『 かくりよ草子 』
桂英太郎
第1話 「 道端 」
その若者は田舎道を何だか呆然と歩いていました。大概の者は此処(ここ)が何処か分からずに多少なりとも取り乱すものですが、彼は目的もなくただそこを歩いていたのです。
「どうかされましたか?」
私は声を掛けました。
「いや、今キツネのようなものを見掛けたので。珍しいでしょう、キツネ」
彼は応えました。すると彼の先程までの様子は普段とあまり変わらないものだったのでしょう。それにしてもこちらに来て、見掛けたキツネに気を取られている人と云うのもまた珍しいものです。
「でも、あまり歩き回ると危険ですよ。この辺は草深いですから」
「そう言われても、自分にはここが何処なのか分からない。歩き回るしかないでしょう」
彼は抗弁します。
「藍札に書かれてあったでしょう、行先は」
「そうだったかも知れないけど忘れちゃったんです。自分はこれから何処へ行けばいいんです?」
仕方なく私はその若者を連れて、村外れにある祠の前まで連れてきました。その奥には洞窟があって、彼らはそこを通って次のめぐりに入らなければなりません。
「あなたは来ないんですか?」
若者は訊きました。
「私は用事に出掛けるところだったのです。その途中でたまたまあなたと会って」
「そうですか。済みません、有難うございました」
若者は一応、礼儀正しく頭を下げました。
私はまた田舎道を下りながら、ふとあんな若い者がどうしてここに来る必要があったのかと考えました。顔に見覚えはありませんでしたから、おそらく別の誘い人の仕事でしょう。それに彼らの中にはこちら側に来る際に容姿を変える者もいます。ですから素性が分からないのも当然と云えば当然なのです。
時間を食ってしまいました。日が暮れる前にあちら側に渡っておかなければなりません。島の門のところには詰め所があり、そこの門番はそれでなくても時間に煩いのです。
ああ、もう見えてきました。他の誘い人の姿もあります。このところ私たちの仕事は大忙しです。大きな区切りが近づいている証拠なのでしょう。
私たちも、急がなければなりません。
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