルキリアは苦戦を強いられていた。十数機のホプリテスに波状攻撃を仕掛けられては、幾らヴァルキリアの性能が、ミナの技量が高かろうとも苦戦は必至である。

「くっ...!保たないぞ、このままでは...!」

ライフルも右肩部のレールキャノンも失い、ブレード一本で防戦をしていたミナが呟く。だが、その戦況は雫とアキレウスが戦列に参加した事によってひっくり返った。

「遅くなりました!アキレウス、これより加勢します!」

「雫!?どうしたんだ、その機体!」

「格納庫に放置されてたんで、拝借させて頂きました!後は俺がやります!」

ミナが制止するよりも早く、アキレウスが敵の編隊に向かって吶喊する。ヴァルキリアに続いて現れた高性能機に敵が動揺している間に、装備していた槍のような武器を構えて突進し、ホプリテスの胴体を貫く。

超熱輻射式バトルランス"トネリコ"。地球軍の機体の標準装備である超熱輻射式ブレードを改良・発展させたものであり、取り回しを犠牲にした代わりにアキレウスの大出力を贅沢に使って破壊力を底上げしている。

「なんて機体だ...!連合の兵士達には申し訳ないが、この機体で俺の八つ当たりをさせてもらう!」

敵編隊の真っ只中で縦横無尽にトネリコを振り回し、敵機を次々と撃破する。無論装備は槍だけではない。頭部に装備された二門の20mm炸裂榴弾ガトリング砲、右腕のレーザー・ライフルを撃ちまくり、被弾した敵機は火を吹いて墜落していく。その性能はホプリテスと比べるまでもない。今雫は、正に戦場を支配していた。

「くっ、化け物が!俺が相手になるぞ!」

ダイマのホプリテスが大刀を振り下ろしたのを、紙一重でトネリコで受け止める。流石にダイマと言ったところで、アキレウスの膂力で押し切ろうとするのを上手くいなされる。だが、何合か打ち合って競り合いになった時、雫はもう一つの接近戦用の武器に気が付いた。

「隠し腕もあるんだよ!圧縮荷電粒子放出、発振!」

雫の独白の通り、アキレウスの大腿部から隠し腕...、ブレード・アームが展開され、その先端から放出された粒子によりビーム刃が形成される。文字通りの隠し玉にダイマは対応出来ず、両腕を切断され、更にアキレウスの繰り出した蹴りによって地面に叩き付けられた。

「クソっ!性能差に...!」

「ダイマ、生き残った部隊を纏めて直ちに後退しろ」

バルカから通信が入る。

「何故です!あの機体に戦力をズタズタにされて、黙って引き下がれる訳が!」

「今、司令部から情報が入った。匿名の通信で、地球軍のAM開発に関するデータの一部が送信され、実機も何機かが送り付けられたそうだ。それの解明に君も参加しろ」

「...了解!」

両腕を失っても、ホプリテスの飛行能力は落ちないのが幸いだった。数機の生き残ったホプリテスと共に艦隊に帰投していくダイマの姿を、雫は黙って見つめていた。

「雫、お前...」

「大尉、先にクサントスに戻っててください。俺は...、ローク先輩と一緒に戻ります」

「...分かった。報告は私がしておく」

「ありがとうございます...」

そのまま地上に降り、ロークの遺体をマニュピレータで抱えて再び空に上がる。

「ローク先輩、俺はやりますよ。敵が誰であっても、絶対に生き延びてやる。それが俺の戦う理由にします」

物言わぬロークに呟き、紅の機体を操り空を駆ける。雫の戦う覚悟は、ようやく完全に固まった。

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